第19話 一発ポロリ

 配信が始まると同時、SNSでの告知を見て待機していた視聴者達が、一斉にコメントを投稿し始める。


『わこつ!』

『来た!アデ公来た!コレで勝つる!』

『きちゃ』

『わこ!』

『こんにちアーデルハイト』

『こんにちアーデルハイト!!』

『止めたげてよぉ!!』

『いや、このネタはまだしばらく擦れる』

『初日見れなかったのでD配信は初見』

『っしゃああ異世界無双の始まりじゃあああ』


 アーデルハイト達にとっては三度目の配信、そして初めての夕方スタートである。休日といえど、今はまだ配信者にとってピークの時間とは言い難い。にも関わらず、既に視聴者は1500人を越えていた。一回目から二回目、そして今回と、着実に同接数を伸ばしている。これから夜になるにつれ、徐々に人は増えてゆくだろう。それを考えれば、最終的な視聴者数は過去最高のものとなるかもしれない。


 大喜びで挨拶コメントを投稿している視聴者達の眼前、その配信画面には、しかしアーデルハイトの姿は無かった。そこに映っているのは、視聴者達が意外と見たことのなかった探索者協会の大きな扉のみ。大抵の配信者はダンジョンに入ってすぐのところから配信を始めるため、ダンジョンへと繋がる扉そのものは、それこそ探索者でなければ基本的に見る機会がないのだ。そんなダンジョンと協会の建物とを隔てる巨大な扉があるそこは、小さめの部屋となっている。


『あれ?』

『ん?』

『おりゃん』

『遅刻か?』

『クソデカ扉君しか映ってないんですがそれは』

『何のドアなのこれ』

『そら公爵邸入り口よ』

『それだったらマジでこのくらいデカそうw』

『ダンジョン入り口の扉だなコレ』

『マ?初めて見たわ』


 口々に推測、もとい適当に思いついた想像を並べて見せる視聴者達。そんな中、恐らくは探索者なのであろう視聴者から答えが齎される。

 そう、不人気なのをいいことに、アーデルハイトはダンジョン内ではなく、ダンジョンへと繋がる扉の前から配信を始めていた。


 そんな誰も演者が居ない配信画面の中、突如として七色の光が部屋中を明るく照らし、外連味けれんみ溢れる雰囲気が漂い始める。次いで聞こえてきたのは、激しくかき鳴らされる安っぽいテクノサウンド。

 それらが演出する少々下品な空気は、ダンジョンという危険な場所へと繋がる部屋を、一瞬にして作り変えてしまった。もはやその姿は、クラブと言うよりも場末のスナックであった。


『!?』

『!!??』

『一体何が始まるんです!?』

『【悲報】開幕から意味がわからない』

『なんやこれwww』

『うおっ、まぶしっ』

『成程、ここはゲーミングダンジョンか』

『ねぇよそんなのw』


 視聴者達が皆一様に混乱する中、画面の下部から何かが現れた。七色の光を浴びて判然としないが、よくよく見ればそれはアーデルハイトの頭であった。獅子の鬣を思わせる彼女の美しい金髪は、下品なライトの所為で見るも無惨な色になっていた。そんな彼女は、汀の私物である件の木魚を小脇に抱えていた。


「はい。みなさん、ごきげんよう」


『はいじゃないが』

『怖ぇよ!!』

『草』

『あれ?なんか・・・』

『ごきげんよう!!』

『こんアデキャンセル』

『ごきげんよう、じゃねーんだわw』

『何をどうしたらこの登場になるんだよw』

『そのやかましい球はなんなのw』

『いや、良く見ろお前ら・・・あれは木魚だ』

『知るかw』

『だったらなんなんだよww意味わかんねーよw』


 アーデルハイトの隣座席で、彼女を圧迫してまで持ってきた無駄な玩具の数々。迷惑をかけられた分、どうしても使わずには居られなかったらしい。流れるコメントを見てみれば、どうやらつかみは悪くなかったようである。視聴者の反応をひとしきり堪能し、すっかり満足した様子のアーデルハイトが、ゲーミング木魚のスイッチをオフにする。


「これはわたくしのところのスタッフが持ってきた私物ですわ。道中で邪魔だった分働いてもらうことにしましたの。そして役目を終えた今、また邪魔になりましたわ・・・」


『草』

『自業自得で草』

『当たり前だよな?』

『どこに売ってんだよw』

『今日はそれ抱えて行くのか・・・』

『今日は異世界バスケか?』


「まぁ、手慰みには丁度良いかもしれませんわね」


 そう言ってアーデルハイトが木魚を小脇に抱え直す。どうやら本当にこのまま持っていくらしい。どう考えも邪魔なだけであったが、実は汀からは『最悪壊してもいいッス。あと三つあるんで』という言葉を頂戴している。今回の探索も徒手空拳スタートであるため、アーデルハイトは最初の武器を見つけるまで、これを魔物に投げつけようかと考えていた。


「さて、改めましてごきげんよう!見に来て下さって感謝ですわ!今回は以前にも言っていた通り、ダンジョンへ来ておりますわよ!!」


『待ってたぜぇ!この瞬間をよぉ!!』

『マジで楽しみ』

『待ってました!!』

『初回の衝撃が忘れられんのよ』

『初見です!アーカイブ見ました!ダンジョンも雑談も最高でした』

『てかここ京都じゃないよね?』


「初見さんいらっしゃいませ、ありがとう存じますわ。そしてどうやら目敏い方がいらっしゃるようですわね?」


 恐らくは先程の探索者だろう。コメントの中には、ここが前回と違うダンジョンであることを見抜いている者がいた。

 ダンジョンの施設や作りは何処も変わらないが、僅かな差異は存在する。扉一つとっても、傷や経年劣化、汚れや色合い等はやはり違う。取り替えたばかりで新しい場合もあるし、大きさや形もダンジョンの入口に合わせて変化するものだ。


 とはいえ、探索者でない一般の視聴者は、先程の扉の件でも分かるようにそんな違いには気づかないだろう。恐らくこの者は京都のダンジョンに行ったことがあるのだろう。それも細部の違いや違和感に気づく程度には、頻繁に京都Dの扉を見ているのかも知れない。そんな同業者からも視聴してもらえているという事実に、アーデルハイトは不思議と嬉しい気持ちを抱いていた。


「御名答ですわ!仰るとおり、ここは京都ではありませんわよ!!」


『マ?』

『すげぇ』

『よう気づいたなぁ』

『なんで今回は京都じゃないんや?』

『まぁなんとなくは察した』

『枢の例の発言の所為で行きにくいんじゃないだろうか』

『あーね?』

『だろうなぁ』


「あ、その件に関してはノーコメントということにしておきますわ。下手なことを言わないよう釘を刺されていますの」


『有能スタッフ』

『クリスか?』

『実際何が切っ掛けで燃えるかわからんしな』

『リスクヘッジ令嬢』

『そんなことよりサッカーしようぜ!!』

『今日はバスケよ!』

『いや野球かもしれん』

『結局何処なんです?』


 実際の所、アーデルハイト達は例の件について、今はまだ何も話すつもりは無かった。断ったといえば断ったが、条件付きで承諾したとも言える。非常に不安定な状況だ。この話題が出るだろうことは想定していたが、現段階で言えることなど何もないのだ。


 そんなアーデルハイトの微妙な表情の変化を見て取ったのか、或いは、深掘りしたところで楽しい話にはならないだろうと察したのか。視聴者達もまた、無理には聞き出そうとせずに『いいからダンジョン行こうぜ』といった旨のコメントを投稿してくれる。配信者たるもの、持つべきはファンということだろうか。そんな彼らの心遣いが、今は有り難かった。


「ふふ。ありがとう」


『アッーーー!!』

『保存した』

『破壊力ヤバ過ぎない?』

『はいすき』

『たすかるゥゥゥゥ!!』

『こちらこそぉぉぉぉ!!』


 素直に感謝を述べ、少しだけ微笑むアーデルハイト。

 かつて帝国の社交界を崩壊させた悪女の面目躍如といったところだろうか。言葉こそ違えど、視聴者達の反応は、アーデルハイトに言い寄る貴族達が見せたそれと、まるで同じであった。


 そうしてアーデルハイトが気を取り直し、話を本筋へと戻す。何時までもこの小部屋で、ダラダラと長話をしているわけにもいかないのだ。


「さて・・・ここが何処か、という話でしたわね。それはこの扉を開ければ直ぐにわかりますわ!実はわたくしも少し楽しみにしておりましてよ!」


 ダンジョンへと繋がる巨大な扉を、アーデルハイトが両手で押し開ける。

 彼女が最初に感じたのは、潮の香りだった。次いで光だ。太陽が登っているわけでもないのに、どういうわけかダンジョン内は明るかった。眩しいというほどではない。しかし以前に潜った京都Dとは明らかに異なる、不自然なまでの光。


 アーデルハイトの眼前に広がっていたのは、正しく砂浜であった。


『伊豆か!!』

『海じゃああああああ』

『配信で初めてみたかもしれん』

『不人気Dハンターアデ公』

『おー、めっちゃキレイやん』

『・・・?伊豆なのに服装がジャージの奴いね?』

『たし蟹』

『これはマナー違反』

『ここも一応危険なダンジョン内なんですがそれは』


「そう!正解は伊豆ダンジョンですわ!!ちなみに、水着は出ませんわよ!!」


『クソがああああああ!!』

『はー、つっかえ』

『チャーハン米抜きかよ』

『水着回だと思ったのにッ!!!』

『アデ公が水着で戦闘したら一発ポロリでBAN確定なんだよな』

『何食わぬ顔で溢れるだろうな』


「あなた方、態度が急変しすぎではありませんの?遊びに来ているわけではありませんのよ!」


『おまいう』

『前回のサッカーと木の棒無双とゴブリン轢殺れきさつ事件は忘れてないからな』

『いやぁ、他ならともかくアデ公だしな・・・』

『ちょっとくらい期待したっていいじゃないですか!!』

『てか俺ダンジョン詳しくないんだけど、これで何で不人気なの?』

『めっちゃ景色いいよね』


「ですわよね!?わたくしも不思議に思いますわ!!有識者の方々、どうなんですの!?」


 車内で潮の香りを嗅いでいただけの時とは異なり、アーデルハイトのテンションは少し高めであった。配信中であることも理由の一つではあるが、なんといってもやはり砂浜である。如何に『海くせぇですわ』などと言っていた彼女と言えど、実際に砂浜を前にすれば気分も高揚するというものである。


 そんな中、アーデルハイトが考えていたものと同じ疑問が、コメント欄で挙がっていた。それは伊豆Dの特徴でもある、この光景についてである。

 ダンジョンとは基本的に薄暗く陰鬱とした雰囲気の漂う場所だ。無論この伊豆Dのように砂浜であったり、はたまた森林といった場所もあるにはある。しかしそれはあくまでも例外で、やはり殆どのダンジョンはありがちな洞窟スタイルか、地下遺跡スタイルである。


 それを考えれば、伊豆ダンジョンにはこの光景を見るためだけでも来る価値があるのではないか。アーデルハイトはそう考えていた。しかしそこは流石の不人気ダンジョン、不人気であるのにはしっかりとした理由があった。


『いやぁ・・・』

『いうてもダンジョンなんで危ないですよね?』

『ていうか直ぐ傍に似たような砂浜ありますよね?』

『しかも危なくないやつが』

『おわり』


 視聴者達の見事なチームプレーにより、わずか5つのコメントで説明が終わってしまった。つまりはそういうことである。

 この美しい光景を見るためだけならば、わざわざダンジョンへ潜らなくとも、直ぐ傍に海水浴場や海浜公園があるのだ。そこは魔物などといった危険な者も存在せず、思うままに観光を楽しむことが出来る。

 逆にダンジョンを目的としているのならば、東京まで足を伸ばして渋谷Dに行く。探索者にとってはなおさら、それが当然だった。


 要するに、美しい光景を楽しみながらダンジョン探索をしようなどと考える者は居ないのだ。アーデルハイトの先の言葉を借りるのならば、ダンジョン探索とは遊びではない。そうである以上、伊豆ダンジョンの誇るこの開放的な景色は、不人気を解消する理由たり得ないというわけだ。


「・・・そういうものなんですの?わたくしは、どうせなら一度に両方楽しめたほうがお得なのでは?なんて思ってしまいますけど」


『いや、俺達は分かってるよ。アデ公が規格外だってことはね』

『それは君だけなんよ』

『便乗ニキのクローン沸いてて草』

『普通の探索者はお散歩フェイズでゴブリン轢き殺したりはしない』

『ダンジョンをピザみたいに言うな』

『マルゲリータとシーフード的な話か?』

『ハーフ&ハーフってことかw』

『わかりづれぇw』


「ふぅん・・・まぁいいですわ。折角ですし、皆さんもこの景色を楽しめばよろしいのではなくて?さぁ!行きますわよ!!」


『ヒャッハー!!』

『公爵令嬢のお通りやぞコラァ!!』

『海と血しぶきが両方楽しめるのはココだけ!』

『砂浜ジャージ女のお散歩が楽しめるのもココだけ!』

『蟹捕まえようぜ蟹!』

『他の探索者見つけてゲーミング木魚バレーしようぜ!!』

『・・・気のせいか?』


 どこぞのモヒカン宜しく、ガラの悪い暴徒と化した視聴者達を引き連れ、アーデルハイトが砂浜へと飛び出してゆく。その姿は、これから危険な地域で命を賭けた探索を行うなどとはまるで思えないような、油断しきった姿であった。そんな他のダンジョン配信では見られない独特な雰囲気は、既にアーデルハイトの個性と言っても良いだろう。


 ともあれ、通算二度目となるアーデルハイトのダンジョン探索はこうして幕を開けたのだった。




 * * *




 アーデルハイトが海へと繰り出した時。

 探索者協会の食堂にて、配信画面をチェックしていた汀が誰に言うでもなく、ぼそりと呟いた。


「これ、なんとなく気づいている人が居るっぽいッスね・・・いやぁ、流石というかなんというか・・・ファンって怖いッスねぇ」


 汀が右手で頬杖をつき、グラスに刺さったストローでアイスコーヒーを啜る。左手では、配信用の小型追尾カメラを弄びながら。

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