第183話 カレー大盛りで
再度薙ぎ払われた尾が、レベッカに届く事はなかった。
「温い」
ウーヴェの腕に阻まれた尾はピクリとも動かない。小柄な体躯とは裏腹に、地に足を付けた状態のウーヴェは城壁も斯くやといった堅牢さであった。付き合いこそ短いものの、レベッカは彼の実力を疑っていない。故に、迎撃を任せたレベッカはそちらを一瞥することさえなかった。
そうしてあっさりと接敵に成功したレベッカは、駆ける勢いをそのままに大剣を構える。相当な重量があるその巨大な刃を胸元へ。およそ通常の大剣の使い方とは思えないような、そんな構えだった。
「食らいやがれ! 必殺のォ───」
再びレベッカの腕が軋む。
「高貴スラッシュ!!」
放たれたのは大剣による突き。つまりは彼女が日本を訪れるきっかけとなった、あの技だった。見様見真似で放たれた突きが、先の一撃で深い傷を負っていた箇所へと突き刺さる。巨大な刃が水竜の肉を裂き、骨を断ち、深く深く突き刺さる。
そうして水竜は一際大きな悲鳴を上げ、藻掻くようにその身を大地に横たえた。巨体故に起こった地鳴りが、周囲の木々から枯れ葉を奪ってゆく。見事に討伐を果たした二人であったが、しかし止めを刺した当の本人であるレベッカはなんとも微妙な表情を浮かべていた。
「……なんか違くねェか? 姫さんのはもっとこう、鋭いっつーかなんつーか……ぶっちゃけ似ても似つかねェよな?」
「まぁ、そうだろうな」
「オイオイ旦那、アンタがあの技の解説をしてくれたンじゃねェかよ」
「ああ。だが───」
「だが?」
「実践は別だ。俺に剣はわからん」
ウーヴェはアーデルハイトとの再戦に備え、『高貴スラッシュ』についての対策を練っていた。故にアレがどういった技なのかは理解している。そうしてレベッカに乞われ、彼が見抜いていた『高貴スラッシュ』についての説明を行った。そんな『受け手側』からの対策を頼りに、レベッカは今まで『高貴スラッシュ』の特訓を行っていたのだ。
事実、ウーヴェの語った『高貴スラッシュ』についての原理は概ね間違ってはいなかった。だが、だからといって実践が出来るかといえば別の話である。彼にとっては畑違いの剣技だ。『こういう技ですよ』というレクチャーは出来ても、『こうやってやるんですよ』という説明が出来る訳では無いのだ。
無論ウーヴェはそのことを理解していたが、コミュ障の彼は基本的に聞かれたことにしか答えない。そして『高貴スラッシュ』習得の道が見えて喜んでいたレベッカは、そのこと自体に気づかなかった。これは謂わば、レベッカとウーヴェのコミュニケーション不足が原因である。
「……マジかよ!? じゃあアタシの今までの特訓は何だったンだよ!」
「いや、無駄にはならん。剣聖と戦う時に有用だ」
「はァ……まァいいや、なンかすげェ疲れたわ……さっさと進もうぜ……」
「ああ」
初めてダンジョンのボスと思しき魔物を倒した喜びよりも、それに勝る大きな徒労感に肩を落とすレベッカ。そんな二人の脳筋が成果を手にし、ダンジョンから出てくるのはもう少し後の話になる。
* * *
探索者協会軽井沢支部、そのダンジョン入口にて。
固唾を飲んで扉が開かれるのを見守って居た者達の前に、漸くその時が訪れていた。
「やっと戻ってこられましたわー!」
勢いよく開かれた扉と、威勢の良い声。それに続くように、疲れの色こそ出ているものの、しかし何処か安堵したかのような声が聞こえてくる。そんな彼等の姿を認め、待機していた探索者達からは歓声があがった。
「師匠、ありがとうございました!」
「いや、今回はマジで駄目かと思ったぜ……
「お前の分まで生きよう。そう決めたんだけどな……」
「誰も死んでないし……お風呂入りたい」
無論、取り残されていたパーティも長時間の軟禁状態にあったおかげで体力は消耗している。だが、今回最も疲弊していたのは、他でもない『†漆黒†』の四人であった。常に矢面で戦い、アーデルハイト達が来るまで耐え忍んでいた彼等。間違いなく、今回の事件に於ける最大の功労者は彼等であろう。
「おぉ、皆様よくぞご無事で……良かった、本当に良かった……」
今回の件で最も肝を冷やしていたのは、支部長である氷室だ。全員が無事であることを確認した彼は、膝から崩れながら安堵していた。それは他の協会職員たちも同様らしく、彼等は皆が皆、無事に帰還を果たした探索者たちへと駆け寄っていた。そんな職員達に治療やら何やらの後処理一切を放り投げ、アーデルハイトとクリスの二人はそのまま食堂へと向かう。
「おつかれッスー」
「おつー」
そこで待っていたのは、まるで心配する様子も見せず、テーブルの上でだらだらと寛ぐ
「一仕事終えてきたわたくしたちの前で、なんという態度ですの……」
「まぁ、今回は配信もしていませんでしたからね……」
そんな二人に呆れるアーデルハイトとクリス。信頼されているといえばそうなのだろうが、それはそれとしてもう少し労ってくれても良いのではないだろうか。そう思いつつも、しかし今の二人にはそれより優先すべきことがあった。
「お疲れさん。助かったぜ、ありがとな───お、おい?」
遅れて食堂にやってきた東海林の労いも、今の二人には届かない。本当ならば走ってしまいたいところなのだろうが、淑女である彼女達はそんなみっともない真似はしない。アーデルハイトとクリスの二人は、出来る限りの速歩きで券売機へと向かっていった。そうして食券を購入し、カウンターの前で声を揃えてこう言った。
「カレー大盛りですわ!」
「カレーを大盛りで!」
空腹の前では、淑女らしさなどほんの数秒しか保たなかった。
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