第150話 はいティッシュ

 各地のダンジョンを制覇し、あちらの世界へと渡る方法を見つけ出す。改めてそう方針を固めたその翌日、アーデルハイト達は動画の撮影に勤しんでいた。そもそもの目的がスローライフである以上、急いで行動を起こしていたのでは本末転倒。方針を決めたからといってすぐに動き出すつもりはないらしい。現在は一本目の動画を撮り終え、二本目となるクリスの料理動画を撮影しているところである。


 撮影はキッチンの上から見下ろす形で設置されたカメラと、キッチンの正面に設置されたカメラ、二台での定点撮影で行う為、クリス以外のメンバーは時間を持て余し気味であった。故に、鼻歌を歌いながらカメラに向かって解説を行うクリスを他所に、残った三人は予てより要望の多かったグッズ関連の話をしていた。


「我々のカードを作るべきですわ」


「何スかそれ。トレーディングカード的なやつッスか?」


「そうですわ。排出カードはすべてわたくしですわ」


「じゃあなんで『我々』って言ったんスか……」


 ドヤ顔でポーズまで決め、名案だと言わんばかりにそう提案するアーデルハイト。今日の彼女はLuminousから送られた専用ジャージではなく、先程の動画撮影で使用したブルマ姿である。


 未だどのようなルートで販売するかは決まっていないが、少なくとも再販すること自体は既に決定している。折角グッズを販売するのであれば、やはり何か新しい品目が欲しいところ。そういった理由から、現在は各々が売れそうなグッズを考案し、好き勝手に発表しているところである。


「ローエングリーフのレプリカなんてどうッスか?単価めちゃくちゃ高くなりそうッスけど、案外売れそうな気がしません?」


「いいですわね!どうせなら細部にこだわって作るべきですわ。実際に戦闘で使えるようにしましょう!」


「いや、それだと探索者じゃない人が買ったら普通に銃刀法違反ッス」


 探索者として登録している者であれば、銃や刀の所持が認められている。それは彼らが住所、氏名、経歴、果ては人格に至るまで、探索者協会によって厳しく管理されているが故だ。だからこそ、探索者は冒険者と違って民度が高い。何か事件を起こそうものならすぐに鎮圧部隊が飛んでくるし、そうでなくてもあっという間に付近の同業者に取り押さえられてしまう。魔物と違って銃も効果があるのだから、如何に身体能力に優れた探索者といえど好き勝手に振る舞うことは出来ない。


 そもそもこの国は、あちらの世界よりもずっと命の価値が重い。冒険者のようにすぐ問題を起こす荒くれ者などそうそう居ないのだ。魔法によって全てを偽造し、なにからなにまで誤魔化したアーデルハイト達はともかくとして。こうして知名度が上がった今、既にバレているような気がしないでもないが───協会から何も通達がないということは、暗に見逃してくれているのだろう。或いは、花ヶ崎支部長あたりが手を回してくれているのかもしれない。


 ともあれ、それでは一般の視聴者達では購入することすら叶わない。仮に作るとしても、みぎわの言う通りレプリカで我慢するしかないだろう。


「ミィちゃんは?何かないッスか?」


 そう言ってみぎわがオルガンへと水を向ける。ちなみに『ミィちゃん』とはオルガンの真名、ミィス・ルイン・マール・ヴィルザリースから来ている。毎度毎度『オルガンさん』と呼ぶのは余所余所しい上に呼びづらいとのことで、みぎわは彼女のことをそう呼ぶようにしている。


「納豆」


「いやぁ、食品系はちょっと難しいんじゃないッスかね……」


「しぼむ……」


 実はこの時点で、既にいくつかの候補は挙がっていた。

 コミックバケーションで販売したTシャツやアクリルキーホルダー、缶バッチなどは当然として、アクリルスタンドやタオルのような如何にもそれっぽいもの。加えて、先ほど挙がったレプリカ聖剣や、クリスの声で起こしてくれる目覚まし時計、オルガンの顔がプリントがされた下着などという若干いかがわしい物まで、とりあえず思いつきで言ってみました感満載の候補が挙げられている。


 まさに言うだけタダ、といったような状態だ。何も候補が出ないよりはいくらかマシだが、実現出来そうなものは限られていた。結局はクリスの撮影が終わるまでの暇つぶし。その様な状況では、建設的な意見など出そうで出ないものである。


 そんなだらだらと費やされる無駄な時間の中、みぎわが、ふと何かを思い出したかのように別の話題を提供する。


「そういえば食品で思い出したんスけど、なんかまた案件の打診が来てるらしいッスよ。なんと例の『暴薫』の会社ッス。どこで知ったんスかねー?」


「なんですって!?すぐに引き受けますわよ!きっと初期の雑談配信を見てくださったに違いありませんわ!」


「あー、そういえばソーセージ食べてたッスね……」


 アーデルハイトが『暴薫』にドハマリしたのはつい最近のことだ。それも家の中だけのことであり、彼女がヘビーユーザーであることなど誰も知っている筈がない。故にみぎわは不思議に思っていたのだが、成程、確かに初期の配信でアーデルハイトは美味しそうにソーセージを食べていた。それを見たかの企業が、宣伝効果有りとみて話を持ってきたのだろう。それが『暴薫』を制作している企業だったのは、恐らく偶然の一致だ。


「ところでウインナーとソーセージは何が違いますの?」


「あー……確かウインナーっていうのはソーセージの一種ッスよ。あとはケーシング、つまり何に詰めているかの違いとかだったと思うッスよ。知らんけど」


「ふぅん……まぁ美味しければなんでもいいですわね」


 自分から質問しておきながら、特に興味はないらしいアーデルハイト。そんなとりとめのない雑談を交わすこと暫し、撮影を終えたクリスがキッチンから姿を見せた。


「終わりましたよ。みぎわ、編集はお任せします」


「ういッス」


「折角ですから、作った料理は皆で食べてしまいましょう」


 そう言ってキッチンから料理を運び始めるクリス。昼食には少し早いが、それほど大量に作ったわけでもないため、四人であれば十分に食べきることが出来るだろう。すっかりこちらの世界の食事に魅了されつつあるオルガンも配膳を手伝い、いざ食事を始めようとしたその時だった。


 なにやら騒がしい物音と共に、インターホンすら鳴らさぬままに部屋内へと飛び込んでくる者が居た。随分と急いでいるのか、玄関からは転倒したような音が聞こえてくる。そうしてリビングに姿を表したのは、すっかりお馴染みとなったアーデルハイトの弟子だった。


「師匠!!稽古をつけてもらいに来ました!!」


「貴女頻繁にうちに来ていますけれど、本当に人気配信者ですの?」


「師匠の特訓のおかげか、最近また登録者数が増えました!あと、お肉が私のソックスを噛んでいるのですが!!」


「はいティッシュ」


「あ、どうもありがとうございます。では先にバルコニーでお待ちしてます!」


 そう言って肉を引きずりながら、ひと足先にバルコニーへと向かう月姫。結果この日の午後、アーデルハイトは弟子の稽古にまるまる費やすこととなった。

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