第149話 試す価値がある

「結論。この経由石ワードは通常の経由石ワードではない」


 ぺい、と経由石ワードを後方へ雑に投げ捨て、オルガンはそう言い放った。それを肉がキャッチして、そのまま毒島さんと共にバルコニーへと飛び出してゆく。


「通常の……ですか」


「どういうことですの?」


 あちらの世界に於ける立場もあって、転移門を利用することが多かったアーデルハイトとクリス。当然ながら、市井の者よりもよほど転移門について詳しく知っている。そんな二人でさえ、オルガンの言葉の意味は今ひとつわからなかった。彼女達の常識で言えば、経由石ワードには普通も特殊もない。経由石ワード経由石ワード。転移門を利用するために使う道標のようなもの。ただそれだけの筈である。


 だがオルガンはそうではないと言う。

 転移門を作ったのは太古のエルフだ。同族の彼女にしか分からないことがあるのかもしれない。或いは彼女も知らず、解析の結果をただ伝えているだけなのかもしれないが。


「どちらかと言えば逆。この経由石ワードは恐らく転移門の起動を阻害している。経由石ワードというよりも封印石シールと呼ぶべき。一種の封印に近い」


「……そんなもの、聞いたことがありませんわよ?」


「私も、寡聞にして存じ上げません」


「わたしも」


 どうやら後者だったらしい。

 転移門の起動を妨げるという特殊な経由石ワード。オルガンですらも聞いたことがなかったそれが、何故かこちらの世界の、それもダンジョンの最深部に眠っていたというわけだ。そもそもこちらの世界には転移門が存在しないのだ。起動を妨げるもなにも、その対象が存在しないのだからますます意味が分からなかった。


「そもそもこちらの世界には転移門がありませんのよ?存在しないものの起動を阻害する経由石ワード?意味が分かりませんわ」


「わたしにも分からない。でも、これがそういった効果を持っているのは確か」


「うーん……オルガン様でもわからないとなると……」


 あちらの世界に散らばる膨大な知識と技術。それらを目一杯詰め込んだロリエルフの頭脳を以てしても、謎の解明には至らなかった。経由石ワード改め封印石シールという別種のアイテムだということが分かっただけ、一歩前進といえるだろうか。


「皇国の紋章があるのはどうしてですの?」


「不明。そもそもこれは、皇国で使用されている経由石ワードとはデザインが異なる。完全に別物」


「んぅー……」


「結局何も分からない、という事ですね……」


 アーデルハイトはうんうんと唸りながら、腕を組んで頭を悩ませる。クリスも困り顔を浮かべるのみだった。この場で最も事情に詳しい筈のオルガンですら分からないのだから、アーデルハイトやクリスに答えが導き出せる筈もない。


「というよりも、この封印石シールが発している阻害効果だけでは、行き先を歪ませる程度が精々だと思われる。複数個あればともかく、転移門の起動自体を妨げるには至らない」


「ですから、そもそも転移門自体がありませんのよ」


「そう。対象が存在しない上に効果が薄い。だから余計に分からない。しぼむ」


 彼女はここ2日ほど、この封印石シールの研究に勤しんでいた。それ故の寝不足か、はたまた解明出来なかったことでプライドが傷ついたのか。オルガンはのろのろと机に突っ伏し、両足をぱたぱたと揺らしていた。


「あのぉー……ちょっと気になったんスけど」


 そんな折、これまで黙って話を聞いていたみぎわがおずおずと挙手した。


「はいミギー、発言を許可しますわ」


「いやぁ……その、転移門ッスか?それって、まだ存在しないとは限らないんじゃないッスか?」


 そんなみぎわの言葉に、突っ伏したままだったオルガンの尖った耳がぴくりと反応する。一方アーデルハイトは机の上に顎を載せたまま、異世界事情に詳しくないみぎわの為に情報を補足する。


「転移門は結構なサイズですの。こちらの世界に存在するのなら、使い方は分からずともきっと大ニュースになっていますわ。それこそ、ミギーが知らない事が証拠なのではなくて?」


「いや、お嬢忘れてないッスか?こっちの世界でのダンジョン制覇は、この間ウチ等がやったのが世界初なんスよ?」


「……はっ!」


「……そなの?」


 みぎわが言葉を言い終わる前に、アーデルハイトは彼女が何を言わんとしているのかが分かった。アーデルハイトは忘れていた。そればかりかクリスでさえも、無意識の内にその可能性を切り捨てていた。つい先日やってきたばかりのオルガンに至ってはその情報を知らなかった。

 あちらの世界ではいくつも制覇されているが故に、その常識に染まったアーデルハイトはすっかりその事を忘れていた。彼女達が封印石シールを見つけた場所は、誰も足を踏み入れたことのなかったダンジョンの最深部。そう、彼女達が世界で唯一のダンジョン制覇者なのだ。


「あ───」


「これは……先の攻略があっけなさ過ぎて、お恥ずかしながら私も失念しておりました。配信でも触れていた筈なんですが……いやはや」


「ね?どこかのダンジョンの最深部になら、もしかしたらあるかも知れないじゃないッスか。もしくはその封印石シールっていうのがいくつもあって、全部壊すと門が現れる───なんて、ちょっとゲーム脳過ぎるッスかね?」


 照れるように苦笑いをしてみせるみぎわ。彼女にとってはほんの思いつきで話しただけのことだったが、しかしそれは異世界の常識に染まっていた三人に衝撃を与えた。


「それですわー!!」


「え」


「ナイスですわミギー!きっとそうに違いないですわ!!」


「えぇ……?」


 適当に言ってみただけのみぎわは、アーデルハイトの興奮っぷりに困惑するばかり。何しろ、彼女が口にしたのはこちらの世界ではありがちな、もはや摩擦で火がつきそうな程に擦り倒された設定だったから。


「どうですか?オルガン様」


「うむり。断言は出来ないけど可能性はある。というより、現状では最も価値のある推察だと考える」


「つまり?」


「試す価値がある」


 これは両世界に於ける、実力と常識の差異から生まれた気づきだ。

 あちらの世界出身の三人は、ダンジョン制覇をそう大したことではないと考えている。偉業には違いないが、しかし誰にも真似できないほどではないのだ。腕の立つ冒険者達がパーティを組めば、ダンジョンの踏破自体は不可能ではない。故に、ダンジョン最深部が未調査だという当たり前のことを、無意識の内に忘れてしまっていた。

 無論オルガンも、封印石シールが複数ある可能性には思い至っていた。だが転移門が存在しないという情報だけは聞かされていた為に、その先を考えることがなかった。滞在日数の浅さが生んだ、天才の盲点といったところだろうか。


「これからの方針が決まりましたわね!」


「とはいえ、やはりやること自体は変わりませんね」


「各ダンジョンの最深部を調査。転移門、或いは封印石シールが発見出来れば良き。帰還の目処が立つ」


 だらだらと悩んでいた空気から一転、突如として活気を取り戻した異世界方面軍。普段はダウナーなオルガンでさえも、よくみれば耳をぴこぴこと動かしている。


「では早速、次の攻略目標を決めますわよ!!」


「おー」


 こうして異世界方面軍の新たな目標が設定された。最終目標がスローライフだというのは変わりないが、聖女への復讐チャンスも逃すわけにはいかないのだ。


「……そんな安直な話あるんスか……?」


 そんな盛り上がりを見せる異世界勢の傍らで、ただの思いつきが採用されてしまったみぎわが、困惑と共に阿呆っぽい顔で呆けていた。

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