第148話 まかせたまへ(閑話)

 大小様々な試験管、怪しげな溶液の入ったフラスコ。棚にはきっちりと整理された魔物の素材が並び、テーブルの引き出しを開ければ鉱石がぎっしり。すっかり何処かの研究室じみた色に染まった部屋の中で、オルガンとクリスが何やら慎重に作業を行っていた。


「できた」


「流石は『創聖』、お見事という他ありません」


 そう言って掲げたオルガンの手の中には、簡素な試験管がひとつ。中には澄んだ青色の液体が入っており、室内の光を反射してキラキラと輝きを放っていた。

 彼女達が行っていたのは、当初より計画していた回復薬ポーションの錬成だった。クリスの知る方法ではまだ作れるだけの材料が揃っていなかったのだが、オルガンの手にかかればそんなものはどうとでもなってしまう。


「まさかこんな力技で代用してしまうとは……」


「難しく考える必要はない。同じ効果が見込めるのなら何でもいい」


 あちらの世界では、回復薬ポーションの製造方法はいくつか知られている。つまりは一般知識の一つとして知られているものであり、極論を言えば、素材さえあればあとはどうにでもなってしまう程度の知識だ。回復効果のある何かしらの素材を、強大な魔力でもって増幅する。ざっくりと説明してしまえば、回復薬ポーションの生成などたったそれだけのことなのだ。


 回復効果のある素材としては、既にトレントの実を採取してあった。だが問題となるのは効果の増幅だった。

 通常、回復薬ポーションを作る際には『魔晶石』と呼ばれる高純度の魔力が凝固したものを利用する。魔力の塊といえば『魔石』もそうであるが、それではダメなのだ。あれでは不純物が多すぎる。もっと純粋な魔力の塊でなければ回復薬ポーションの生成には使えない。

 『魔晶石』はあちらの世界でもそれなりに希少な素材であり、そこらに転がっているようなものではない。当然ながらこちらの世界では発見されておらず、クリスがこれまで回復薬ポーションの製造に手を出せなかったのもそれが原因だった。


 しかしオルガンは、それを単純な力技でどうにかしてしまった。つまりは自らの強大な魔力による『魔晶石』の代用だ。オルガンが行ったのは、自らの右手に強力な魔力を込め、そのままトレントの実を握りつぶして果汁を採取する、というだけの行為だった。オルガンの濃密な魔力に晒された果実は、『魔晶石』を利用したときとほぼほぼ同等の増幅効果を得ていた。無論誰にでも出来ることではない。彼女の圧倒的な魔力あってこその方法だ。


 その光景はもはや錬金術などという高尚なものとは思えない、ひどく原始的な作業であった。錬金魔法がそれなりに得意なクリスだが、彼女とて錬金術が専門というわけではない。だが、そうでなくてもこんな方法は聞いたことがなかった。錬金魔法とは、先人達が行った無数の試行錯誤の末に生み出された至高の技術。それらに従ってレシピ通りに行うもの。それがあちらの世界での常識だったから。


 しかし、そんな錬金術の頂点に御座すマッドエルフ曰く。

 彼らは『錬金魔法を難しく考えすぎ』なのだそうだ。偉人たちが行ってきた無数の実験も、彼女の前では形無しであった。


 ともあれ、こちらの世界初の人工回復薬ポーションは人知れず完成した。それも以前にアーデルハイトと東海林か獲得したものよりも上位の、中級回復薬ポーションである。中級回復薬ポーションと言っても、それはあちらの世界を基準にした場合の話だ。こちらの世界の価値に照らし合わせれば、これは上級回復薬ポーションということになる。


 そう、これは上級回復薬ポーションなのだ。


「……これは我々が常備するのみに留め、売却するのはやめておきましょう」


「それがいい」


 以前に入手した中級回復薬ポーションですら、その希少性から一つ1200万円という高値が付いた。ではこの青く輝く回復薬ポーションには一体どれだけの値が付くのだろうか。そしてそれは量産可能なのだ。もしもこれを大量に売却しようものならば、市場に与える影響は計り知れないものとなるだろう。

 回復薬ポーションの価格は暴落し、他の探索者達が受けるダメージは大きなものとなる。やっとの思いで手に入れたポーションに価値がないとなれば、探索者業界全体の活気が無くなってしまうだろう。それは異世界方面軍としても望むところではなかった。


「非常用として、知り合いに渡す程度であれば問題ないでしょうか」


「出元を口外しなければ問題はない」


「では、そのようにしましょう」


 魔女と水精ルサールカの面々や月姫かぐやといった、仲の良い探索者に渡す分には問題ないだろう。彼女達であれば口も堅いだろうし、余計な情報を漏らすこともない筈だ。


 そうして回復薬ポーション作りが一段落したところで、クリスはオルガンの部屋をぐるりと見回した。すると怪しい研究室と化したその一角に、見覚えのある素材が鎮座しているのを発見した。


「ところでオルガン様。はどうされたのですか?」


 そう言ってクリスが指差す先には、すっかり縮んでしまった巨獣ベヒモスの角があった。度重なる肉のガリガリによって、元のサイズと比べて半分以下の長さにまでなっている。もはや売却不可能となってしまったそれは、いつの間にかオルガンの手に渡っていたらしい。


「アーデにもらった。こんなに得難い素材はなかなか無い」


「それはそうでしょうね……何かに使えそうですか?」


「うむり。と言っても武器を作ったりは出来ない。装飾品程度が精々」


「それは……あちらの世界なら国宝級のアクセサリーになりそうですね」


「そうかも。とりあえず、近い内になんとかしてみる」


 普段は何に対してもそう簡単に興味を示さないオルガンといえど、生ける伝説とまで謳われた巨獣の素材には、やはり興味を引かれた様子である。巨獣が討伐された前例など、記録の上でもなかった筈だ。ならばそれは前代未聞、唯一無二のアイテムとなるだろう。


「一体どんなものが出来上がるのか、今から楽しみですね」


「まかせたまへ」


 そう言ってドヤ顔で無い胸を叩くオルガン。

 まさかこの貴重な素材があんな訳のわからないものになるとは、この時のクリスは想像だにしていなかった。

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