第242話 決着

 カメラを抱えたまま、クリスが砂浜を走る。先に駆け出したウーヴェは、手負いの筈なのに既に見えない。だが、六聖の二人と比べるのは流石に酷というものだ。クリスの速度は十分に人間離れしており、高速で流れてゆく景色には視聴者達も大喜びである。


 アーデルハイトの心配など、クリスは微塵もしていなかった。なんだかんだと言いながらも、彼女の中では敬愛する主が一番なのだ。精々が、随分派手に吹き飛んだものだと思う程度であった。


「一体どこまで飛んだのやら……おや?」


 そうして遅れること数十秒、クリスは漸く現場に到着する。着くなり戦場へとカメラを向けるクリスであったが、しかしそれと同時に、何かに気づいた様子であった。


「あっ……」


 クリスの視線と、そしてカメラの両方が向かう先。そこにはアーデルハイトに握られた、一際美しい輝きを放つ長剣の姿があった。それを目にした瞬間、クリスは大急ぎで距離を取り、その上で前面に何重もの魔力障壁を展開した。


「あーあーあー……アレはマズいですよ」


 先程の戦闘でも十分に距離を取っていたクリスだが、今回はそれよりも更に遠い。だがを目にしてしまった彼女には、これ以上の接近が出来なかった。




       * * *




 アーデルハイトの奥の手"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"。あちらの世界に於ける神器の等級に照らし合わせるなら、文句なしのS級神器である。勇者の持つ聖剣がS級であることを考えれば"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"はそれに比肩する力を持っているということになる。


 S級に分類される神器は数こそ少ないが、そのどれもが強力な特性を持っている。しかしそれと同時にクセもあるのだ。例えば勇者の持つ聖剣の場合、『魔に属する者に対して絶大な威力を発揮する』という強力な効果を持っている。しかしその効果を発揮するにあたり、『戦う意思と正義の心を絶やさない限り』という条件が付随する。なんともふんわりとした曖昧な条件だが、とにかくそういった前提があって初めて力を発揮するのだ。


 またそれとは別に、効果の発動自体に制限は無いが、効果量に制限のあるタイプも存在する。例えば『奪った命の数だけ威力を増す』といったようなものがそれにあたる。特性のポテンシャルは高く、発動も容易だが、しかし力を最大限に引き出すのは難しいタイプだと言えるだろう。


 このように、一口にS級神器といっても幾つかの分類に分かれているということだ。そしてアーデルハイトの持つ"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"は、先の例でいえば後者のタイプであった。


「……それが貴様の奥の手というわけか」


「如何にもですわ!」


「ふん……どのような能力を持っているのかは知らんが、今の状態では満足に振るえまい」


「貴方こそ、今にも倒れそうに見えますわよ?」


 見た目のダメージはウーヴェの方が上だろう。何しろ脇腹の出血に加え、身体の各所には内出血らしき痣が見られるのだから。強力な効果を持つ反面、強烈な副作用も内包する。そういった意味で"鬼哭"は、ウーヴェにとってのS級神器と呼べるのかもしれない。


「この程度はダメージのうちに入らん。貴様の奥の手とやらも、俺の"鬼哭"で正面から打ち破ってやろう」


 そう言ってのけたウーヴェが、溢れんばかりの自信をその顔に湛え、その場でゆっくりと構えを取った。両者ともに手負いの状況ならば、自分が負ける筈はない。アーデルハイトへのリベンジに燃える彼は、そのための修練を十分に積んできたのだ。根拠のない虚勢ではなく、自らが積んできた修練こそが絶対の根拠。ウーヴェは自身の勝利を微塵も疑ってはいなかった。


「よくぞ吠えましたわ! いいでしょう! わたくしも正々堂々、正面から叩き潰して差し上げますわ!」


 対するアーデルハイトもまた、言葉通りに正々堂々と構えを取る。まだ動く右手で剣を掲げ、ほとんど動かない左手をそっと添える。まるで天に見せつけるような大上段の構えは、小細工なしの証であった。


「いざ!」


「……来い」


 そんな短い言葉のやりとりを合図に、アーデルハイトが大きく一歩を踏み出した。対するウーヴェは腰を落とした防御の構え。先の宣言通り、アーデルハイトの攻撃を正面から打ち破るつもりなのだろう。そうすることで初めてリベンジは成ると、脳筋らしくそう考えているのだろう。


 刹那"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"が神々しい光を放った。だが不思議なことに眩しくはない。その輝きを目にしたウーヴェは、戦いの最中だというのに『美しい』と感じてしまった。


 他の誰も知らない、アーデルハイトとクリスだけが知る"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"の能力。それは『持ち主を慕う者の数だけ力を増す』というものだ。その容姿と性格で、領民からは信頼と親愛を。剣を志す者達からは尊敬と羨望を。貴族として、騎士団長として、そして剣聖として。あちらの世界に於いて、アーデルハイトは多くの者から慕われていた。


 アーデルハイトは十六歳の頃、竜種を単独で討伐した事がある。流石に無傷とはいかなかったが、しかしその功績を以て師から二代目剣聖として認められるに至った。その偉業を成し遂げることが出来たのは、偏にこの力のおかげといえるだろう。


 例えば領民が数万、或いは数十万人居たとして。例えば騎士団員が数百、数千人居たとして。そして剣聖に憧れる者が、世界中に数万人ほど居たとして。正確な数字こそ分からないものの、どれだけ多く見積もっても100万には届かないだろう。しかしテレビやインターネットのような、一般にまで普及した情報端末が存在しない世界だということを考えれば、これは十分過ぎるほどの知名度だろう。そしてそんな状態でさえ、竜種を屠るだけの力を持っていた。


 では、現在はどうか。

『アーデルハイトを慕う者』とはどう定義されるのか、それは彼女自身にも分からない。だがアーデルハイトはほとんど確信していた。あちらの世界に居た頃よりも、ずっと激しい光を放つ"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"の姿に。


 そうしていよいよ、アーデルハイトは剣を振り下ろす。

 その剣身から、溢れんばかりの光彩を撒き散らしながら。


「チャンネル登録者数200万人突破ありがとうスラーッシュ!!」


 そんな馬鹿っぽい叫びとともに、洒落にならない破壊圧が解き放たれる。万全の体勢で相対していたウーヴェは目を見開き、限界まで引き伸ばされた時間の中で考えを巡らせる。


(……何? チャン、ネル……? どういう意味だ? 気を散らす作戦か? だが……くそッ、俺は一体何を───いや、今はそれよりもッ!)


 それはほとんど本能的な行動だった。

 悲鳴を上げる身体を無視し"鬼哭"による身体強化の重ねがけを行う。更に"金剛不壊"によって四肢を強化し、全力の防御態勢を取る。それだけでは足りないと判断したのか、魔力による一般的な身体強化までをも行使する。


 直後、光の奔流がウーヴェを飲み込んだ。




      * * *



 だだっ広い砂浜には、大きな大きな窪みが出来ていた。事前に張った障壁など、見るも無惨に砕け散り。巻き起こされた爆風で、カメラごと遠くに吹っ飛んでいたクリス。そんな彼女は今、恐る恐るといった様子で爆心地へ歩を進めていた。


「げほっ。砂煙が凄いですね……アレは当分使用禁止です」


 何しろ、ここまでの条件で振るったのは初めてだったのだ。クリスも、そしてアーデルハイト自身にとっても想定外の威力である。これからも増え続けるであろうことを考えれば"高く尊き我が心アーデル・シュナイデ"の出禁措置は当然であった。


 徐々に晴れてゆく砂煙の中、クリスの目にはうっすらと人影が映っていた。カメラを向けつつそちらをじっと見つめてみれば、そこには───口元に手を添えお嬢様スタイルで高笑いをするアーデルハイトと、白目を剥き大の字で気絶しているウーヴェの姿があった。


「おーっほっほっほ! わたくしの大勝利でしてよー! これにて駄犬のしつけ、ヨシ!」


 こうして二人の六聖による戦いは、アーデルハイトの勝利で幕を閉じたのだった。

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