第243話 無事に終わって良かったッス

 アーデルハイトが砂浜を爆破した、ちょうどその頃。

 配信上では、かつてない程の盛り上がりを見せていた。


 :うぉぉぉぉおお!!

 :ADK! ADK!

 :かっこええええ!

 :爆音でワイの鼓膜ないなった

 :異世界出身がガチだと確定した瞬間である

 :前から確定してた定期

 :過去イチでダサい技名に草

 :全部ダサいんだよなぁ……


 深夜の配信だと言うのに、同接数は過去最多の五万超。飛び交う投げ銭で真っ赤に染まったコメント欄。ひっきりなしに届くサブスク登録の通知。高速で流れてゆくコメントを目で追うことなど、最早不可能だった。そしてそれは現実世界でも同じこと。伊豆支部の食堂に集まった者達は皆、祭りのような騒ぎぶりであった。


「ククク……流石……流石です師匠! 私は師匠が勝つと信じてましたよ!」


「いやァ、本気の旦那もヤバかったなァ……アタシもいつか、あのレベルまで強くなれンのかねェ?」


「っていうか! 砂浜に大穴空いちゃってるじゃないですか! アレちゃんと元に戻るんですか!? 聖地なんてレベルじゃないですよ!?」


 アーデルハイトの勝利を喜ぶ月姫かぐや、異次元の強さを見せつけたウーヴェに感心するレベッカ。皆それぞれ反応は違ったが、熱戦からくる興奮のせいか、心中を語らずにはいられない。唯一、今回の責任者であるあかりだけはダンジョンの心配をしていたが。


「……コラだろ?」


「馬鹿か、どう見てもコラだろ。コラであってくれ」


「……現実です」


黄金の力グルヴェイグ』の三人は開いた口が塞がらない様子であった。今回の剣聖対拳聖は、大本を辿れば彼らの来日がきっかけだった。アーデルハイトに稽古をつけてもらおうと半ば興味本位で来日した彼らだが、その結果、信じられないものを見せられてしまった。彼らが受けた衝撃は凄まじく、今回の経験は今後の活動にまで影響を及ぼすかも知れない。ちなみに裏では実況スレが大騒ぎとなっていたのだが、それはまた別の話である。


「いやー、なにはともあれ無事に終わって良かったッス」


 実況を勤め上げたみぎわがそっと胸をなでおろす。今回の模擬戦は、彼女たちにとって初めてのオフイベだった。この情報社会に於いて、こうしたイベントの結果はすぐに界隈へと知れ渡る。実際には異世界方面軍が主導という訳ではなかったのだが、そんな内情など殆どの者は知ることがない。『異世界方面軍初のオフイベント、大爆死』などというネットニュースにでもなれば、今後の活動にも支障が出かねない。故に、失敗するわけには行かなかったのだ。爆死したらしたで『逆においしい』などと言いそうな令嬢も居たが。


「こりゃまた、色々と忙しくなりそうッスねぇ……」


 今回の一件が広まれば、コラボや案件のオファーは更に増えることだろう。それ自体は喜ばしいことだが、諸々の調整を考えればただ喜ぶだけというわけにもいかない。そんな嬉しい悲鳴を抱えながら、みぎわは頬杖を突いて画面を眺めるのだった。




      * * *




 気絶したウーヴェの足を引きずり、ずりずりと階層入口付近まで移動させたあと。アーデルハイトが勝利の余韻に浸りつつ、クリスの治癒魔法を受けていた時のことだった。支部へとつながる扉が開き、中からオルガンが姿を現した。両手には回復薬の瓶をたっぷりと抱えており、頭には肉と毒島さんが乗っている。その重量のせいか足取りが怪しい。


「おつー」


「そちらもお疲れ様でしたわ。それにお肉と毒島さんも」


 労うつもりがあるのか、ないのか。

 間延びした声をアーデルハイト達へとかけつつ、オルガンはウーヴェの元へと向かう。そうして伸びているウーヴェの頭上で、瓶を大量に抱えていた両手を解放した。


「くらえ」


 ウーヴェの顔面へと投下される回復薬の山。ウーヴェの額やら顎やらにぶつかった衝撃で瓶が割れ、中からはオルガン製の回復薬が溢れ出す。小瓶の破片があたりへと散らばり、その中心部には負傷し気絶した男の姿。殆ど何かの事件現場といった怪しい光景であった。


「……げほっ! がはっ! ゴボッ!? ゴボボッ!」


「何を言ってるのか分からんが」


「げほげほっ! ぐッ……殺す気か!」


「むしろ助けたが」


 流石の創聖特製ポーションというべきか、効果は覿面であった。ものの数秒もしないうちにウーヴェは意識を取り戻し、雑な扱いにクレームを付けられる程度には回復していた。そうして上体を起こしたウーヴェは、顔を顰めながらも周囲を見渡す。


「……俺の負け、か」


「そう、わたくしが勝者。そしてあなたはめでたく異世界方面軍の中ボスですわ」


「……ふん、意味は分からんが好きにしろ」


「でもまぁ、あなたもなかなか悪くありませんでしたわ。わたくしには及びませんけれど」


「抜かせ。次こそ俺が勝つ」


 ぶっきらぼうに言い放ち、ウーヴェがその場で立ち上がる。そうして自らの傷を軽く確かめた後、支部へと向かって歩き始めた。どうやらさっさと帰るつもりらしい。そんなウーヴェの背中へと、オルガンがぼそりと小さく声をかけた。


「ウーヴェ」


「……なんだ」


「それ、ひとついっせんまんえん」


「……」


「合計でいちおくごせんまん」


 無情にも告げられたその金額は、一応は異世界友情価格であった。あちらの世界でのよしみのつもりなのか、莉々愛りりあにはひとつ一億円で譲っていることを考えれば、これでも相当に安くしている方である。


 あちらの世界に居た頃であれば、なんだかんだと金銭には困っていなかったウーヴェ。魔物を片っ端から狩り続けていたおかげで、高級な売却素材が有り余っていたからだ。しかしそんなものを持ち込んでいる筈もなく。しがないファミレス店員の給料で払えるような金額ではなかった。


「……ツケで頼む」


「よかろ。期限は切らないでおいてやる」


 そんな情けないウーヴェの頼みを、鷹揚に頷いて受け入れる。

 意外と優しいオルガンであった。


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