第281話 動物にやかられてる

 おみくじを終えて合流を果たし、そろそろ帰ろうと決めた頃。三人は行方不明となっていたオルガンを探すため、境内をのんびりと見学しながら歩いていた。


「あ、あそこにオルガン様が居ますね」


「全く……少し目を離した隙にふらふらと……」


 そう言ってクリスが視線を送る先には、境内に設置された小さなベンチがあった。そこには大小様々な鳥が群がっており、更にはどこからやってきたのか、猫や狸などといった小動物までもが集合していた。神社の中とはいえ一応は街中だというのに、何故かリスまでいる始末である。


「えぇ……なんかすっげぇ動物にやかられてるんスけど……?」


 傍から見ればなんとも不思議で、ある意味ではメルヘンな光景である。エルフらしからぬ言動の多いオルガンではあるが、こういった微笑ましい光景を見ると成程、紛いなりにもエルフであるらしい。なおみぎわの言う『やかる』とは、素行の悪い者を指して言う『輩』から派生した方言である。要するに『絡まれている』くらいの意味合いだ。


 そんなメルヘン状態のオルガンへと三人が近づくと、動物たちは素早く散って行った。結果論ではあるが、初詣の時間をズラしたのは正解だった。SNSの発達した今の時代、もしコレがピークの時間帯であったなら。恐らくは写真やら何やら、大変な騒ぎとなっていたことだろう。


「貴女、こんなところで一体何をしていますの?」


「んぉ……おぉ、やっときたか。迷子になるとは情けないやつらめ」


「迷子になったのは貴女の方でしてよ!」


 いい歳して迷子になった者の常套句だ。容姿だけを見れば迷子が非常によく似合うオルガンではあるが、その実態は百を越えた立派な大人である。つまりエルフとしてまだ若輩だとしても、百年もの人生経験が実際にあるのだ。人が疎らとなった境内で迷子になるなどと。


 そこでふと、アーデルハイトが何かに気づく。逸れる前のオルガンとはどこか違うような、何か不思議な気配を感じて。


「あら? オルガン、貴女何か……この少しの間に何かありまして?」


「む? どういう?」


「なんというか……形容するのが難しいですけれど、先程までとは何か違う気配を感じますわ。んぅー……? これは……でもまさか……?」


 不思議な気配とは言うものの、しかしアーデルハイトにもその正体が分からず、上手く説明ができない。確かに何かを感じるのに、それでいて何もないような。殆ど勘と言っても差し支えのない程度の、酷く漠然とした感覚だった。だがそんな得体の知れない感覚に、アーデルハイトは覚えがあった。


(初めて会った時、聖女から感じた気配に似ていますわ……背後に何か、得体の知れないモノが居るような……)


 アーデルハイトが想起したのは、あの憎き聖女ビッチと初めて顔を合わせた時の事。あの時も、聖女を通して何かしら別の気配を感じた。今目の前のオルガンから感じる気配は、どことなくそれに似ている気がする。とはいえそれが何だったのか、今なおアーデルハイトには分からない。つまりは考えても仕方のない理外の現象、或いは気の所為だということ。


「いみぷ」


「ん……まぁ、わたくしにもよくわかりませんわ。気のせいかも知れませんし、今のは忘れて下さいまし」


「うむり。お腹すいた」


 当の本人であるオルガンも、全く気にした様子はない。ならばやはり気のせいかと、アーデルハイトは先程の考えを捨て去った。冬は陽が沈むのも早く、境内はすっかりと夕日に照らされている。軽く積もった雪が夕日を反射し、キラキラと輝いているのが印象的だった。もうあと数十分もすれば、辺りには夜の帳が降りるだろう。オルガンの言う通り、早々に帰宅して夕食の支度────それを行うのはクリスのみなのだが────をしなければならない。


「では、そろそろ帰りましょうか」


「よし、すぐ帰るッス! 今帰るッス!」


 クリスが帰宅の宣言をすれば、インドア派のみぎわが食い気味にそう返事をする。先程迷子になったのを忘れているのか、オルガンに至っては既にトコトコと先を歩き始めていた。こうして、異世界方面軍の初詣は幕を下ろした。夕日に照らされた雪道を、四人で仲良く帰路につく。なお、帰りの道中でも雪玉のぶつけ合いなど一悶着あったのだが、それはまた別の話である。

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