第91話 寺生まれのMさん

 アクシデントによる初登場から、みぎわにはコアなファンが付いていた。そうして彼女の登場が焦らされれば焦らされるほど、彼女のファンの数は徐々に増している。そんな彼女が正式に出演したのだから、コメント欄はそれはもう沸きに沸いていた。


「あー。そのー…はい。魔法使いミギーとは私の事ッス。基本は裏方ッスけど、出来るだけ頑張ります、へへっ」


『やったああああ!!』

『ミギー派ワイ、この時を100年待ち侘びた』

『ガッチガチで草』

『ミギーしか勝たん』

『ヘラヘラすんなw』

『マジで魔法使えるようになったんスかぁ!?』

『アデ公とかクリスは華があるけど、ミギーはなんか落ち着く可愛さ』

『丁度いいよね』

『普通に失礼で草』

『胸囲の格差社会(小声』


「おいコラ!コメント欄見えてるから!この早さでも一瞬読めたッスよ!誰が貧乳ッスか!!」


 実質初めての配信出演にして、早速騎士団員達からの洗礼を浴びるみぎわ。しかしそれが功を奏したのか、ガチガチだったみぎわの緊張は、一瞬でどこかへと飛んでいってしまった様子。すっかりいつも通りのみぎわへと戻った彼女は、騎士団員達へとしっかりツッコミを入れていた。


「緊張は解けたようですわね。珍しくガチガチになっているものだから、実は少し不安でしたわ」


「いやいや、そりゃ緊張するッスよ。今の同接数8000人ッスよ?ウチみたいなパンピーには荷が重いッス……むしろ、初回から堂々としていたお嬢がおかしいんス」


 みぎわの台詞は尤もな言い分といえるだろう。

 公爵令嬢として、また騎士団長として、人前に出ることが多かったアーデルハイトと違い、みぎわはごくごく一般的な市民である。そんなただの一般人が、大勢の観客達の前に立つことなど、そうそう経験するものではない。実際に目の前に観客がいるわけではないが、そんなものは大した気休めにもならない。


『それはそうよね』

『配信者のメンタルは尊敬する』

『普通は視聴者数一桁でも緊張するわ』

『そこの団長は髪の毛弄りながら突っ立ってたなw』

『ていうかお嬢呼びなのか……てぇてぇ』

『クリスの時もちょっと緊張気味だったし、やっぱ団長がおかしいです』

『俺は分かってたよ。アデ公がおかしいってことはね』

『便乗ニキももうネタ無くなってきてるわ』

『ッス系後輩キャラすこ』

『そんなことより魔法の話はよ!!』


 この配信を見ている者達も、みぎわと同じ様にただの一般人が殆どである。中には探索者も見受けられるが、彼らとて、全員が全員配信を行っている訳ではない。そんな彼らにはみぎわの気持ちが実に理解出来た。


「ちなみにミギーは、異世界方面軍で最年長ですわよ?」


「うるさ!!ほっとけ!!」


 そんな無駄話をしながら、ちらりと横へ目を向ければ。

 そこには『師匠、巻きで!!』などと書かれたカンペを持つ月姫かぐやの姿があった。気を抜くとすぐに話が脱線してしまうのは、異世界方面軍の特徴であった。『それがいい』という声も多いために欠点とは言えないが。とはいえ、何度も言うが本日は時間にそう余裕があるわけではないのだ。月姫かぐやの指示は実に適切である。


「カンペで怒られたので、話を戻しますわよ。ミギーの魔法についてですわ」


「ッス。結論から言えば、ウチは確かに魔法を使えるようになったッス。といっても、多分皆が想像しているようなのとは違うと思うッスけど……ま、それは実際に見てもらうのが早いッスね。というか、これ以上引き伸ばすと暴動が起きそうッス」


 みぎわが話している間にも、大量のコメント達が『もう待てない』と言わんばかりに流れてゆく。その内の半分は魔法に関する催促で、もう半分はみぎわの魅力についての討論であった。ちなみに現在は『貴重な貧乳枠』という意見と、『身近な感じがいい』という意見が、激しい戦いを繰り広げている。そこに謎の『団長の尻』派閥と、クリスの『溢れ出る奉仕力』派閥が参戦し、もはやなにを議論しているのかもよく分からなくなっていた。


 そんな混沌極まるコメント欄を尻目に、みぎわはいそいそと何かの準備を行っていた。そうして少しの後、彼女の眼前にはいつぞやのゲーミング木魚と、なにやらお高そうなおりんが準備される。そこだけを切り取って見れば、殆ど仏壇の前と変わらない状況であった。


「ウチは魔法初心者なんで、補助具を使わせてもらうッスよ」


『……?』

『あっ、異世界臭がする』

『なんか嫌な予感がするな?』

『もう思ってたのと違うんだけどww』

『魔法の補助具って杖とかそういうのじゃないのかよw』

『っていうかミギーは寺生まれだったりするんか?』

『そういや前にアデ公が、木魚はミギーの私物みたいなこと言ってたな』

『おかしいな。魔法が見れると思ってたらいつの間にか仏具が並んでる』

『経験上、これは多分思ってた斜め上のやつが来るぞ』


「あ、コレは単に音が好きで集めてるだけッス。別に寺の生まれとかじゃないッスよ。さてさて……一応世界初の魔法ってことなんで、張り切っていきますか!」


 そう言ってみぎわが瞳を閉じる。

 そうして異世界方面軍の三人と、そしてサポートの二人しか居ない静かな協会内に、ゆっくりと木魚の音が鳴り始める。直後、みぎわの身体が薄ぼんやりと光りを帯びる。アーデルハイトのものとも、クリスのものとも異なる、彼女らしい橙色の暖かな光だ。その光の正体こそが、つまりはみぎわの『魔力』である。


 みぎわの身体を包んだ光は、ばい、或いは撞木しゅもくなどと呼ばれる、木魚を叩く棒へと伝わってゆく。そして木魚を叩く度、橙色の光が波紋となって周囲へと広がっていくのが分かる。それは、配信を見ていた視聴者達の目にもしっかりと確認出来ていた。

 みぎわは集中しているのか、一言も発すること無く木魚を叩き続けている。なにやら身体を光り輝かせながら、一心不乱にぽくぽく音を響かせるみぎわ。控えめに言って異様な光景であった。


 そうして一分ほどが経った時、みぎわが瞳を大きく開いた。


「破ぁ!!」


 そうみぎわが叫ぶと同時、高く清らかで、澄み切ったお鈴の音色が鳴り響く。当然ながら視聴者達は困惑した。自分達は一体何を見せられているのか、と。


「ふぅー……おっけーッス!」


 そんな視聴者達の困惑を知ってか知らずか、みぎわは一仕事終えたかのような、ひどく爽やかな笑みを浮かべてそう告げた。


『草』

『何がだよ!!』

『破ぁ!!じゃねーんだよ!!』

『やっぱ寺生まれじゃねーか!!』

『寺生まれのMさんなんよ』

『意味不明過ぎてゲラゲラ笑ってる』

『寺生まれはスゴイ、じゃねーんだよ!!』

『魔法はどこいったんだよ!!』

『ファイヤーボール!!とかそういうのは!?』

『クッソwwww腹痛いww』


 当然ながら、視聴者達からは全力のツッコミが飛び交った。

『魔法』と聞かされた時、大抵の者がまず思い浮かべるのは、よくある『火球ファイヤーボール』的なもの、乃至ないし、雷や氷といった如何にもな攻撃魔法だろう。だがみぎわが行ったのは、所謂ただの『ぽくぽくちーん』である。これが魔法と言われても何が何やら。思っていたのと違う、等と言われても無理はない。

 だが、そんな彼らの反応を見たみぎわは、まるで慌ててはいなかった。全ては想定通りだとでも言わんばかりに、ゆっくりと頷いている。


「まぁまぁ、言いたいことは分かるッスよ。だがしかし!!コレを見ても同じことが言えるッスかね?……破ぁ!!」


 裂帛の気合と共に、みぎわがテーブルの上へと手を翳す。すると、橙色に輝くみぎわの魔力が、まるで3Dプリンターのようにゆっくりと何かを形作ってゆく。

 そうしておよそ一分後。

 伊豆支部の食堂テーブルの上には、仄かに輝くみぎわの魔力で形作られた、何かの『立体模型』らしきものが現れていた。それはまるで、住宅模型を透過素材で作ったかのようで。


「ふぃー……さて、勘のいいリスナー達はもう気づいたかも知れないッスね。さて、いまウチが魔力で作ったコレは、一体何でしょうか!!」


 今この配信を見ている者の殆どは、創作やファンタジー作品に溢れた現代を生きる者達だ。みぎわの言葉通り、余程勘の鈍い者でもなければ、今の一連の流れで大凡の予想がつくだろう。


『オイオイオイオイ……オイオイオイ』

『流石に嘘やろ?』

『嘘だと言ってよミーギィ』

『マジだったらマジでダンジョン攻略がひっくり返るぞマジで!』

『正直肩透かしとか思ってたけど、予想以上にヤバそうなのが出てきたぞ』

『アカン、これはアカンでぇ!!』

『いや、マジでそうなら一日クリアは十分にあり得る』

『ワイウスノロ、未だにピンと来てない』

『ここに来てミギーがチート能力者だったの、激アツだろコレ』

『下手に炎とか出し始めるよりよっぽどヤバい』


 どうやら視聴者達の反応に満足したらしい。それはもう憎たらしい、見事なドヤ顔を披露するみぎわ。魔法の本場ともいえる異世界の出身者、アーデルハイトとクリスの二人ですらも、このような魔法は見たことが無かった。魔法には個性があるものだが、これはあまりにも個性が過ぎる。


 みぎわは戦闘が出来ない。故に、彼女はアーデルハイトとクリスをサポート出来る魔法を望んだ。そうしてクリスから教えられたのは『索敵サーチ』という名の、あちらの世界では珍しくもなんともない、ごくありふれた偵察用の魔法であった。そんなありふれた魔法だが、しかしみぎわとの親和性が高過ぎた。


 優れた魔力操作と、ずば抜けた空間認識能力。彼女の個性と適性が、明後日の方向へと突き抜けてしまった。そうして生み出された、まさしく偶然の産物だった。

 何よりも恐ろしいのは、ここが地球であったこと。あちらの世界には存在しない、『通信機器』が存在するのだ。それらが意味するのは、紛れもない『チート』であった。


 彼女は視聴者達へと告げる。彼女だけの、彼女の為の魔法の名前を。


「これがウチの魔法、『魔力振伝播ソナー』と『地図生成マッピング』ッス!!」

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