第90話 貴女の出番ですわ

「異世界の皆さん、ごきげんよう。わたくしのお煎餅放送局へようこそ」


 クリスの構えたカメラへと、アーデルハイトがゆっくりとカーテシーを行う。流石は公爵令嬢といったところだろうか、実に優雅で美しいカーテシーだった。欲を言えば、服装がジャージでさえなければもっと良かっただろう。


『なんだ煎餅配信かよ』

『聞いたことねーんよそのチャンネル』

『なんか来る場所間違えたっぽいわ』

『毎回ここのチャンネル名変わってんな?』

『ミギーと聞いて』

『朝から全裸待機してるのに煎餅放送局だったわ』

『お肉ちゃん生存確認』

『容姿と台詞と所作が全部合ってないんよ』

『ミギー初登場(二回目)と聞いて』

『あれ、どっかの支部か?』

『そういや今日はなにするんや?』


 配信開始と同時、早速いつものように団員たちがコメントを投稿する。彼らが事前通知で聞かされていたのは、配信開始の時間と、そして汀が登場するということのみ。配信内容に関しては一切告知されておらず、彼らの中には雑談配信だと思っている者も多い。故に、彼らの殆どは気を抜いていた。


「まずは皆様に感謝を。我がチャンネルは先日、登録者数が60万人を突破致しましたわ。これも偏に皆様が応援してくださったおかげですわ。有難う存じます」


 彼女にしては珍しく、本日のアーデルハイトは非常に令嬢っぽい。そんな普段とのギャップに、視聴者達は困惑気味であった。無論、容姿に優れたアーデルハイトがこうして上品に振る舞う姿は嬉しい。が、やはり心のどこかで彼らは訝しんでいた。


「……はい、というわけで真面目モードはお終いですわ」


『やっぱりね!!』

『知 っ て た』

『くそ……ちょっとドキドキしたじゃねぇか』

『いや、元からガワは完璧な訳で』

『中身も完璧な公爵令嬢でしてよ!?』

『あ、実は中身芸人なんすよ』

『ジャージな時点でお察し』

『マジモードならなんだかんだで正装しそうだしな』

『我が軍ももう60万か……乳空手のころが懐かしいな』


 そんな視聴者達の予想は見事に当たり、アーデルハイトはすぐにいつも通りの彼女へと戻ってしまう。その途端にスパチャが飛び交うあたり、彼らも普段通りのアーデルハイトに安心している様子であった。それが投げ銭に於ける正しいタイミングなのかは怪しいが、投げ銭とは得てして、意味の分からないタイミングで飛んでくるものである。


「本日は色々と通達がありますし、サクサク進めて行きますわよ!二度は説明致しませんので、耳をかっぽじってよーくお聞きなさいな!」


 そうして気を取り直したアーデルハイトが、本日の配信目的を視聴者たちへと説明し始めた。彼女の言う通り、この後はダンジョンへと潜る予定なのだ。時間には余裕をもって計画を建ててはいるが、予定通りに配信が進む保証など何処にもない。故にアーデルハイトとしては、説明を手早く終わらせなければならなかった。


「まずは本日の目的ですわ。皆さん、ここが何処だかお分かりでして?」


 アーデルハイトが両手を広げ、自らの背後に広がる景色をアピールする。とはいえアーデルハイトの後ろはただの壁であり、広がる等と形容するほどの景色など何処にもないのだが。


『協会っぽ』

『なんか見覚えはある気がする』

『渋谷か?』

『いやこれ伊豆やろ。間違いない』

『壁ソムリエ現る』

『団員ならこれくらい当然だよな?』

『いや、普通壁だけで分かんねーからw』


「そう!そこの団員の方、正解ですわ!!というわけで今日はここ、伊豆支部へやって来ましたわ!そしてここからが、重要なお知らせその一ですの。今この配信を見ている皆様はラッキーですわ。今から我々は───」


 アーデルハイトが深く息を吸い込み、自信満々に笑みを浮かべ、ほんの少しだけ間を作る。視聴者達を僅かに焦らし、一体何を言い出すのかという、その期待感を大いに煽る。そして告げる。SNSでは告知せずにいた、彼女たちの目的を。


「この伊豆ダンジョンを攻略致します。勿論攻略といっても、普段の探索とは異なりますわよ?つまりこれは────そう、クリ目クリア目的ですわ!!」


 アーデルハイトの言葉を聞いた視聴者達は、俄に静まり返る。

 そしてその直後に見せた彼らの反応は、正しく劇的であった。


『うぉぉぉぉ!!!!』

『っしゃああああ待ってたああああ』

『記念配信のとき言ってたアレか!!』

『マジ!?今日!?今からやんの!?』

『来たか…!!』

『ガタッ!!(ガタッ』

『”待”ってたぜェ!! この”瞬間とき”をよォ!!』

『今日出勤のやつ終わった・・・!!』

『今日はミギー登場だけじゃなかったのかよォ!!』

『休日出勤してるやつおりゅ?ww』

『勤務時間前ワイ、無事死亡』


 歓喜と喝采、そして一部は阿鼻叫喚であった。

 記念配信の際に行った攻略宣言は、元々反響が大きかったのだ。だがアーデルハイト達はその時期を明言しておらず、故に視聴者達も、まだまだ先の話だと勘違いしていた。彼らは異世界方面軍の行動力を見誤っていたのだ。


「急な話で申し訳ないとは思っておりますわ。わたくし達も、本来はもう少し後を予定していましたの。ですが、今やらなければならない理由が出来てしまいましたの」


 そう前置きしてから、アーデルハイトは今回の『クリ目』に至った経緯を説明する。死神討伐は不慮の事故で。イレギュラー解決と巨獣の件は、直後に起こった渋谷の記録更新の所為で。二つの偉業がポシャった彼女たちは、誰にも真似出来ないであろう偉業で、話題の更なる上書きをするしか無くなった、というわけである。


 レベッカ達には悪いが、踏み台にさせて頂くというわけだ。彼女はゲラゲラ笑って喜んでくれるだろうが、『勇仲』がどう思うかは未知数である。とはいえ配信業界は競争の激しい世界だ。文句を言われる筋合いなどないし、そもそもの話、『勇仲』などという面識もない者達にどう思われようと、知ったことではないのだから。そんなアーデルハイトの説明を受けた視聴者達も、然もありなんといった様子であった。


 しかしそこで、何人かの視聴者達から同じ内容の質問が飛んでくる。その質問とはつまり、『一日で攻略し終わるのか?』である。

 伊豆ダンジョンに於ける最高到達階層は、過去に東海林達のパーティーが達成した20階層である。彼らがそこにたどり着くまでに要した時間は丸一日であり、それ以降の階層があることも確認されている。つまり今回の異世界方面軍は、東海林達が到達した記録を塗り替え、かつ何処まで続いているか分からないダンジョンを、たった一日でクリアしてみる、と言っているのだ。中でも、何階層まで続いているのかわからないという点が、今回の攻略にとって一番の問題点となるだろう。


 だがそんな質問を目にしても、アーデルハイトはまるで関係ないと言わんばかりのドヤ顔を披露していた。


「それに関しては問題ありませんわ。ちゃんと解決策を用意してあります。むしろ、それこそが今回の目玉とも言えますわね───ところで皆様は、コレをご存知ですの?」


 そう言ってアーデルハイトがジャージのポケットから取り出したのは、昏く鈍い輝きを放つ、拳大の球体であった。見様によっては美しくも禍々しくもあるそれは、以前に彼女が、この伊豆ダンジョンを訪れた際に獲得した『魔石』だった。探索者であれば知らぬものは居らず、一般人でも見たことくらいはある代物だ。


『あ、なんだっけこれ』

『見覚えはある』

『ちゃんと谷間から取り出して!!!』

『魔核やん』

『こういうのは爆速タイピングニキが説明するから』

『たのんだぞニキ……』

『魔核とは、魔物の死体から稀に発見される正体不明の物体である。一般的には魔物の動力源、或いは、脳のような機能を持つのではないかと言われている。しかし現在も詳細は不明であり、研究もまるで進んでいない。用途が無い故に価値がないとされており、協会でも買い取りは行っていない、所謂ゴミである』

『流石にこれは用意してないだろ……』

『早すぎィ!!』

『いやもうおかしいレベルだろこれw』


 コメントを見る限り、知っている者と知らない者が丁度半々くらいの割合だ。ダンジョン界隈ではゴミとされており、殆どの者が興味を示さないアイテムだ。故に、テレビや配信など、どこかしらで魔核を見たことはあっても、名前が出てこない非探索者が多かった。


「説明感謝致しますわ。さて、先程爆速ニキが仰ったように、これは魔核という物ですわ。今皆様に御覧頂いているコレは、わたくしが以前にここで拾ったものですわね。まるでゴミのような扱いを受けている品ですの───こちらの世界では」


 アーデルハイトが言葉の最後に付け足した、意味深な言葉に気づいたのだろう。コメント欄が俄にざわめきはじめた。その反応は予想通りだった、とでも言うかのように、アーデルハイトが不敵な笑みを浮かべる。異世界方面軍の基本方針と何も変わらない。信じるも信じないも、全ては受け手側に委ねるだけだ。


「実はコレ、あちらの世界にもありますの。あちらでは『魔石』と呼ばれておりまして、様々な用途に使用されていますわ。簡単に言えば、コレは魔力の塊ですの。そう、魔力ですわ。わたくしがコレまでに『不思議パワー』だとか『高貴力』などといって誤魔化してきたもの。その正体こそが、魔力ですわ」


 何をいきなり言い出すのかと困惑する者。そんなものが実際に存在する筈はないと否定する者。なんとなくそんな気はしてた、異世界ならそれくらい常識、等と納得する異世界沼の住人達。アーデルハイトの言葉を聞いた視聴者達の反応は様々だった。


『魔力』とは、現代人にとってはすっかり馴染み深い単語の一つとなっている。創作物の中では頻繁に登場するワードであるし、誰もが一度はその存在を夢見たことだろう。とはいえ、それも所詮は空想上のものである。本来ならばこんな突拍子もない話、誰も信じはしない筈だ。


 にも関わらず、アーデルハイトの言葉を信じる者が一定数居たのは、偏にこれまで異世界方面軍が行ってきた活動の賜物と言えるだろう。思い返せば彼女達の配信では、現代の技術で説明の出来ない場面がいくつもあった。その度にアーデルハイトは誤魔化していたが、それが『実は魔力によるものでした』と言われれば何故か納得出来てしまうのだ。げに恐ろしきは異世界沼である。


「どうしてこんな話を唐突に始めたかといえば、コレこそが先の質問の答えになるからですわ。魔力とは魔法の源。それはつまりどういうことかというと───」


 そうして再び溜めを作るアーデルハイト。続く言葉が視聴者達に与える衝撃は、おそらく過去最大のものとなるだろうから。


「これこそが重要なお知らせその二───皆様よろしくて?こちらの世界でも、こちらの世界の人間にも、『魔法』は使えますわよ!」


『いやいやいやwwwいやいや……マジ?』

『待って情報量多すぎる頭が着いてこない』

『くぁwせdrftgyふじこ』

『爆弾発言多すぎィ!!』

『マジのマジなんか!?俺たちでも使えるんですか!?』

『いや流石に嘘でしょ』

『大変な事になって参りました』

『アデ公とかクリスはなんかやってんなぁコレ、とは思ってたけど…』

『アカン(アカン』

『期待させておいてやっぱり嘘でしたはやめて欲しいんですけど』


 アーデルハイトの予想通り、コメント欄は大変な騒ぎとなった。もはや常人では読むことが叶わぬほどに高速で流れてゆくコメントは、期待と興奮、猜疑と疑問で溢れかえっている。それも当然だ。今アーデルハイトが言ったことが事実なら、これは世界の常識を覆す話に他ならない。


「ふふふ。よくってよ、よくってよ!皆様が言いたいことはよーくわかりましてよ!!つまり証拠を出せと言いたいのでしょう?ええ、ええ。理解っておりますわ。その為に、わたくしたちはこの話をずっと伏せておいたのですから」


 そう。

 アーデルハイト達が今まで伏せていた『魔法』に関する情報。それをここにきて公開したのは、全ての準備が整ったからだ。アーデルハイトやクリスが魔法を使ったところで、それでは証明にはならない。仮に魔法という存在が受け入れられたとしても、異世界人を名乗っている以上は『異世界人だから使える』となってしまう。

 故に、彼女達は自分達以外の、こちらの世界の人間が魔法を習得する時を待っていたのだ。


「わたくしたちはこれまでずっと、とある方に魔法を教えていましたの。本日魔法の話をしたのは、それがいよいよ実を結んだからですわ。ふふふ……勘のいい団員は、もうお分かりのようですわね───貴女の出番ですわ!ミギー!!」


 アーデルハイトがカメラの画角外、向かって左の方を指さした。その指を追うように、クリスがカメラをパンする。


「あー、その……どうも、ミギーっスゥー……よ、よろしく?」


 彼女らしくない、歯切れの悪い自己紹介。

 騎士団員達が、その登場を今か今かと待ちわびていた人物。緊張の所為で引き攣った、ひどくぎこちない笑みを浮かべる異世界方面軍の三人目の姿が、そこにあった。

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