伊豆D完全攻略編
第89話 進軍開始
魔法には教本のようなものがある。所謂『魔導書』と呼ばれるものがそれだ。
アーデルハイト達の元いた世界では、魔法を習得するための手段は主に二つあり、魔導書はそのうちの一つだった。これは基本的に、自学で魔法を習得するための手段であり、専ら魔法の基礎が出来ている者がとる手段とされていた。そもそも、子供達が魔導書を読んだところで理解出来るわけもないのだから、当然といえば当然である。
そしてもう一つは、他人に教えてもらう方法。
魔法とは感覚的な部分が大きいため、一人で練習しても入り口で躓きやすい。故に魔法の前段階、つまりは魔力を認識し、それを操作出来るようになるだけでも相当な時間を使ってしまうことだろう。その点、こちらの方法であれば先人から詳しくコツを聞いたり、或いは大まかなイメージを伝えてもらうことが出来る分、魔法習得の難易度がぐっと下がるというわけだ。
そんな魔法の習得ではあるが、そのどちらともに言える事がある。
それはどちらの方法で魔法を習得したとしても、それぞれに合わせた『個性』が出るということ。
分類上は同じ魔法でも、行使する者によって小さな差異があるのだ。それは魔力の操作方法や、練度、精度等によって様々な形で現れる。もっと言えば、意図して違いを作る場合もあれば、無意識のうちに変わってしまう場合もあるのだ。
威力、範囲、射程、速度、持続力。
どのように魔法を構成するのか、どうやって魔法をイメージするのか。それぞれが持つ自分だけの感覚によって、魔法は如何様にも変化する。そんな個人個人の感覚によって、習得しやすい魔法や全く使えない魔法などが決まるのだ。それこそが『適性』と呼ばれるものである。
魔法とは、それを行使する者と同じ数だけ種類があるといっても過言ではないのだ。
以前にクリスが使用した基礎魔法、”
几帳面で何事も卒なくこなすクリスが行使すれば、10回中10回が全く同じ規模、同じ威力で発現する。それは彼女がしっかりと”
一方、飛び抜けて優れた才能、その圧倒的なセンスのみで魔法を使うのがアーデルハイトだ。弛まぬ努力の果てに頂きへと上り詰めた剣技とは異なり、才のみに任せて振り回す彼女の魔法は、実は結構大雑把だったりする。どんぶり勘定といってもいい。そんな彼女が”
つまり───
習得出来る魔法は個人の適性によって変わり、また同じ魔法でもその規模は変化するということ。
それを前提として、では
彼女は異世界の人間ではない。
魔法が当たり前に存在している世界で育ったアーデルハイトやクリスと異なり、彼女は魔力を思い通り操作することにさえ苦戦を強いられた。現代の創作物によって植え付けられた、中途半端で誤った魔法の知識が、彼女の魔法習得を大きく妨げたのだ。彼女の趣味、つまりは機械いじりをイメージすることで魔力操作は出来るようになったものの、そこまでに要した時間は一ヶ月近く。あちらの世界ならば、そこらの子どもたちですら一週間程度で習得出来るというのに。
しかし彼女には、異世界人達よりも遥かに優れた部分があった。
確かに魔力操作を習得するまでには時間を要したものの、習得してからは驚くほどにスムーズだった。幼い頃から日常的に機械を弄っていたおかげか、
魔力の操作が上手いということは、魔法の範囲と持続に優れているということだ。体内の魔力を薄く均一に、バランスを保ったまま遠くへ放つ。現代人故か、出力にこそ恵まれなかったものの、
出力に優れたアーデルハイト。繊細で緻密な魔法が得意なクリス。そして範囲と持続に優れた
物理的な戦闘の話をするなら、彼女達のバランスは最悪だったが。
圧倒的な身体能力と技量によって、遠近どちらも対応出来るアーデルハイト。素早い身のこなしと致命的な一撃に特化した、半ば暗殺者タイプのようなクリス。そして戦闘能力皆無の
ともあれ、大抵の相手であればアーデルハイトが居れば事足りるのだ。現状では何も問題はないだろう。むしろ、アーデルハイト一人でお釣りが返ってくるほどである。
斯くして、新生異世界方面軍は誕生した。
彼女達は言った。年内にダンジョンを一つ攻略してみせる、と。
彼女たちは言っていない。年内という期日中の、それがいつ頃なのかということを。
渋谷の新記録は、世界でもトップクラスの探索者チームと、国内でトップと言われる探索者チームの共同で行われた一大ニュースだ。話題性も十分、かつ成果も大きかった。騒がれるのも頷ける。
そうして世間が渋谷ダンジョンの記録突破に盛り上がる中、異世界方面軍は進軍を開始する。彼らの為した偉業を上回る、そんな衝撃を求めるのならば、生半可な成果では到底届かない。死神討伐と巨獣討伐で増え始めたチャンネル登録の流れを、ここで一気に引き寄せたかった。
故に彼女達は考えた。
今ならば攻略してしまっても、別に構わないだろう、と。
もしもこの世界のダンジョンが、あちらの世界のダンジョンと同一のものであるならば、攻略したからと言って消えて無くなるわけではない。だが渋谷や京都のように、そこをホームとして活動している有名な探索者チームが居るダンジョンでは、ポッと出の探索者達が『初めて』を奪ってしまうと角が立つ。
故に選んだのは、彼女たちにとって多少の馴染みがある伊豆だった。近頃は以前に比べ、伊豆を訪れる探索者も徐々に増えてきたが、やはりまだまだ人気ダンジョンとは言い難い。ホームにしているような有名探索者もおらず、強いて言えば見知った中年が居るくらいだ。
「告知は?」
「済んでいます」
「ミギーの件も?」
「抜かり無く」
「結構。では本番ですわね」
現に今こうして配信の準備を始めている間も、彼女達の周囲には探索者が二人居るだけだった。その父娘はアーデルハイト達の顔見知りで、今回の異世界方面軍の戦略目標も知っている。彼らには今回、
「師匠、頑張ってくださいね!!地上で応援してますから!!」
「ええ。わたくしの活躍を、しかと見ておきなさいな」
ぐっと拳を握りしめた
「あー……なんか急に娘から連絡があったと思ったら、いつの間にかエラいことに巻き込まれてんだが?」
「おそらく大丈夫だとは思いますが……お二人には
「その、なんだ。魔力?魔法?っつーのは一応さっきも聞いたけどよ……正直、未だに信じられねぇんだが。突拍子もないっつーか……」
「配信を見ていれば分かりますわ。隣で実物を見ることになるでしょうし」
どこか不安そうな表情の東海林へと、確認の意味も込めて再度クリスが説明を行う。魔力に関しての話は、今回の配信内でも行うつもりであった。だが今回は助力を乞うということもあり、一応の説明は先立って済ませてある。
だが東海林には今ひとつ伝わっていない様子であった。
「ミギー、心の準備はよろしくて?」
「いや、よくねーッス。めっちゃ緊張してきたッス……」
「大丈夫ですよ。最悪
「そこは『貴女なら出来ますよ』とかいうところじゃないんスかね?」
口では緊張しているなどと言う
「その様子なら問題なさそうですわね」
「……まぁ、ここまで来たら仕方ないッス。やれるだけやってみるッスよ」
「その意気です。ではお二方、後は頼みます」
そう言いながら、クリスがメイド服に仕込んでいる装備の点検を終える。今回も彼女は基本的にカメラマンとして随行することになるが、場合によっては戦闘も十分に考えられる。故に、普段よりも多目に武器を携行しているのだ。
ともあれ、こうして全ての準備は整った。
「それじゃあ───サクッと終わらせて蟹パーティーと洒落込みますわよ!!」
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