第268話 遊んどるやないかーい!

 アーデルハイトと獅子堂姉弟が公園で遊んでいる、ちょうどその頃。

 会場内の『水際族』のスペースは、それはそれは大変な繁忙に見舞われていた。元より、莉々愛りりあは人手が足りないからと呼んだ助っ人である。だというのに、莉々愛りりあどころかアーデルハイトまで来ないのだから当然だ。


「ぬぉぉ! 忙しすぎるッス!」


 毒島さん着ぐるみに身を包んだみぎわは、あまりの忙しさに目を回していた。搬入されている頒布物のチェックに始まり、両隣のサークルへの挨拶。POPを含むスペースの設営に、着ぐるみへの着替え。会場入りしてからこちら、ずっと忙しなく動き回っていた彼女。そうしていざ開場してみれば、その忙しさは増すばかりであった。クリスが列の整理に回っているのも原因のひとつだが、もっと分かりやすい諸悪の根源が隣にいた。


「んぉ、寝てた」


 特に何をするでもなく、椅子の上でうつらうつらと船を漕いでいるオルガン。彼女が座るテーブル上には『写真は三枚まで』と書かれた札が立てられていた。その隣には『お触り厳禁』とも。


「マジでエルフが役に立たねぇんスけど!」


「む……よせやい」


「褒めてねぇんスよ!」


 当初の予定では、既にアーデルハイトと莉々愛りりあが合流を果たしている筈だった。如何に壁配置といえども、四人も入れば十分に回せると予想していた。故に使い道のないオルガンは、客引きパンダとして設置しておくつもりだったのだ。しかし現実はどうだ。四人どころか三人、オルガンを除けばたったの二人体制である。


 今にして思えば、四人で回せるという見込みすら甘かったと言わざるを得ない。『水際族』のスペースはそれほどの盛況ぶりであった。これはみぎわの悪い癖でもある。彼女は基本的に自己評価が低いため、『いくらなんでも、それほどは来ないだろう』といった考えで予測を立てがちなのだ。そんな状況の中、まさかの実働二人体制だ。今でこそギリギリ凌いではいるが、崩壊の時はそう遠くないだろう。


 そんな折、みぎわのもとに救いの手が差し伸べられる。

 整理のため列の後方に居たクリスが、漸く売り場へと戻ってきたのだ。


「只今戻りました」


 そう言ってみぎわの隣へ立ち、流れるように客を捌き始めるクリス。本日の彼女はいつものメイド服ではなく、肉を模したモコモコの着ぐるみ姿であった。みぎわの着ている毒島さん着ぐるみとは、丁度対になっている。流石は公爵家お抱えメイドというべきか、その表情に疲れは見えず、いつもどおりの澄顔であった。


「っしゃあー! これでどうにかなるッスよ! クリスが女神に見えるッスよ!」


「む……よせやい」


「エルフがうるせぇー! アンタに言ってねぇんスよぉ!」


 そんな、客を前にして行われる言い争い。

 みぎわにとってはそれどころではないが、しかし客兼リスナーからすればファンサービスのようなものだ。普段配信で目にしているやりとりが、リスナー達の気分を否応なく盛り上げてしまう。それを示すかのように、限界オタクと化した女性ファンがオルガンへと声をかけていた。


「あのあの! オルたその耳、触ったら駄目ですか!?」


「む……私は許そう。だがこの『護身用魔導人形ちゃんアストラペーちゃん』が許すかな」


 そう言いつつ、オルガンが脇に設置していた木魚をポコリと叩く。すると木魚の割れ目部分が怪しく光り、謎の赤い輝きを放ち始めた。ついでに不穏な駆動音もセットだ。これにはファンも怯み上がり、本人も気づかぬうちに一歩後退してしまっていた。


「ひぇ……」


「いやぁー申し訳ないッス! 気持ちは分からないでもないんスけど、お触りは禁止させてもらってるんスよー」


「あ、いえ、私もちょっと興奮しちゃって……変なこと言ってごめんなさい」


 我に返った女性ファンは失礼を詫び、一礼してその場を去っていった。去り際にしっかりと写真を三枚撮っていったあたり、なかなかに根性の座った団員である。みぎわにもファンの気持ちは理解できる。エルフの耳とは、意味もなく触ってみたくなるものだ。空想上の存在だと思っていたエルフだけに、ある意味仕方のない感情とも言える。


 しかしそんなものをいちいち許可していては、いつまで経っても列を捌く事など出来はしない。どこぞの銅像よろしく、オルガンの一部が変色しても困るのだから。


 終わりの見えない長蛇の列、夏に引き続き自分の考えが甘かったことを再認識させられるみぎわ。白目を剥きながらも、そうして列を捌き続けること暫し。頒布物の手渡しとお金の受け渡しにも徐々に慣れ始めた頃、忙しさですっかり忘れかけていたとある事を、みぎわはふと思い出した。


「っていうか、お嬢達はまだなんスかね? 遅くなるって連絡はあったッスけど、流石にちょっと遅すぎるというか」


 開場してからこちら、既に一時間が経とうとしている。あの二人がすんなりと合流してくれるとは思っていなかったみぎわだったが、しかしそれにしても時間がかかりすぎな気がしていた。そんな彼女の疑問に答えたのは当然、アーデルハイトの世話係であるクリスであった。彼女がアーデルハイトの動向を把握していない筈もない。


「先ほどSNSを確認したところ、まだ暫くは来られない様子でした」


「うぇー、そッスか……ん? 何でSNSなんスか? 電話とかじゃなくて?」


「ええ。先程列に並んでいる方に教えて頂きました。少々お待ちを」


 クリスはそう言うと、着ぐるみの内部から自らのスマホを取り出した。そうして何かしらの操作をしたあと、とある画面を開いてみぎわの方へと差し出す。クリスが開いた画面、それはSixのトレンド欄であった。そこにはコスプレイヤーと思しき二人の女性と、妙に統率のとれたカメコの集団。そして彼らに囲まれるようにして、ドヤ顔のアーデルハイトと莉々愛りりあ、困り顔の莉瑠りるが写っていた。アーデルハイトに至ってはジャージ姿ではなく、調子乗ってアンキレーまで装備している始末であった。


「いやいや! 遊んどるやないかーい!」


「ふふ、楽しそうで何よりですね」


「出たよ! 全然何よりじゃねーッスよ! このアデコンが!」


 主従に呆れ、みぎわが天を仰ぐ。どうやらまだ暫くの間、援軍は来そうになかった。なお、隣のエルフはすっかり夢の中である。イベント開始から早々、何一つ上手くいっていない異世界方面軍であった。

 

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