高貴修行編
第188話 栄養が乳と尻に
夏も終わり、いよいよ秋に入ろうかという頃。コミックバケーションが開催された頃に比べれば、随分と過ごしやすくなっていた。とはいえ、年々短くなってゆく春秋だ。日本の残暑は、まだまだ異世界出身者達を苦しめていた。
今ひとつ出かける気分にはならない、そんな昼下がり。エアコンをガンガンに効かせたリビングで、アーデルハイトとオルガンの二人は、テーブルを挟んで向かい合っていた。二人の手元にはそれぞれボードがあり、いくつもの『駒』が配置されている。
「Bの5に落雷魔法ですわ!」
「ふぁんぶる」
互いの手元が見えない様、間に立てられた仕切り。その裏側で、自分達のボードに何やら白いマーカーを刺してゆく二人。
「……Cの7に
「もうそんな大技を使いますの!?」
「結果は?」
「もちろんファンブルですわ!」
眠そうな半開きの目を僅かに見開き、何やらメモを取るオルガン。どうやらそれなりに自信があったらしく、アーデルハイトから告げられた結果にむっつりと口を引き結ぶ。
「んぅ……では、Bの7にわたくしを召喚しますわ」
「むぅ……会敵。なかなかやる」
「やりましたわー! ほらほら、早く兵種を言いなさいな!」
「ゴーレム」
「くッ、流石に一撃必殺とはいきませんわね……まぁいいですわ! とりあえず一体排除ですわー!」
相手の戦力を削ることに成功したアーデルハイトが、えらく上機嫌な様子で自らのボードにマーカーを立てる。先ほどとは異なり、今度は赤色のマーカーであった。
「ふふふ! 貴女の様なもやしっ子が戦術面でわたくしに勝とうなど、片腹痛くってよ!! さぁ、王の首は近いですわよー!!」
「……Eの5にシーリアを召喚」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
突如叫び声を上げながら、椅子ごと後方に倒れてゆくアーデルハイト。そうして大きな音を立てながら、アーデルハイトはそのまま床の上へと投げ出された。彼女が操作していたボードの上、オルガンが指定したマスには、何やら王冠をかぶった偉そうなオッサンの駒が配置されていた。
海戦ゲーム、或いはレーダー作戦ゲーム等と呼ばれるボードゲームがある。今しがた二人が遊んでいたのは、それを異世界風にアレンジしたものだった。異世界方面軍のグッズ開発担当としてオルガンが作成し、アーデルハイトを相手にテストプレイをしていた、というわけだ。
「どうしてですの!? まぐれ当たりにも程がありますわよ!?」
「勝てばよかろ」
「こんなもやしっ子に、騎士団長たるこのわたくしが……っ」
こと戦術面に於いて、アーデルハイトはオルガンに負けるなどとは露ほども思っていなかった。しかし蓋を開けてみれば、アーデルハイトが床を舐める羽目になっていた。確かに、オルガンのまぐれ当たりには間違いない。だがしかし、負けは負けである。
「アーデはどうやら、栄養が乳と尻に行き過ぎているらしい」
「きぃぃぃー!! ただのまぐれで偉そうに……ッ! もう一度、もう一度ですわ!! その腹立たしい顔をくしゃくしゃにして差し上げますわ!!」
「ことわる」
「きぃぃぃー!!」
アーデルハイトの再戦申し込みを、素気なくあしらうオルガン。床の上をゴロゴロと転がり、およそ公爵家の令嬢とは思えぬ様子を見せるアーデルハイト。そんな対照的な二人の様子は、単発動画用としてしっかりとカメラに収められていた。この怪しいゲームを実際に販売するかどうかはまだ未定だが、折角テストプレイを行うのであればと、念の為に
「うーん……配信者のグッズとしては、ちょっと凝りすぎな気もするッス」
「アクリルグッズ、雑コラTシャツと来て、いきなり謎のボードゲームですからね……お嬢様の大変可愛らしい姿は、ある意味で人気が出そうですが」
やいのやいのと騒ぐアーデルハイト達を尻目に、クリスと
そうして四人が撮影の片付けを始めた頃、家の中にインターホンの音が鳴り響いた。クリスが玄関まで様子を見に行けば、そこにはすっかりお馴染みとなった
「こんにちわー。師匠、遊びに来ました!」
「あら、
「あ! 何ですかそれ! もしかして遊んでたところですか?」
「貴女、もう怪我は良くって?」
「はい、この通りです! ご心配をおかけしました!」
そう言うと、何やら元気よくポーズをとって見せる
「それは重畳ですわ」
「はい!」
「これで心置きなく
「はい!────えっ?」
すっかり遊ぶ気満々であった
「貴女、鍛え直しですわ」
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