第221話 お嬢とミギーの暇つぶし(中編

 平日の真昼間に発表された、熱心な騎士団員からすれば血涙モノのお試し企画。人気急上昇の異世界方面軍とて、時間も時間なだけに同接数は1万───平日の昼でこれなら十分に上澄みなのだが───にも届かない。この日が偶然にも休みだった者達にとって、これは望外の幸運という他ないだろう。余談だが、一部では早退する者も居たとか居ないとか。


 それはさておき、肝心なのはその内容だ。視聴者参加型のゲームと一口に言っても、その種類は多岐に渡る。CSコンシューマーは勿論の事、昨今は所謂ネトゲも一般的だろう。そんな中からアーデルハイト達は一体何を選ぶのか。大盛りあがりの視聴者達は、コメント欄で思い思いの予想合戦を繰り広げていた。


:とりあえずMbitch引っ張り出してきた!

:FPSだろ常識的に考えて

:団長と格ゲー全裸待機

:クイズ大会に敢えての逆張り全BET

:格ゲーとFPSはやめとけw

:単発動画見てないんか? ボコボコにされんぞw

:人間性能バグってるから対戦ゲーは勝てねぇぞw

:ていうかアーさんゲームとかするんだな


「クリスと対戦して以降は、わたくしもそれなりにプレイしておりましてよ。 最近のお気に入りは『にゅうが如く』ですわ! まぁ、これは一人用なので今回は駄目なんですけれど」


 そう言ってアーデルハイトがゲームを取り出して見せる。なお、彼女が紹介しているのはシリーズ物の一作目であり、もっといえばみぎわの私物である。元ゲーム配信者でもあったみぎわは、結構な数のゲームを所持している。それをそのまま現在の部屋へと持ってきた形だ。といっても数年前の話であり、それなりに旧作な所為もあってかDL版ではなくパッケ版だった。


:やっぱりヤ◯ザゲーじゃねーか!!

:巨乳美少女が裏世界の抗争に参加して敵をボコるやつな

:最近あんまりそっち方面の話しねーなーとか思ってたらコレだよ

:こっちの世界来てからB級のサメ映画とヤ◯ザ物ばっかなんだよなぁ……

:サメがなんか癖になるのは分かるけどw

:嗜好が偏りすぎ令嬢

:バイオレンスゲーマー剣聖


 アーデルハイトの相変わらずな趣味に、視聴者達はツッコまずにはいられない。脱線も脱線、たった数秒であちらこちらへと話題が飛んでゆく。らしいといえばらしいが、しかし今はこんなところで時間を使っている場合ではない。アーデルハイトと視聴者のやりとりを暫く眺めた後、話題を戻すようにみぎわが話を切り出した。


「で、結局何のゲームをやるかなんスけど」


「はっ、そうでしたわ」


「リスナーの皆も御存知の通り、ウチのお嬢と対戦ゲームは撮れ高にならねーッス」


「なっ……どうしてですの!? 撮れ高製造機の異名を取るこのわたくしを捕まえて、なんてことを言いますの!」


「人間性能バグってっからだよ!」


 そう、これまでにも異世界方面軍は配信、単発問わずにゲーム動画を何度か投稿している。実際に体を動かす訳では無いので、流石のアーデルハイトもそうそう上手くは出来ないだろうとみぎわ達は考えていたのだ。しかしその度に、アーデルハイトはシステムを無視した動きでゲームを破壊してきた。


 FPSをやらせれば馬鹿げた反射神経で弾を避け、格ゲーをやらせてみれば、発生フレームが一桁の技すら見てから反応する始末である。各ゲームの最上位層にも勝てるかと言えば、流石にそれは分からない。だが少なくとも、そこらの中級者程度であればあっさりと勝ってしまうのだ。それはそれで、ある意味撮れ高ではあるのだが───。


「異世界人がゲーム強いのは解釈違いッス。ぶっちゃけボコボコに負けて、ぷぅぷぅ膨らんでる方がウケるんスよね。というわけで今回は対戦ゲームはお預けッス!」


「ぷぅ」


:かわいい

:ぷっくりアデ公すこ

:クソ、不覚にもこんなのでドキっとした……

:たれ団長たすかる

:忘れてたけどビジュアル最強なんだよな

:一瞬たりとも忘れられない定期

:いいから発表すんだよ!


 お預けを食らって膨らむアーデルハイトの姿は、視聴者達にしっかりと大ウケしていた。とはいえ、いくら膨らんでも駄目と言ったら駄目なのだ。仮に人間性能無双を配信するとしても、それは別枠を取って行うべきである。


「というわけで今回やるのはこちら! 『おえかき大森林』ッス!」


「いえーいですわー!」


 みぎわの宣言と共に、配信画面にはあるページが表示される。そこにはデフォルメされたなんともファンシーな動物達と『お絵かきチャットゲーム』の文字。それは配信界隈では手垢が付くほど擦られ倒した、複数人参加型のゲームであった。


 お絵かきチャットゲームとは、要するにクイズゲームの事だ。誰か一人がお題に沿って絵を描き、残りの参加者達が一体何の絵なのかを回答する。その手軽さ故か、遥か昔より配信者達から人気を博している。若干の流行り廃りはあるものの、その根強い人気は今でも健在である。そして長年のアップデートを経て、今では最大30人もの人数が参加出来る『大森林』と化しているのだ。


:まさかの角度で草

:意外、それはお絵描きッ!

:逆に新鮮でええやん!

:麻雀みたいな運ゲーかと思ってた

:この間のボドゲみるに、運ゲーは悲惨なことになる

:解釈一致やん?

:いや、ある意味もっと悲惨なことになるぞコレ

:画伯爆誕の瞬間である


「なんだか始まる前から馬鹿にされている気がしますわ……?」


 リスナー達の反応は概ね良かったが、しかしどうにも腑に落ちないといった表情を見せるアーデルハイト。そんな彼女を無視して、みぎわが話を先に進める。ここで触れるとまた話が脱線しかねないからだ。


「これなら20人くらい同時に参加出来るし、丁度いいかなと。麻雀も考えたんスけど、ルールと役を教えるのがめんどいからやめたッス。そもそも今の若いリスナーは麻雀知らない可能性高いッスからね」


:あーね?

:確かに麻雀だと分からんヤツ多いかもなぁ

:リスナーの層に配慮している。+100点

:アカン、アデ公のクソ画力想像してもうニヤニヤしてる

:ミギーも参加な。キミ絶対絵上手いでしょ

:上手いどころか何冊も薄い本出してるからね?

:ペンタブどころか液タブ持ってた筈

:団長と遊べるなら何でもいいんだよォ!!

:早くやろうぜ!


「とりあえずクリス達が戻ってくるまでは続けるつもりなんで、結構な人数が参加出来る筈ッスよ。あ、当たり前ッスけど参加は一人一回づつでお願いするッスよー」


 そうしていよいよ幕を開けた、異世界方面軍主催のお絵かき大会。みぎわは勿論知っているが、しかしリスナー達は知らなかった。貴族教育の一環として、アーデルハイトが芸術も修めているということを。みぎわでさえ舌を巻くほどの画力を持っていることを。


 謂わばこれは『ギャップを狙うなら、落差は大きい程良い』というみぎわのフェイクだ。ボコボコに負けたほうがウケる、というのはあくまでもゲームの話。絵でウケを狙うならば、死ぬほど上手いか、死ぬほど下手か。或いは常人には理解できない程の画伯であるかのいずれかだ。そして残念ながら、アーデルハイトは死ぬほど絵が上手い。


 すっかり騙された団員達が悶絶する時は、すぐそこまで迫っていた。

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