第220話 お嬢とミギーの暇つぶし(前編

「みなさま、ごきげんよーデルハイト!!」


 普段の配信部屋で、カメラに向かってアーデルハイトが元気よく挨拶を行う。もう何度も行われた配信だというのに、未だ安定しない挨拶は御愛嬌といったところだろうか。すっかり知名度も上がってきた異世界方面軍だが、その急過ぎる成長ぶりもあってか、やはり有名どころと比べるとまだまだ脇が甘い。とはいえ、そんな部分が他の配信者と違ってウケていたりもするのだが。


 :ごきデルハイト!

 :告知なしのゲリラ配信いいぞー!

 :平日昼間配信やめぇ!

 :そう言いながら見に来てんだよなぁ

 :いい加減挨拶決めーやw

 :グッズ届いたで!

 :追加生産はよはよ!


 そう、今は平日の真昼間である。配信界隈が最も活発になるのは、やはり夕方から夜にかけてだ。どうしても長時間配信となってしまうダンジョン配信に限って言えば、休日の朝からなどが多いだろうか。いずれにせよ、平日の昼間に配信を視聴出来る人は少ない。故に配信者は、そういった時間を普通は避けるものなのだ。そんなセオリーを無視してまで、一体何故アーデルハイトが配信を行っているのか。それは偏に『ただ暇だったから』である。


「今日はクリスも居りませんし、暇でしたの。そこで同じく留守番のミギーと相談して、この暇つぶし配信を行うことになりましたの」


 :あら、クリスおりゃんのか……

 :マズいな、保護者が不在だぞ

 :クリ公どこいったんや?

 :ミギーがおるやろがい!!

 :レインボー木魚女が果たしてお嬢の保護者たりうるだろうか?

 :いや、ない(反語


「クリスとオルガンは所用で出かけておりますわ。あと、ミギーが『誰がレインボー木魚女ッスか』と怒っておりますわよ」


 :草

 :レインボー木魚女としての自覚持て?

 :ふん、文句があるならカメラの前に出るんだな

 :然り然り、顔を出さずしてそのような反論、片腹痛いわ

 :ほっ、悔しければ直接物申せばよかろう?

 :だから誰なんだよてめぇらはよw

 :あの二人がセットでお出かけか……匂うな

 :っていうかマジで今回は企画とか何もなさそうだなw


 下らないやり取りはいつものこと。しかしいつにもまして無軌道なトークからは、台本も企画も存在しない、本当にただの暇つぶしであることが窺えた。そんなダラダラとしたスタートであるにも関わらず、アーデルハイトらしいオープニングトークでつかみはバッチリであった。


 そんな無計画な配信だからだろうか。視聴者達にとっては非常に嬉しい誤算があった。好き放題にみぎわを煽るコメントを受け、珍しく彼女がカメラの前に顔を見せたのだ。いつもであれば『自分は裏方』だと言って、頑なに演者に回ろうとはしないのに、だ。


「そこまで言うなら出てやろうじゃねーッスか!」


 みぎわが過去に出演したのは伊豆ダンジョン攻略の際の一度のみ。コミバケの際にも顔は出していたが、参加できた者は一部に限られる。そんなレアキャラでありながらも、しかしみぎわのファンは一定数存在する。思いもよらぬサプライズに、当然ながら視聴者達は湧きに湧いた。


 :うぉぉぉミギーやんけ!

 :っしゃあああああミギー派のワイ大勝利!

 :言ってみるもんだなオイ!

 :煽り耐性低くて草

 :これ、今仕事中のやつ泣いちゃうぞ

 :めっちゃ普段着のミギーで最高です!


「なにおう!? 誰がレインボー木魚女ッスか! 言っとくけど、ウチの木魚売れ行き良かったんスからね!」


 :お、おう……

 :やっぱレインボー木魚女じゃねーかw

 :何の反論にもなってなくて草

 :レスバ弱者ミギー

 :あ、俺も買いました

 :買ったはいいけど使い道なくて枕元に置いてます


 みぎわの反論など、視聴者達には暖簾に腕押し、柳に風。反論の内容自体がイマイチだったせいもあるが、そもそも彼らは本気で煽っているわけではない。謂わば台本通りであり、殆どテンプレ通りのやりとりである。そうしてみぎわはそのままカメラの前に居座り、今回はアーデルハイトと二人体勢での配信となった。否、先程から背後でちらちらと見切れている二匹を含めれば、ある意味四人体勢と言えるのかも知れない。


「あ、ちなみにクリスとオルガンはアレですわ。先日の亀をLuminousに持っていっておりましてよ」


「まだ見てない人は、茨の城チャンネルの方でアーカイブを見て欲しいッス」


 クリスとオルガンが不在の理由。それは橘クロエから依頼されていた霊亀の素材を、直接引き渡す為であった。本来であればクリス一人でも問題ない要件ではあるが、しかし今回はそうもいかない。先の試作品を受け、改良の為の手ほどきをオルガンが行うつもりであったからだ。


 クロエのところでの要件が終わった後は、その足で莉々愛りりあの元へも向かう予定である。これも同様に、回復薬作成のアドバイスやレーヴァテインの改良案を与えるためだ。同じく研究者である所為か、どうやらオルガンは莉々愛りりあを思いの外気に入っているらしい。故に、魔法を使わずとも出来る範囲での助言を施すつもりなのだとか。


 とはいえ無論タダではない。代わりに現代の技術を学んでくると、普段から無気力気味なオルガンにしては珍しく、ふんすと鼻息を荒くして出ていったものである。クリスはその護衛と監視役だ。つまり結局は保護者である。


「というわけでして、残ったわたくし達が暇になったというわけですわ」


「まぁ、やることが全く無いわけじゃないんスけどね」


「急ぎではないのなら、それは無いのと同じでしてよ」


 なんとも無計画な言葉を渾身のドヤ顔で言い放つアーデルハイト。実は騎士団長時代からそうだった。決して要領が悪いタイプではく、むしろ仕事の手は早い方だったアーデルハイト。だがどちらかといえば体を動かしている方が好きだった彼女は、書類仕事などの面倒事はギリギリまで溜めるタイプだった。最終的にすっぽかしたりはしないが、傍から見ればなんともハラハラとさせられるスタイルだ。例えば夏休みの宿題であったなら、最終日にまとめて処理するタイプである。


 :尻に火が付いてから動き出すタイプだったか……

 :全然それでいいから毎秒配信して

 :そのお陰でミギー回に立ち会えたと考えれば十分アドです

 :それでいいのか騎士団長……

 :いいんだよ!!

 :そんなことより今日はこれから何すんの?

 :このまま雑談回か?


 ともあれ、そんなアーデルハイトのタチは大した問題ではない。視聴者達からすれば、これから何が始まるのかのほうが重要であった。もちろん、暇つぶしらしくこのままダラダラと雑談をしていてもいいだろう。しかしアーデルハイトとみぎわには一応の案があった。それはいつもと比べて視聴者の少ない今だからこそ出来る、ある種の試みのようなものである。


「このまま雑談でも良かったのですけれど、実はあるゲームをしたいと思っておりますわ。まぁ突発的な試みですので、上手くいくかは分かりませんけれど───というわけで折角ミギーも居ることですし、異世界方面軍初の視聴者参加型ゲーム大会と洒落込みますわよ!」

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