第218話 ボコられてはいない

 Dekee’sデケェッスの裏手、だだっ広い空き地に作られた修練場。たった二人しか利用者の居ないそこで、レベッカは大剣を放り出し大の字で寝転んでいた。防音壁で囲っただけの雑なスペースだが、そのために土地まで購入しているのだから馬鹿げた話である。


「あー、クソッ! 一本も取れねェ! 一旦休憩!」


「ふん」


 息を切らし、全身から大量の汗を流しているレベッカ。額に張り付く前髪が鬱陶しいのか、傍に置いていた水を自らの顔面へとぶっかける。そんな気息奄々きそくえんえんとした彼女とは対照的に、ウーヴェは汗の一つもかいていなかった。


「なァよォ、姫さんもそうだが、どうやったらそこまで強くなれンだよ?」


 自分が最強だなどと思っていた訳では無い。吹聴したこともない。ただ強くなって、強い相手と戦うことが好きだっただけだ。現代社会に於いては時代錯誤も甚だしい考えだが、しかしレベッカとはそういう人間だった。


 幼い頃からそうだった。女だからと見下して来たヤンキー崩れは残らずブチのめして来た。探索者になりたての頃、『新人のくせに態度が悪い』などと絡んできたベテラン探索者もボコボコにした。そうして実力を示せば示すほど、探索者としての実力も上がっていった。何か武道を修めている訳では無い。だというのに、彼女は誰よりも強かった。結局のところ、彼女には戦いの才能があったのだろう。


 驕っているつもりはなかったが、さりとて自分を卑下するつもりもなかった。世界は広い。自分よりも強い相手はどこかに必ず居るだろう。そう思っていた。思っていたのだが───。


 漸く現れたその相手は、いくらなんでも強過ぎた。直接の手合わせはのらりくらりと躱されてしまったが、戦ったところでどのみち手も足も出なかっただろう。そうして代わりにと戦った相手だが、これもまた強過ぎた。大剣が一対一に向いていないとか、そういうレベルの話じゃあない。文字通り何もさせてもらえなかったのだ。


 世界は広いと思っていたが、流石に異世界までは想定していなかった。足元にも及ばないどころか、もはやどれほどの高みに居るのかも分からない。それほどレベッカと異世界人の実力には開きがあった。


 彼女が普通の腕自慢であったなら、折れるなり絶望するなりしたかもしれない。だがそこは流石というべきか、彼女は目の前に目標が出来たことを喜んだ。教えを請うのは初めての経験だったが、強くなるためならば何だって厭わない。それだけの覚悟と餓えが、レベッカをこの国へと留めていた。


 だからこそ彼女は問う。もはや同じ人間であるかも疑わしい程、遥かな高みに立つ二人の異世界人。どうすればそれほどの境地に到れるのか、と。恐らくあのメイドにも勝てないだろうが、それはひとまず置いておく。レベッカの勘に過ぎないが、アレは恐らく純粋な戦闘屋ではないだろうから。


「さぁな。何か特別なことをしてきたわけじゃない」


「それだよ。具体的に何してたかって聞いてンのよ」


「……強そうなヤツを見たら、とにかく片っ端から戦った」


 ウーヴェから返ってきた答えは最高に馬鹿みたいな話であったが、レベッカは一応真面目に聞いてみることにした。上体を起こし、胡座をかいてその場に座り込む。ラフな格好と濡れた髪が相まって、なんとも野性味のある健康的な魅力に溢れていた。惜しむらくは、ここに居るのが脳筋ゴリラの朴念仁のみだったという事だろうか。


「それが姫さんってコトか」


「高額の賞金首や災害級の魔物ともだ。ある程度以上の強さを持つ相手なら何でも、だ。剣聖もそのうちの一人に過ぎん」


「へェ……で、しこたまボコられたってワケか」


「……ボコられてはいない」


 アーデルハイトに負けたことを指摘された所為か、普段から無愛想なウーヴェはいつにも増してムスっとしている気がする。何やらそれらしいことを言ってはいるが、そもそも彼は自分からアーデルハイトに挑んだわけではなく、迷い込んだ先でだけなのだが。


「つってもよォ、そっちの世界にはレベルアップがねェんだろ? それでどうやって強くなれンだよ。技やら装備なんかは分かるがよ、それじゃ身体能力は変わんねェだろ?」


「いや、魔物や人間を倒せば身体能力は向上する。どういう理屈かは知らんが……恐らくはダンジョンと同じで、倒れた相手の魔力を取り込んでいるのだろう」


「あ? ダンジョンが魔力を吸ってンのか? つーか姫さんもたまに言ってっけど、魔力って結局なんなンだよ?」


「知らん」


 研究者であるオルガン等と異なり、ウーヴェは足の先から頭の天辺まで純粋な戦闘型だ。彼も魔法は使えるが、術理を理解してのことではない。そしてそれは戦技についても同じこと。出来そうだから出来る。なんとなくそれっぽいからそうする。謂わば本能型の完成形とも言える男だ。ある意味、だからこそ同じタイプのレベッカと相性が良いのかも知れないが。もし『ちゃんと理屈で教えろ』などと言われれば、彼はそそくさと退散していたことだろう。


「結局なんも分かんねェじゃねぇか」


「それでも強くはなれる」


「……説得力しかねェな」


 ウーヴェ自らそれを体現しているのだから、その一言には妙な重みがあった。もう一方の逸脱者たるアーデルハイトも根本は天才型だが、それと同じ程度には努力型でもある。もしもこの会話をアーデルハイトが聞いていたら、呆れて何も言えなかったことだろう。


「ところでよォ。すっげェ今更なんだがよォ」


「なんだ」


 そうしてウーヴェが、そろそろバイトへ戻ろうかと思った矢先。ふとレベッカが思い出したように問いを重ねる。常から歯に衣着せぬ彼女だが、どこか勿体をつけるような口ぶりであった。


「姫さんと戦った当時より、旦那も強くなってんだろ?」


「無論だ。あれから今まで、研鑽を怠ったことは一瞬たりともない。まぁ、それは剣聖も同じだろうがな」


「じゃあよォ」


 そこまで言うとレベッカは一度言葉を切る。この先を言おうか言うまいか、僅かな時間の迷い。だが結局彼女は、自らの好奇心に耐えきれず言葉を続けた。


「今はどっちが強いんだ?」

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