第217話 コラだろ?

 眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔で金髪碧眼の男がグラスを傾ける。それは憎悪や嫉妬からくるものではなく、偏に己の不甲斐なさから出た感情であった。


「また失敗だったな」


 男の名はエドワード・L・アフェル。英国最高の探索者であり、探索者パーティー『黄金の力グルヴェイグ』のリーダーでもある。同じく米国最高のパーティーと言われている『魅せる者アトラクティヴ』とは、謂わばライバル関係のような間柄だ。といってもパーティーの間に確執があるわけではなく、界隈を盛り上げる為に周囲が勝手にそう呼んでいるだけだ。実際はウィリアムやレイリーと情報交換を行う程度には仲が良い。


 そんな確かな実力を誇るエドワードが、しかし今は表情に影を落としている。彼が抱える───自身が望んだ訳では無い───多くのガチ恋勢が今のエドワードを見たら、その物憂げな表情に感極まり、恐らくは卒倒していたことだろう。そう思える程度には、彼の顔立ちは整っていた。


「おいおいエドよ。ちゃんと記録は更新したじゃねぇか。停滞はしてねぇぜ。確かに制覇にはまだ遠いかもしれねぇが、そんなに落ち込む程のことかね?」 


「だがノエル」


「折角の打ち上げだってのに、そんな『冷蔵庫の中から新品のシャンプーが出てきた』みたいな顔するんじゃねーよ」


 落ち込みを見せるエドワードを怪しい喩えで宥めるのは、パーティーメンバーのノエル・キングスフォード。そもそもこの場は、『黄金の力グルヴェイグ』の最高到達階層更新を祝う打ち上げの席なのだ。パーティーのムードメーカーでもある彼は、折角の祝いの席で暗い顔をしているエドワードが気に入らないらしい。


「意味が分からんし、そんな顔もしてないだろ……」


「え? ないか? 買ってきたモンを適当に冷蔵庫にしまうと、あとになって何故か一緒に出てくるんだよな、あいつら」


「知るか」


 わけのわからないことを話し続けるノエルだが、しかし不思議と、エドワードの気分は幾分紛れていた。ノエルは一見軽薄そうにみえるが、本当は誰よりも他人の気持ちに敏感な男だ。それ故よくモテるし、女癖も悪い。だがそんな彼に、エドワードはこれまで幾度となく助けられてきた。


「どうせアレだろ? 日本でダンジョン制覇者が出たからって焦ってんだろ?」


「うぐ……」


「流石はダンジョン大国と呼ばれるだけのことはあるし、確かに制覇したのはすげぇとは思う。だが聞いた話じゃ、制覇されたのは日本でもマイナーなダンジョンだって話だぜ? 俺達が挑んでるグレンコーとは難易度がちげぇだろ」


 世界初のダンジョン制覇、その噂は当然ながらここ英国にも届いている。なにしろそれを成し遂げたのは配信者で、実際に攻略の様子も配信されていたのだから。だがここ暫くは探索業が忙しかった───或いは先を越された悔しさで、無意識の内に視聴を避けていたのかも知れないが───こともあり、ノエル達はまだその動画を確認していなかった。


 世界初の偉業を成し遂げた者達を、侮るわけでも貶めるわけでもない。だがノエルには、世界最高峰のダンジョンに挑み続けているというプライドがあった。つまり彼の言葉には『条件が違うのだから、比べても仕方がない』という意味が言外に含まれている。


 だが、そんな彼の言葉に待ったをかけた者が居た。彼らと同じ席につき、これまで黙って話を聞いていた女性探索者。『黄金の力グルヴェイグ』のメンバーでもあり、情報担当のアルマ・スターリッジだ。短めの金髪を七三に分け、大胆に額を出したスタイル。いかにも仕事出来ますといった印象を受ける、少しキツめの美人だ。


「ところがどっこい。そのダンジョン制覇をやってのけた探索者の動画、私も見たんだけど……あれは相当ヤバいかな」


「なんだよアルマ。ずりぃぞ自分だけ」


「私は情報収集と作戦指揮担当よ? 私だけでも確認しておかないと駄目でしょうが」


 貴方も勝手に確認すればいいでしょうが、とでも言いたげに、ノエルのやっかみを慣れた様子で受け流すアルマ。彼女はバッグからタブレットを取り出し、慣れた手つきで素早く画面を操作する。そうして少し悩んだ後、ある動画ページを開いて机の上に置いた。


「これは件のパーティーが行った最近の配信よ。ダンジョン制覇時の動画は尺の都合があるから」


 そういって差し出されたタブレットの画面を、エドワードとノエルがじっと見つめる。そこに映っていたのは、彼らですらも見たことのない、変異種と思われるグリフォンを一撃のもとに叩きのめす、怪しいジャージ姿の金髪美女であった。


「うぉ……」


「これは……」


 それを見たエドワードとノエルの二人は、ただただ唖然とすることしか出来なかった。何しろ、彼らが挑み続けているグレンコーダンジョンは、グリフォンが多数現れることで有名なダンジョンだ。屋外に於けるグリフォンの強さは誰よりも知っているつもりだったし、だからこそ動画に映っていた変異種の強さも一目で分かった。そしてそれを一撃で叩き潰した、この美女の桁外れの実力も。


「どう? これでもまだ、低難度のダンジョンをたまたまクリアしただけに見える? とてもじゃないけど、私にはそうは見えない」


「……コラだろ?」


「コラだよな?」


椅子に座り直し、どうにかそれだけを口にする二人。むしろ『そうであって欲しい』という願望にも似た言葉だった。しかしアルマから齎された答えは、否応なく二人に現実を突きつけた。


「本物よ」

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