第163話 駄エルフを餌に

 アーデルハイト達の救援によって窮地を脱した三人は、聞けば近畿地方のダンジョンを主な活動場所に設定しているとのことだった。高校卒業後に幼馴染が三人集まって結成されたパーティであり、名を『惑いの精レーシィ』と言うらしい。

 ちなみにパーティ名は、近畿のトップ探索者と言っても過言ではない『魔女と水精ルサールカ』にあやかって付けたのだそうだ。


 前線で盾役タンクを担うのは大柄で理知的な門倉志門かどくらしもん。戦闘に於いて最も重要なポジションであるため、パーティが得た資金は優先して彼の盾や防具に回されているらしい。本人は性格的に遠慮しているようだが、残る二人がそう決めたとのこと。


 紅一点の天河燕てんかわつばめは後方から弓での援護を行う。小学生の頃から弓道をしていたらしく、なんでも中学の頃には全国大会でも優勝した経験があるらしい。そのおかげか、射撃の腕はかなりのものである。


 そして二人の間で遊撃を担うのがかなえ一夏いちか。家が古くから道場を経営しているらしく、槍や薙刀などの長物の扱いに長けているのだそうだ。また、残る二人を探索者の道へと誘ったのが彼だったこともあり、『惑いの精レーシィ』のリーダーは意外にも彼が努めている。


 探索者パーティとしては、非常にバランスの良い構成だと言えるだろう。ただ仲の良い幼馴染を集めただけで、よくもまぁこれほどバランス良く整ったものである。欲を言えばもう一人メンバーが欲しいところではあるが、それは追々といったところか。なまじ幼馴染だけで固まってしまった所為で、残る一人を探すのに難儀しているとのことだった。改めて行われた自己紹介をまとめれば、概ねこんなところだった。


「え……貴方がリーダーですの?」


「うす。一応、俺が二人を誘ったんで!」


 アーデルハイトの問いに、イチカが後輩感を前面に押し出しながら元気よく答える。実際には異世界方面軍よりも、『惑いの精レーシィ』の方が結成歴が長かったりするのだが。そんな『惑いの精レーシィ』の三人は、ダンジョン配信界に彗星の如く現れた異世界方面軍の面々に対して、憧れのようなものを抱いていたらしい。一方、質問を投げかけたアーデルハイトは既に空───ダンジョン内で空というのもおかしな話だが───を見上げていた。


「ふぅん……」


「ほーん……」


『興味なさそうで草』

『興味ないなら聞くな(特大ブーメラン』

『自分で聞いたくせに……』

『オルガンたそがアデ公のファ◯ネルみたいで可愛い』

『よく分からんけど乗っかっとけ感ある』

『この二人はほんま……』

『アデ公は初期の頃からそういうとこあるから』


 そんな彼女達は今、既に神戸ダンジョンの十階層を歩いていた。そこは一般的な洞窟型のダンジョンとは違い、階層主の部屋といったものは一切見られない。先程までと同じ様に、ただただ広い草原が続いているだけであった。そんな代わり映えのしない景色に、歩くペースが死ぬほど遅いオルガンを小脇に抱えたアーデルハイトが、つまらなそうに口を尖らせる。


「撮れ高が足りませんわ……」


 この階層に足を踏み入れてからこちら、階層主は疎かグラスウルフの一体とすらも遭遇していなかったのだ。撮れ高に飢えたアーデルハイトが不満そうにしているのは、無理もない事なのかもしれない。


「普通は魔物と遭遇しないことを喜ぶものなんですけどねー」


「ここの階層主は数あるダンジョンでも珍しい、『移動型』ですから」


 そんなアーデルハイトへと、ツバメとシモンの二人がフォローするかのように情報を補足する。彼らも普段は大阪の梅田ダンジョンで探索活動をすることが多く、神戸ダンジョンについてはそれほど詳しいわけではない。だが全ての事前準備をクリスとみぎわに任せ、『知らない方が楽しいから』などという理由で何の情報も頭に入れていないアーデルハイトよりはずっとマシだろう。


「そういえば、ここの階層主は一体どんな魔物なんですの?」


「ふっふっふ!私がお答え致しましょう!!」


 アーデルハイトが何気なく放った問いを、ツバメが前のめりでキャッチする。彼女もまた異世界方面軍に憧れるファンの一人だ。こんな他愛の無い会話だとしても、アーデルハイトと会話出来ることが嬉しくて仕方ないらしい。


「ここの階層主はなんと、翼竜ワイバーンです!!」


「……はいシケですわー」


「どうで───えぇ!?翼竜ですよ翼竜!?この神戸が不人気な理由の一つ、飛行型の魔物ですよ!?『戦い甲斐がありますわー』とかじゃないんですか!?」


 アーデルハイトが階層主の正体に興味を抱いたのも、ほんの一瞬の間であった。再び死んだ魚の様な目に戻った彼女は、やさぐれた女ヤンキーのように、木刀でがりがりと地面を削り始める。


「翼竜程度では……ねぇ?」


「ねぇ?」


 翼竜といえば、あちらの世界にも存在していた亜竜種と呼ばれる魔物のことだ。大きさも、強さも、魔力も、何もかもが純粋な竜種に及ばない。だがその姿形だけは一応竜に似ている為、亜竜種などと呼ばれている。

 無論、こちらの世界においては十分に厄介な魔物の一種である。確かに翼竜の強さは、竜種は疎か、飛行型の中でも最も有名であろうグリフォンにすら及ばない。だがそれでも、神戸ダンジョンを過疎Dへと貶めるだけの理由を持っている。


 いくら遠距離武器と謂えど、弓ではただの鳥を落とす事すら難しい。探索者の身体能力を以てしても、それは変わらない。近代兵器である銃の効果が薄い事も相まって、魔法などというものが存在しないこちらの世界では、空を飛んでいるという事がそれだけで大きなアドバンテージとなるのだ。


 ツバメが喚いているのは、つまりそういった理由からだ。先のコミックバケーションでの事件で見せた、聖剣・雨夜の煌きアストレアを振るうのであればまだ分かる。だが、今のアーデルハイトは木刀ジャージマン状態である。いくら異世界方面軍といえど、空を飛んでいる相手にはそれなりに苦戦を強いられるのではないか。ツバメはそう考えていた。


 だがアーデルハイトとオルガンは顔を見合わせ、二人してつまらなそうに溜息を吐き出す。そのままじっとりとした目線をクリスに送れば、何故かクリスは顔を逸らす始末であった。


『あっ』

『これは……』

『悲報 翼竜くん異世界では雑魚扱い』

『うそぉん』

『実際、探索者界隈ではどういう扱いなの?』

『強い。でもどっちかというと面倒って感じ』

『とにかく攻撃が出来ないんよな』

『届かないし、降下してきても速すぎて攻撃チャンスが少ない』

『あと攻撃が浅いと逃げたりする』

『総じて長期戦になりやすい』


「いえ、弱いとまでは言いませんわ。一般的な街の衛兵さん達では、恐らく苦戦するでしょう。けれど───」


「アーデと比べるのは可哀想」


 つまりはそういうことである。

 これが岩人形ゴーレムであれば、強くなくともその大きな姿だけで十分に画面映えしただろう。伊豆のカルキノスもそうであったように。だが翼竜は人間と同程度か、或いはそれよりも少し大きい程度の魔物だ。

 そして、それを狩るのは剣聖であるアーデルハイトだ。そこらの衛兵とは比べることすら憚られる実力者。それはこの配信を見ている全ての視聴者が認識している。そんな圧倒的な実力を持つ彼女に言わせれば、翼竜などゴブリンが空を飛んでいるのとそう変わりないのだ。撮れ高狂いのアーデルハイトが肩を落とすのも当然といえるだろう。


「分かってはいたことだが……なんというか、俺達とはスケールが違うな」


「協会の人達には、俺等も結構褒めて貰えてんだけどなー……」


「比べる事自体が間違ってる気がするわ……」


 スケールの違いを目の当たりにし、がっくりと肩を落とす新人探索者三人組。

 なお、ここは階層主が移動型な都合上、翼竜を無視して次の階層へ進むことも出来る。もしもこれがクリア目的の探索だったなら、一も二もなくそうしていただろう。だが今回は下見兼、調査が目的である。階層主を倒してさっさと帰ろうとしていたのに、無視をして進んだのでは意味が分からくなってしまう。


「なんだか急にやる気が無くなってきましたわー……」


「しぼむ」


 どう考えても撮れ高にはならない、そんな翼竜討伐を行わなければならないのだ。がっくりと肩を落としやる気を失ったアーデルハイトは、丘の上からオルガンを転がして遊び始めてしまった。


「ぬぉー」


「駄エルフを餌に、上位の魔物を召喚ですわー……」


 一体何をしているのかと呆れるクリス。仮にもダンジョン内だというのに、遊び始めてしまったアーデルハイト達の姿に困惑する『惑いの精レーシィ』の三人。そんな緊張感のない空間に、『それ』は突如として現れた。


 一行の頭上に影が落ちる。

 柔らかな風に揺れていた草は、吹き荒れる強風でその身を横たえる。耳に届くのは何か大きな羽ばたきと、舞い上がった小石が散らばる音。そして間の抜けたようなオルガンの声。


「ぉ?」


 鋭利な嘴、漆黒の翼。輝く純白のたてがみ。その体躯はゆうに3mを超え、射殺すような眼差しが一行へと降り注ぐ。そして、まるで猛禽を思わせる鋭い爪がオルガンの外套を引っ掴んでいた。晴れ渡るダンジョンの空を背に、この場へと現れたその魔物の正体。『惑いの精レーシィ』の三人が瞠目し、そして同時にその名を叫んだ。


「───鷲獅子グリフォン!!」


「や、やりましたわ!!作戦が成功しましたわー!!」


 先程までぶぅぶぅと文句を言っていたご令嬢は、すっかりと機嫌を戻していた。

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