第162話 一方その頃

 探索者と一口にいってもその活動目的は人それぞれ、多種多様だ。

 探索者という者達が生まれた頃は、それこそ金銭目当ての者が殆どであった。だがSNSが普及し、ダンジョン配信というコンテンツが爆発的に流行している昨今、それ以外の理由でダンジョンに潜る者も多い。


 魔物の素材を売却することで金銭を得る、という方法が主流だった昔と比べ、今は配信による広告収入や案件、視聴者からの投げ銭等でも稼ぐことが出来るようになった。危険な仕事であることには変わりないが、それでもいくらかはハードルが下がったといえるだろう。極論、戦闘能力が皆無であったとしても、人気さえあれば配信者として食っていけるのだ。


 とはいえ、人気者になるという事がって難しいのだが。


 そんなダンジョン配信というコンテンツには、殆どダンジョン探索をせずに活動する者も居る。元々別のジャンルで活動していた者がダンジョン配信にも手を出したパターンが多いが、一方で、話題作りのために浅く参入したパターンもある。


 人気コンテンツであるが故に『ダンジョン配信やってます』と言うだけでも、一定の話題作りにはなるのだ。端的に言えば後者は『出会い目的』である。無論そうした者達は、本腰を入れて探索活動を行っている探索者達からは嫌われている。

 何しろそういった者達には、探索者としての基本は疎か、マナーや素行が悪い者が多いのだ。だがそもそも本気で取り組んでいる訳では無いが故に、ガチ勢からどう思われようと知ったことではない、というスタンスだ。話の切っ掛けにさえなればそれで良い為、彼らは人気すら必要としていない。


 そんな迷惑極まりない探索者も、数は少ないながら存在するのが現状である。探索者登録の時点で協会に弾かれることも多いが、それでも全てを弾くことは出来ないのだ。いっそ何か問題を起こしてくれればさっさと処理出来るのだが、逆を言えば問題を起こすまでは対処が出来ない。協会としても頭の痛い問題だった。


 そしてそんな迷惑な二人組が、ここにもいた。


「お姉さんひとり?可愛いねー、何してんのー?」


「もしかして配信してんの?実は俺らもダンジョン配信してるんだよねー」


 食堂で配信のチェックをしていたみぎわに対して、軽薄そうな笑みを浮かべながら話しかけてる二人の探索者。耳にはピアス、手には様々なアクセサリーを。彼らは凡そ戦闘には必要のないものばかりを身に着けており、ダンジョン探索の前哨基地とも呼べるこの場所に於いて、ひどく場違いな風貌だった。


 こういったナンパ探索者は過疎ダンジョンにこそ現れる。

 人気ダンジョンであればすぐに他の探索者の目に付くからだ。浅瀬でぱちゃぱちゃと探索者活動をしている彼らは、本業の者達に睨まれてしまえばすぐに取り押さえられてしまう。不人気ダンジョンの支部であれば職員の数も少なく、彼らの目を盗んでナンパをするのも容易い。故にこうして、邪魔の入りにくい不人気支部に姿を表すのだ。ある意味、レアな魔物のような存在といえるだろう。


「見ての通りなんで、邪魔しないでもらっていいッスか」


 彼らを一瞥することもなく、画面を見つめながらそう答えるみぎわ。彼らをまるで脅威とも思っていないのだろう。PCの横で横になっている肉など、すぴすぴと鼻提灯を膨らませながら寝息を立てていた。

 だがみぎわ素気すげない態度にも、ナンパ男達はまるで怯む様子を見せない。むしろ反応があったことに勢いを増すほどだった。


「えー、めっちゃ冷たいじゃーん。いいじゃんちょっと話しようよ。丁度俺らも暇してんだよー」


「てかその豚……?いや猪?まぁどっちでもいいけど、なんなんそれ。めっちゃ寝てるじゃん。お姉さんのペット?いや実は俺も動物好きでさー」


 そう言って二人の男が、みぎわに対して一歩足を踏み出した時だった。机の上に置かれていた木魚が赤色灯よろしく、薄っすらと虹色の光を放ちながら明滅し始めた。


「あー……悪いことは言わないんで、それ以上近づかない方がいいッスよ」


 まるで警告するかのように怪しく点滅する木魚をちらりと眺め、みぎわがナンパ男達へと警告する。何しろ、一見ただの木魚に見えるそれは、あの無表情ロリエルフの手によって異世界アイテムと化しているのだ。彼女とて実際に稼働しているところを見たことはないのだが、一応の説明は受けている。故に、どう考えても碌な事態にならない気がした。


「ちょ、なになに?なんか光りだしたんだけど。てかなんなのこの木魚、ウケる」


「てか何で木魚……?いやいや、それよか遊びいこうよー。俺ら地元民だからさぁ、いい店知ってるんだよねー」


 みぎわの警告を無視し、あろうことか馴れ馴れしくも隣に座ろうとするナンパ男。その次の瞬間、光を放つ木魚から『ぱん』という小さな破裂音が聞こえた。まるで蛍光灯が割れるような、軽く小さな音だった。


「え───がッ!!」


「───は?」


 木魚の点滅パターンが変化し、みぎわの隣に座ろうとした男が床に崩れ落ちる。見ればどうやら意識を失っている様子で、白目まで剥いている有り様である。椅子を巻き込みながら倒れた片割れの姿に、残された男は何が起こったのかと困惑するばかり。


「え……ちょ、おま?何寝て───ガハッ!!」


 間髪入れず、二度目の破裂音が鳴り響く。

 先程の男と同様、残された片割れも椅子を巻き込みながらその場に倒れこむ。全身をぴくぴくと痙攣させるその姿は、まるで全身に電流でも浴びたかのようであった。


「うわぁ……」


 そんな一瞬の出来事にドン引きするみぎわ

 彼女は事前に、オルガンから説明を受けていた。曰く、『敵意を持つ者が近づくと、なんか電気っぽいのがよく出る』とのことであった。その言葉から、みぎわは護身道具として有名なスタンガンのようなものを想像していたのだ。


 だが、スタンガンは相手を無力化するのに数秒を必要とする。一方この『護身用魔導人形ちゃんアストラペーちゃん』がナンパ男達の意識を奪うのに要した時間は、恐ろしい事に一秒未満。

 初めて目の当たりにした『護身用魔導人形ちゃんアストラペーちゃん』の威力は、彼女が想像していたよりもずっと強力であった。攻撃は魔法によるもので、実際の感電とは違い後遺症は残らないとのことだったが───


 今尚点滅を続ける異世界木魚を前にして、みぎわはぼんやりと『異世界やべー』などと考えていた。そしてふと、点滅が終わらないことに気付いた。


「え、ちょ、まだ光ってるんスけど!?やばいやばい、壊れたのかな!?」


 焦ったみぎわが足元のカバンを漁り、なにやら冊子を取り出した。表紙には『護身用魔導人形ちゃんアストラペーちゃん取扱説明書』と書かれており、それはまるで辞書のような厚みを持っていた。その1ページ目をみぎわがめくると、すぐに目次が見つかった。


「えーっと……『故障かな?と思ったら』、2ページ目!!……2ページ目!?」


 そういったトラブルシューティングは大抵後ろの方に載っているものだが、そこはオルガン。敢えて手前にもってきてくれているらしい。どこかで見たような目次に、『何でこんなこと知ってるんスかねぇ』などと思いつつ、みぎわが再びページをめくる。


「えーっと……なになに?」


 そうしてみぎわが2ページ目を見てみれば、そこには『故障はしない。すごい』などという文言がデカデカと書かれていた。


「何の役にも立たねぇ!!ていうか残りのページ全部真っ白じゃん!!じゃあ何でこんな分厚くしたんスかねぇ!!むしろこの説明書いらねぇー!!」


 誰も居ない食堂で一人暴れるみぎわ

 そんな彼女の元へ、協会の職員が一人様子を見にやってくる。先程のナンパ男達が倒れた物音と併せ、なにかトラブルでも起きたのかと思ったのだろう。そうして事情を説明し、二人の迷惑男を協会へ引き渡す。


 そうしてみぎわは、どっと押し寄せた疲れに耐えながら、再び配信のチェックへと戻ってゆく。机の上にはいつの間にか点滅を終えていた木魚と、なにやらしゃかしゃかと足を動かしながら眠る肉の姿があった。


「いや、起きろよ……」

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