第63話 鬼畜団長A

 例えば山の中に存在する京都であれば、木々や岩等で形成されている地形が多い。例えば海に面した伊豆であれば、砂浜や海辺の洞窟を連想させる地形が階層の殆どを占めている。実際にアーデルハイトが伊豆ダンジョンを探索した際も、第七階層を境に砂浜から洞窟へと環境を変化させていた。


 このように、一定の階層を境に環境が変化することはあれど、頻繁に地形が変わるということがない。これはダンジョンの基本的な知識であり、探索者であれば当たり前のように知っている事だ。


 そんな中、渋谷ダンジョンの最たる特徴を挙げるとすれば、その環境が一層ごとにガラリと変化するところだろう。第一階層こそ平凡な洞窟スタイルであるものの、以降は荒野や岩場、森や平原等、進むごとにその環境を変化させる。

 それに比例するよう、出現する魔物や採れる素材、発見されるアイテムの種類も多岐に渡る、こういったダンジョンは世界的にも珍しく、渋谷ダンジョンが人気である理由の一つでもあった。


 そんな渋谷ダンジョンの九階層は、タイプで言えば京都ダンジョンに似ていた。まばらに生えた木々は、天井に届くほどの大木もあれば、大人の腰程の高さまでしかないものもあった。無造作に転がる岩は視界を遮り、魔物や罠の発見を妨げる。そういった理由から、ダンジョンとしての探索難度は高めといえるだろう。初心者も多いこの渋谷ダンジョンにとって、最初の壁とも言える階層であった。


 そんな九階層の最奥で、一体の魔物が断末魔の叫びと共に息絶える。


漆黒螺旋槍グングニル!!」


『ダサッ!!』

『それ槍じゃねぇから!』

『起源にして頂点みたいな技名来たな』

『もうこれ言いたいだけでしょ』

『なんか似たような展開つい最近みたな……』

『高貴スラッシュリスペクトか?』

『高貴スラッシュの悪口はやめろ!!』

『高貴スラーッシュ!(刺突』

『岩蜥蜴が真っ二つですか……』

『ダサいけど強いんだよなぁ』


 今しがた月姫かぐやが両断したのは、岩蜥蜴ロックリザードとよばれる大きなトカゲである。外見はコモドオオトカゲに近いが、皮膚が鱗ではなく大小様々な岩に覆われている。人間の倍ほどもある巨躯に、四足歩行による素早い移動。コモドオオトカゲのように毒を持っている訳では無いが、単純なパワーは比べ物にもならない程高い。素早い動きから繰り出される突進をまともに受ければ、如何に身体能力に優れた探索者であろうとひとたまりもない。


 パーティーで討伐する場合は誰かが囮となって気を引き、その間に岩鱗のない弱点を攻撃するのがセオリーである。謂わば岩人形ゴーレムの討伐方法に近いだろうか。しかしそういった戦術が取れない単独での戦いとなると、その討伐難度は相応に高くなる。一刀両断とまではいかずとも、そんなロックリザードを単身で斬り伏せて見せたあたり、月姫かぐやの戦闘能力の高さは折り紙付きといえるだろう。


 今回はアーデルハイトによる月姫かぐやへの剣技指導である。当然ながら主に戦うのは月姫かぐやであり、アーデルハイトとクリスは完全な後方腕組勢と化していた。


「……やはり筋が良いですわね。もしかすると、わたくしが見た中で一番かもしれませんわ」


「それほどですか……」


「アレを単身で倒せるとなると、少なくとも一般団員よりは強いということですわ」


「副団長よりも、ですか?」


「ん……現時点で比べるなら彼のほうが上ですわね。でも、才能だけなら彼女のほうが上かもしれませんわ」


「それは……末恐ろしいですね」


 眼の前で行われた戦闘を評価するアーデルハイト。才能だけで言えば、あちらの世界に於いてもトップクラスであろうという、そんな評価を聞いたクリスもまた驚愕していた。こと戦闘に関してはシビアなところがあるアーデルハイトだ。彼女がここまで人を褒めるのは珍しい事だった。


「師匠!如何でしたか!?」


 そう言ってアーデルハイト達の元へと戻ってきた月姫かぐやは、まるでボールを拾ってきた大型犬のようであった。もしも尻尾がついていれば、それはもう盛大に振っていたことだろう。

 しかし、そんな月姫かぐやに対するアーデルハイトの答えは手厳しいものであった。今回彼女は騎士団長としてではなく、剣聖として月姫かぐやを指導することに決めていた。故に、アーデルハイトが採点を甘くすることなどあり得ない。


「騎士団長として評価するなら70点。剣聖としてなら30点ですわね」


「ぐはぁッ!!」


『低ぅい!!』

『あれで30点なんですか!?』

『忖度ゼロで草』

『立場によってつける点数が変わるのは、まぁ分からんでもない』

『姫で30点なら他の探索者は……』

『まぁ死神戦のアデ公と比べれば確かにそうなのか……?』

『素人目には普通にクソ強美少女だったんだけどなぁ』


 態とらしくその場に崩れ落ちる月姫かぐや。そもそもアーデルハイトの剣技の、その片鱗すらも見極められなかった月姫かぐやだ。手放しで褒められるなどとは思っていなかった彼女だったが、しかしそれでも予想していた以上に低評価であった。


「仕方のないことですけど、やはり基礎がなってませんわね。魔物の動きはしっかりと捉えておきながら、足運びは拙く隙だらけ。体捌きは無駄が多く、力のロスがとても目立つ。総じてバランスが悪く、才能任せの粗削り、といったところですわね」


「ガハッ!!」


 アーデルハイトの追撃を受けた月姫かぐやがその場に倒れた。

 そもそもの話ではあるが、アーデルハイトとクリスがダンジョン配信を始めたきっかけとは何だっただろうか。アーデルハイトが初めてダンジョン配信を視た時、何を語ったのだったか。


 ───お粗末ですわね


 普段口にすることはないが、しかしその感想は今でも変わってはいない。魔女と水精ルサールカ紫月しずくが使用していたような銃器については理解らないが、それ以外の刃物に関しては、例え専門外のものであってもそれなり以上に知っている。

 そんなアーデルハイトは、上辺だけの言葉など誰の為にもならないことを良く知っていた。ましてや、強くなりたいと教えを乞うてきた相手に対して、慰めの言葉をかけるなど。それは為にならないどころか、最悪相手の生命を奪うことに繋がりかねない愚行であると、アーデルハイトは良く知っていた。


 故に彼女は繕わない。

 普段は浮世離れした言動が多く、どこか天然っぽいところのあるアーデルハイトだが、こと戦闘に関しては酷く真面目だった。騎士団員に対して基礎を教えるだけならばまだしも、今は剣聖として、自らの剣を教えようというのだから。


「少し借りますわよ」


 月姫かぐやが地面に取り落としていた刀を、アーデルハイトが拾い上げる。そうして鞘から抜き放ち、あちらの世界には無かったそれをまじまじと見つめる。


「……綺麗ですわね。斬ることのみに特化した攻撃専用の武器、といったところですのね。片刃の剣はあちらにもありましたけど、これは初めて見ますわ。まぁ仔細はともかく、基本的な部分は片手剣とそう変わりませんわね」


 そう呟きながら、アーデルハイトが何度か刀を振って見せる。まるで重さや長さ、軌道を確認するようにゆっくりと。そうして何かを考えるように黙り込み、刀を一度鞘に戻す。そのまま刀を腰元へと移動させた直後、居合抜きの要領で瞬時に抜き放つ。

 画面越しに見ていた視聴者達も、直ぐ傍で見ていた月姫かぐやでさえも、アーデルハイトの腕はおろか刀の軌道すら見えなかった。仄暗いダンジョン内で振り抜かれた刃は、僅かな光を反射して煌めいてた。流星光底という言葉があるが、アーデルハイトの剣技はまさしくそれだった。


「いい武器ですわね」


「わぁ……やっぱり凄い……」


『うぉお……』

『かっけぇ……ジャージでさえなかったら』

『弘法筆を選ばずを体現する女』

『うーん、さす団!』

『全く見えなかったけどそれはもう心の友(木の棒)で慣れた』

『アデ公がまともな武器を振る貴重なシーン』

『妙だな、早すぎて最初乳が揺れなかったぞ』

『後揺れ』

『後乗せサクサクみたいに言うなw』


 視聴者たちと同じように、まるで一人のファンのように呆然とアーデルハイトを見つめる月姫かぐや。『貴女がそんな調子でどうしますの』等と言ってやりたい気分にはなったものの、しかし口には出さず、そんな月姫かぐやへと一度視線を移してアーデルハイトは言葉をかける。


「歩法や体捌きといった技術は、一朝一夕で身につくものではありませんわ。つまり、今日ここでそれを伝えたところで無駄ですの。だから今日は短所を埋めるのではなく、貴女の長所を伸ばしましょう」


「あ、は、はいっ!」


「今から二度、刀を振りますわ。良く見ていなさいな」


 そう言って、言葉の通りに刀を二度振ってみせたアーデルハイト。一見すれば全く同じ様に見える二度の素振りであったが、しかしどうやら月姫かぐやには何か気づくものがあったらしい。


「違いが理解りまして?」


「はい、多分ですけど……一度目は私の剣、ですよね?二度目はお手本……でしょうか?二度目の素振りのほうが、洗練されていたというか……最初の素振りに比べると……そう、より理想的な剣筋だったような気がします。なんとなく、ですけど」


「御名答。それが理解るのならやっぱりセンスがありますわね、貴女」


『なんもわからんが??』

『何言ってんだこいつら』

『なるほどね?』

『あーはいはい、確かにね?』

『俺は最初から分かってたよ。その……何か違うってことはね』

『嘘つきしか居なくて草』

『レベルが高すぎて常人では理解不能シリーズ』

『これが天才同士の会話かよ……』


 困惑する視聴者達を他所に、アーデルハイトは満足げに頷いて見せた。今彼女が行って見せた二度の素振り、その違いが理解らないようであれば、指導は長丁場になるところであった。とはいえ、彼女ならばこの程度は理解できるはずだと、そうアーデルハイトは見込んでいたからこそ、今回の話を引き受けることにしたのだが。


「先程も少し話しましたけれど、貴女の動きには無駄が多いんですの。無駄とはつまり、力のロスに他なりませんわ。力任せに剣を振るうだけでは、決して剣技とは呼べませんの。簡単に言えば……力みすぎですわね。貴女は腕だけで剣を振っていますの」


「力み……ですか」


「そう。いいこと?力を込めるのと力むのは、似ているようで全く異なりますわ。逆も然り、余計な力を抜く事と脱力することは、決して同じではありませんの。全てはバランス。地を踏みしめて生み出した力を、足から腰へ、腰から腕へ、腕から刃へ。力みすぎず、抜きすぎず。全身を余すこと無く使って剣を振るえば、自ずと力のロスは無くなりますわ」


「全身を使って……ですか」


「ですけど、これは言葉では理解りづらいかもしれませんわね。というわけで、その都度ちゃんと指導して差し上げますわ。次は階層主でしたわよね?ならば丁度良いですわ!」


「え、ちょ、もしかして師匠……?」


「もちろん一人で戦ってもらいますわよ!貴女が上手く出来るようになるまで、何時間でも戦い続けて頂きますわ!」


「ぐっ、ガハッ!!」


 嫌な予感が的中してしまい、月姫かぐやは再びその場に崩れ落ちた。如何に実力と才能に溢れた『漆黒』のエース月姫かぐやといえど、単身で階層主を倒したことなど一度も無い。そもそも、階層主とは一人で戦うような相手ではないのだ。それがこちらの世界の常識だったし、探索者の基本知識でもあった。

 しかし彼女が師事しているのは、こちらの世界の人間ではない。常識など蹴り飛ばし、配信活動を始めてたった一月と少しで数々の異常行動を繰り広げてきた、異世界出身の剣聖令嬢である。


 そして厄介なことに、そんな非常識を大真面目に語っているアーデルハイト自身が、それを成し遂げていることを月姫かぐやは知っている。

 木の棒などというゴミ同然の武器を駆使し、アーデルハイトがゴーレムを両断した姿を見ている月姫かぐやとしては、非常識な話だとは思いつつも従う他無かった。元より指導を願い出たのは月姫かぐやの方だ。今更出来ませんなどとは言えるはずも無い。


「あら、止めますの?別にわたくしは構いませんわよ?」


「うっ……うぅ、が、がんばりまずぅ……っ」


『がんばれっ……がんばれっ……!』

『悲壮な顔してて草』

『普段のアーちゃんからは想像も出来ないほどのスパルタで草』

『まぁ今回は団長監修だし死にゃせんやろ、へーきへーき』

『姫が素に戻ってるの新鮮で助かる』

『鬼畜団長A』

『果たしてAは何の略なのか』

『Adelheid以外にあるんか?』

『ASSしかねぇんだわ』


 視聴者達の応援を受け、一行は次の階層へ向かって歩き出す。

 そんな一部始終を眺めていたクリスは、やはり珍しいものをみたかのような表情をしていた。幼い頃よりアーデルハイトと行動を共にしていた彼女をもってしても、主がこうして誰かに、剣聖としての立場から剣技を指導している姿を見たことが無かったから。


「どうやら私が思っていた以上に本気のようですねー……月姫かぐやさんの身体が保てばいいのですが……」

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