第83話 引き分けですわッ!!

 アーデルハイトが大きめのステーキを行儀よく食べ終え、食後のデザートまで綺麗に平らげる。そうして食後のブラックコーヒーを楽しんでいた時のこと。もう我慢が出来ないとでも言わんばかりに、レベッカはテーブルに身を乗り出してアーデルハイトに絡んでいた。


「なぁ姫さんよォ。模擬戦やろうぜ模擬戦。別に減るもんじゃねェし、別にいいだろ?飯食ってる時も言ったけどよ、アタシはアンタの強さを体感したくてここまで来たんだよ。本当は一緒にダンジョン行くのが早えんだろうけど、今は断ってんだろォ?」


 その姿はもはや、相手にされずともしつこくナンパをする輩のようであった。

 彼女がアーデルハイトに会いたがっていた、その最たる理由はこれであるらしい。本国のダンジョン攻略に忙しい筈のレベッカ、ひいては『魅せる者アトラクティヴ』が日本にまで来た元々の目的。それは、動画で見たアーデルハイトの強さに惚れ込み、特に理由もなくただ一度会って話を聞きたかっただけであった。それはレナードとウィリアムも同様で、単純にいち探索者として、死神を倒してみせたアーデルハイトに興味があったからに過ぎない。


 しかしこうして実際に会ってみれば、力比べが大好きなレベッカは感情を抑えられなかったのだ。無論彼女は、アーデルハイトが自分よりも明らかに強いことは理解っている。だが、だからといって力比べをしない理由にはならない。実力者は剣を交えずとも相手の力量を推し量ることが出来ると言うが、逆に手合わせをすることで初めて見える相手の力量もある、ということらしい。

 わかりやすく言えば『高みを覗いてみたい』という話だ。ある意味では魔女と水精ルサールカとコラボをした際に、模擬戦を申し出たクオリアと似たような感情なものかも知れない。


 レナードとウィリアムの二人は、あわよくば死神についての詳しい話や、先日の巨獣の件についても話が聞ければ、などと思っていたのだが───

 まるで恋人を誘うかのように熱っぽい瞳でアーデルハイトを見つめる、そんなレベッカの前では言い出す事ができなかった。この状態のレベッカに水を差すと、後からネチネチと嫌味を言われることを二人はよく知っていた。


「この間の配信もしっかりと見たんだぜ?アンタ大剣も使えるんだなァ……実はアタシの得物も大剣なんだよ。これって運命じゃねェか?」


「……」


 一方、ダル絡みを受けているアーデルハイトは無言だった。瞳を閉じたまま、ゆっくりとコーヒーの香りを楽しんでいる。なお、肉を食べた後のブラックコーヒーは油分の排出を助けてくれる効果があると言われている。砂糖やミルクを入れると逆効果になってしまうので注意が必要だ。閑話休題。


 話を聞いているのか、それとも聞いていないのか。今ひとつよく分からない態度のアーデルハイトだが、それを隣で見ていたクリスとみぎわの二人にはひどく嫌な予感がしていた。二人はつい最近、これと似たような光景を目の当たりにしていたからだ。


「よォ、聞いてんのかよ姫さん。いいだろ?いいって言わねェと乳揉むぞ?んでもって揉んだ感想をネットに書き込む───おっ?」


 そうして暫く、コーヒーを飲み終えたアーデルハイトはゆっくりと目を開き、直後に続いてこう言った。


「───引き分けですわッ!!」


「うぉっ」


「食べごたえのあるジューシーで柔らかなお肉に、コクの深いソース。この二つがお口の中で出会うことで、奇跡のようなハーモニーを奏でていますわ。しつこくなく、いくらでも食べられそうなお肉でしたわ。まるで歌を一曲聞き終えたかのような、そんな満足感でしたわ。ですがデザートはロイバの方に軍配が上がりますわね。あのパイ生地のサクサク感と、濃厚なクリームの共演、そして広がる上品な甘さ。それはまるでわたくしのように高貴な────え?なんですの?」


 好きなものについて語るオタクのように、料理の感想を早口で捲し立てるアーデルハイト。突如として始まった謎の食レポにレベッカも目を丸くし、呆気にとられたような表情でアーデルハイトを見つめることしか出来なかった。


「やっぱり聞いてませんでしたね……」


「ッスよねぇ。デジャヴっス」


 二人の嫌な予感は見事に的中した。




 * * *




「お断りしますわ。面倒ですもの」


 そして数分後、アーデルハイトは結局断っていた。それも酷く雑な理由で。


「ンでだよォ!?いーじゃねェかよォ!」


 それを受けて駄々を捏ねているのはヤンキー女。いい歳をした女が乳を振り回しながら駄々を捏ねるその姿は、それはもう見ていられないものだった。流石に見兼ねたのか、そんなレベッカに対してウィリアムが声をかける。


「落ち着け妹よ。流石に恥ずかしい」


「ッるせェ筋肉ダルマ!だァってろshut the fuck up!!」


「……うむ」


 そして一蹴される。兄の威厳など微塵もなかった。眉根を寄せて席の隅へと戻る彼の姿は、紛うことなく悲しきモンスターであった。


「何言ってるのか分かんねッスけど、何言われたのかが手に取るように分かるッス」


「意外と仲良さそうですよね」


「ああ、こうみえて実は兄妹仲は悪くない。傍から見ていると尻に敷かれているようにしか見えんが」


 すっかり傍観者ポジションに収まったクリスとみぎわ、そしてレナードは他人事のようにその姿を眺めていた。脳筋気味なチームのエースに苦労する者達同士、彼女たちにはどこか通じるものがあるのかも知れない。


 ともあれ、このままでは話が進まない。アーデルハイトを説得するなり、レベッカを説得するなりする必要があった。そうして、イカれた戦闘狂のヤンキー娘を説得するよりは与し易いと考えたのか、レナードはアーデルハイトに対してある提案をした。


「勝手を言っているのは重々承知しているが、なんとか一度手合わせしてやって貰えないだろうか。もちろん礼はさせてもらう。金銭でも物品でも、或いは一つ借りにしてくれてもいい。我々に出来る範囲のことなら何でも構わない」


 普通に考えれば、レナードのこの提案は破格といってもいいものだった。ダンジョン全盛期ともいえる今の時代、この世界に於いて、『魅せる者アトラクティヴ』の影響力は計り知れないものがある。金銭を要求すれば数千万単位でポンと出てくるだろうし、物品を要求すれば高級回復薬や希少な魔物の素材が得られるだろう。貸しを作っておけば、様々な状況で役に立つことは間違いない。仮にノーギャラで動画に出演させれば、その話題性だけで大量の数字が稼げる筈だ。


 しかしアーデルハイトに言わせれば、それらは今ひとつの魅力に欠けていた。金銭に関して言えば、既に異世界方面軍はある程度軌道に乗っている。これから徐々に稼ぎも増えていくだろうし、例のトレントの実の件もある。

 更に言えば、彼女たちの最終目標は田舎でのスローライフなのだ。もしここでいきなり大きな収入を得れば、それだけでゴールしてしまい兼ねない。折角配信業が波に乗り楽しくなってきたところでそうなれば、アーデルハイトにとっては少々興醒めと言える。


 物品に関しても似たようなものだ。

 いきなり希少なアイテムを手に入れてしまうと、そこに至るまでの過程が楽しめない。ダンジョン配信とはその『過程』を売りにしている部分が大きいため、やはり興醒めというものだろう。


 結局殆ど選択肢はなく、異世界方面軍にとっては、彼らに貸しを作るというのが一番価値がありそうだった。いつか田舎に家を建てた際、彼らにDIYでもさせればなかなか面白そうだ、などとアーデルハイトは考えていた。


 そもそもの話、アーデルハイトは戦うことそれ自体が嫌な訳では無いのだ。言葉の通り、ただ面倒なだけである。食後だというのも大きな理由の一つだった。率直に言えば、アーデルハイトはもうさっさと家に帰ってゴロゴロしたかっただけなのだ。


 とはいえ、こうまで乞われれば嫌な気がしないのもまた事実だった。

 彼女はレベッカ同様戦うのが好きな方だし、手合わせを挑まれたことだって一度や二度ではない。あちらの世界では、手合わせを願う者がそれこそ日常的に彼女の元を訪れていた。突発的に現れる道場破り的な者も中には居た。そう、どこぞの迷子の拳聖のように───


 そこでふと、アーデルハイトの脳内にひとつの案が浮上した。


「良いことを思いつきましたわ!」


「おっ!手合わせしてくれる気になったか!?駄々を捏ねた甲斐があったぜ!」


「構いませんわ。ですが条件がありますの。まずはわたくしの用意した刺客を倒していただきますわ。その者に勝つことが出来れば、わたくしがお相手して差し上げましょう」


 そう言い放ち、アーデルハイトが卓上の呼び出しボタンに手を伸ばす。


「……へェ、面白ェじゃねェか。いいぜ、乗った。その代わり、アタシがそいつに勝ったら絶対に相手してもらうぜ?約束だぜ?破ったら乳と尻を揉むぜ」


「よくってよ!」


 怪しげな条件を突きつけられたレベッカだが、しかし勝負の内容が戦闘であると聞いた途端に、犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。むしろ、試合が一つ増えて喜んでいるようにすら見える。そんなやりとりを隣で聞いていたクリスとみぎわへ、ある予感が再び襲いかかる。


「あっ、嫌な予感がするッスよ!」


「恐らくは、面倒事と面倒事をぶつけることで対消滅を狙っていますね」


 そうして数秒後、アーデルハイト達の座るテーブルへと一人の店員がやって来た。くりくりとした大きな瞳が可愛らしい、なかなかの胸部装甲をお持ちの女性店員であった。どうやらこのテーブルにいるのが有名な探索者だということは、既に店員達の間に知れ渡っているらしい。店員は少し緊張気味で、ぎこちない笑顔を浮かべていた。


「お、お呼びでしょうかぁ?」


「チェンジですわ」


「えっ」


「チェンジですわ」


 そうしてアーデルハイトが店員をとっかえひっかえすること暫し。漸くお目当ての者がテーブルへとやって来た。どこかむすっとした表情を浮かべ、笑顔のひとつもない無愛想な店員であった。


「……何の用だ」


「ウーヴェ、貴方にはそこのヤンキーと戦って頂きますわ」


「……相手にならん」


 そう言って踵を返そうとするウーヴェ。今はこうして似合いもしないファミレス店員をしている彼ではあるが、その一言だけで彼の本質がよく分かる。普通の人間であればまず話の内容を聞き、そして断るだろう。しかしウーヴェは話の仔細も聞いていないというのに、戦うこと自体は断らなかった。


「オイオイ、そりゃァ聞き捨てならねェなァ。アンタが何者なのかは知らねェし、相当強そうだってのも分かるけどよ。アタシも戦闘にはそれなりに自信あるんだよなァ……戦いってのはやってみるまで結果は分かんねェ。そうだろ?」


「……かもな」


 ウーヴェは戦いを好む。だがそれは自分と同等か、或いはより強い者との戦いの話である。いつぞや公爵領に侵入した際も騎士団員と戦ったが、あれは騎士団員がウーヴェを捕縛しようと向かってきたからだ。彼は自分よりも実力の低い相手に対し、自ら勝負を挑むことは殆どない。


「ウーヴェ、貴方はわたくしと再戦したいのではなくって?」


「……!」


「彼女に勝てば、手合わせして差し上げてもよくってよ?」


「……いいだろう」


「では決まりですわ!!」


 アーデルハイトは自らとの再戦を餌に、見事ウーヴェを釣り上げた。これによってレベッカは、ウーヴェに勝たなければアーデルハイトに挑戦することができなくなった。つまりそれは、アーデルハイトがレベッカとの戦闘を回避したことを意味している。しかし、それはそれで面倒事を増やしただけなのでは?と疑問に思ったクリスが、こっそりとアーデルハイトに耳打ちをする。


「お嬢様、よろしいのですか?」


「構いませんわよ?だって『いつ』とは言ってませんもの。一生引き伸ばしてやりますわ。これで無限に使える手駒の完成ですわ。チョロいですわ!」


 そんなアーデルハイトの高貴な戦術など知る由もないウーヴェは、再戦に向けて既に闘志を燃やしていた。彼にとっては再戦それを目指して鍛え直した数年間だ。そしてもう二度と訪れることはないと思っていた、望外の機会だった。

 そうしていくつかの打ち合わせをした結果、ウーヴェの勤務時間が終わった後で再び集合することとなった。『魅せる者アトラクティヴ』の名前を使えば人払いも容易だろうということで、場所は渋谷支部の修練場を借りることとなった。


「姫さんへの挑戦権を賭けた前哨戦って訳だ。いいねぇ!面白くなって来やがったぜ!!」


「……俺は仕事に戻る。再戦の件、忘れるなよ」


 何も知らない二人の脳筋だけが戦意を高めてゆく。

 一方、この絵を描いたアーデルハイトはすっかり満足したのか、近くを歩いていた店員を呼び止め、追加のデザートを注文するのであった。

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