第8話 卑猥
三体の
しかし先程の戦いが余程衝撃的だったのか、幸いにも視聴者の数が減るなどということはなく、むしろ徐々にその数を伸ばしていた。配信開始時は視聴者数が100人程度であったアーデルハイトのダンジョン配信。これだけでも、無名の新人ということを考えれば十分に誇れる数字である。しかし現在は200人を突破していた。有名配信者と呼ぶには程遠いが、それでも着実にファンを増やしつつある。
「あ、やりましたわ!遂に武器を拾いましたわよ!」
『武器・・・?』
『立派な武器やろがい!!』
『木の枝にしか見えないんですがそれは』
『ひ◯のきのぼう的な』
『いや待て。自称剣聖やぞ?実質得意武器では?』
「あら。木の棒も馬鹿にしたものでもありませんわよ?初めて剣の訓練をするなら誰もが一度通る道ですわ」
当たり前といえば当たり前であるが、何か宝箱のような物に入っていたなどという訳ではなく、さりとて神々しい台座に突き刺さっていた訳でもない。持ち手が在るわけでもなければ、微妙に歪んでおり真っ直ぐな訳でもない。アーデルハイトが獲得したそれは、本当にただダンジョン内に転がっていただけの木の棒だった。
強いて言うならば、一般的な長剣とほぼ同程度の長さだった。全長100cm程のそれは、アーデルハイトにとっては慣れ親しんだものである。
余談ではあるが彼女の本来の愛剣である『聖剣・ローエングリーフ』は全長120cm程で、一般的なロングソードよりも少し長い。とはいえ幼い頃から日常的に振っていた木剣は100cmよりも少し短い物であったことを考えれば、先程拾った木の棒は十分に武器足り得る物だった。
そも、アーデルハイトは剣の形をしている物であれば基本的に武器を選ばない。長剣、細剣、短剣、ツーハンドソードやファルシオンまで、ありとあらゆる剣を扱うことが出来る。それは別に生まれ持って生まれた特殊能力や、神様に与えてもらった都合の良いスキル等ではない。そんなものがもし彼女にあったのなら、さっさと
剣聖だから武器を選ばないのではなく、武器を選ばないから剣聖なのだ。
勇者とて、あれでも当初はあそこまで馬鹿ではなかった。仮にも勇者だ。そう呼ばれるに足る理由があった。その者が為した行いが人々によって称えられ、自然と周囲から『勇気ある者』と呼ばれるようになる。
勇者とは、誰かに『勇者』という役割を与えられて就く、というようなものではない。自ら名乗るようなものでも当然無い。謂わば一種の称号であり、一つの結果。勇者だから勇気があるのではない。勇気があるから『勇者』なのだ。
もちろんアーデルハイトとて、勇者とはなんぞや、などという恥ずかしい議論をするつもりは無い。勇者が馬鹿になってしまった事は変えようの無い事実で、もっと言えばこの身は現在別世界にある。戻る方法など皆目見当もつかず、あちらの世界の様子などまるで分からない。今更このようなことを考えたところで是非も無い。ただ少し、ほんの少しの感傷だった。
ほんの数日前のことであるというのに、随分と遠い昔のように感じられた記憶。それを振り払うかのように、アーデルハイトが木の棒を軽く振って見せた。
そう、傍から見ればただ無造作に腕を振るったようにしか見えなかった。刹那、木の棒の先端は残像を残すことすらなく一瞬で消え去り、何時の間にか伸ばされていたアーデルハイトの手中で再び姿を見せた。寸分の狂いなく、ぴたりと静止した木の棒に遅れて、風を斬る音が甲高くダンジョン内に響き渡る。
「ほら。悪くないでしょう?」
『は?』
『ヒエッ』
『俺は分かってたよ。アデ公が真の剣聖だってことはね』
『剣聖(笑)とか言ってすいませんでした』
『いや、見えんが?』
『今絶対音の方が遅れてたよなぁ?』
『薄々感じてたんだけど、君多分クソ強いよね?』
『剣を使え』
「ふふ、よろしい。理解って頂けたようで何よりですわ。ちなみにローエングリーフは当分使いませんわよ。アレですわ・・・そう、アレですの」
『言葉出て来ないの草』
『後期高齢者かな?』
『やめろ!まだこっちの世界に順応してないだけだから!』
『縛りプレイ、か?』
「そう、それですわ!縛りプレイ!───なんだか卑猥な響きですわね?」
『ドスケベ令嬢が!!』
『正体現したね』
『俺は分かってたよ。アデ公が変態だってことはね』
『そのおっぱいで異世界は無理でしょ』
「うるさいですわね!!ちょっと思ったことを言っただけですわ!!いいから先に進みますわよ!」
『はーい』
『だんだん扱い方が分かってきた』
『イジられてぷりぷりしてんの良き』
緊張感は無い。
しかしこれはアーデルハイトに限った話ではなく、有名配信者のチャンネル等でも似たようなノリは存在する。如何にダンジョン探索とはいえ低層であればこんなものである。
無論、通常の新人が行う初配信であれば、心配の声や経験者からのアドバイスなどが飛んだりもするものだ。しかしここまでアーデルハイトを見ていた視聴者達は、薄々感づいていた。彼女が、そんな心配は不要であるほど強いことに。流石に異世界出身の剣聖などという設定を信じている訳ではなかったが。
その後も特に撮れ高の無いまま探索は進み、他の探索者とすれ違うことすらないまま、アーデルハイトは5階層まで降りてきていた。ここまで誰ともすれ違わなかったことについて不思議に思ったアーデルハイトは、視聴者へと素直に疑問を投げかけた。
「どうして誰とも会いませんの?不人気ダンジョンとは聞いていましたけど・・・入り口の施設には他にも人が居ましたわよ?」
『説明しよう!』
『低層で探索をする新人は、いざという時助けを求めやすい人気のダンジョンに行くのが一般的。つまり不人気であればあるほどベテラン探索者しかいないし、その人らも低層は駆け抜ける。なので低層には誰も居ないし魔物も少ない』
『不人気ダンジョンは』
『解説ニキ!解説ニキじゃないか!』
『タイピング早すぎィ!!!』
『解説ニキのタイピング速度が人外レベルで草』
『まて、解説ネキの可能性もまだあるんじゃないか?』
『どっちでもいいわw』
「あら、そういうことですの・・・教えて下さって有難う存じますわ。それならわたくしも、ある程度深くまで行かなければ撮れ高が無いんですのね・・・」
『撮れ高はもうあったけどな』
『撮れ高モンスター』
『取り憑かれてやがる・・・撮れ高に』
『まぁでももう5階層だし、階層主がおるやろ』
『そういうのでいいんだよそういうので』
「あら、階層主はこちらのダンジョンにも居るんですの?あちらでは10階層毎でしたわよ?」
階層主とは、一定の階層毎に現れる強力な魔物のことである。ダンジョンにおける魔物の生態や発生についての原理は未だ解明されていないが、階層主は特に謎の多い存在だ。階層主は何度倒しても暫くすれば一定の階層に現れ、探索者達の行く手を阻む。
ダンジョンそのものが作り出した試練の一種とも噂され、同じ階層に発生する他の魔物とは一線を画す強さを持っている。その行動も謎が多く、発生した場所から一切動かない個体も居れば、階層内を徘徊する個体もいる。
『ダンジョンによるね』
『京都は5階層毎』
『渋谷は10毎だっけか』
『北海道は3階層毎。ボスラッシュとか呼ばれてる』
「ダンジョンによって違うんですのね。あちらではどこでも一律10階層毎でしたわ。こういう違いで異世界を感じますわね」
『まぁなんというか、心配はもうしてない』
『ゴブリンを思い出すとね・・・』
『なんと今回は武器まであるぜ!』
『ふん、音速を越えた俺たちの棒に耐えられるかな?』
『見せてもらおうか。階層主の耐久力とやらを』
「誰なんですのアナタ方は。あ、これが後方腕組というやつですのね?」
『アデ公もよう調べとる』
『予習出来てえらい』
などと益体の無い雑談を繰り広げながら歩くこと暫く。
全体的にゴツゴツとした岩肌が多かったこれまでに比べ、若干とはいえ加工されたような滑らかな床。岩壁はこれまで通りではあったが、まるでひとつの広間のように大きく開けた場所が、アーデルハイトの眼前に姿を現した。
そんな広場の中央には、違和感が形となったかのような巨大な岩の塊。誰がどう見ても理解る、動き出すアレであった。
「どうみても
『どうみてもそうですね』
『隠れるつもりないだろもう』
『多分踏み均したんだろうけど、床がちょっと綺麗なのも相まってまた』
『相性は悪そう』
数多くのダンジョンを見てきた視聴者は当然一目で理解した。というよりも、京都ダンジョン最初の階層主がゴーレムであることは周知されている。そしてアーデルハイトはあちらの世界で数えきれない程のゴーレムを倒してきた。そんな彼女に見破れない筈もない。
「では私が、皆さんにゴーレムの簡単な倒し方を教えて差し上げますわ」
『ん?』
『真面目な話すると流石に木の棒じゃキツいんじゃないの?』
『打撃武器を用意しろってのが一応の対策』
『君のそれ全然簡単じゃないんよ』
『ワイ探索者、割と真面目に聞いてる』
『そもそもダンジョンって基本的にソロで潜るもんじゃねーからw』
何処かで聞いたような台詞を吐きながら、アーデルハイトがゆっくりと前に出る。それは先程ゴブリンを屠ったときのような素早いステップではなく、本当にただ歩いているだけだった。コツコツと床を叩くアーデルハイトの靴の音だけが、広間の中を反響している。
「あちらの世界でも、ダンジョンに入って日の浅い探索者はゴーレムに苦戦していましたわ。こちらのゴーレムは初めてですけど、恐らくは同じでしょう」
『せやな』
『新人殺しとも言われてるよね』
『中級者でも普通に苦戦するからな』
「ゴーレムの動き自体は遅いですけど、攻撃速度は中々のものですわ。見てのとおり全身が岩ですから当然耐久力も高いですし」
『強そうな要素しかないよね』
『実際強いぞ』
『ワイあんま知らんのやけど普通はどうすんの?』
『普通はハンマーみたいな打撃武器持って、寄って集って時間かけて削る』
ゴーレムが目覚め、ゆっくりと近づくアーデルハイトの方へとその落ち窪んだ頭部を向ける。当然眼球などというものは彼等には無いが、頭部の向きを見れば敵がアーデルハイトを認識していることは伝わる。
先程よりも近づいたカメラからは、その巨大さと、岩と岩が擦れて軋むような嫌な音が伝わる。それは、離れて見ていたときよりとは比べ物にもならない威圧感と圧迫感。アーデルハイトが敵に近づけば近づくほど、カメラを通して配信を見ている視聴者達の緊張感も増してゆく。
先程からのアーデルハイトの言動と、視聴者達のコメントよって紛れていた緊張感。しかしこうして敵の眼前に立った時、それが不意に蘇る。視聴者達は忘れていた。ここが危険なダンジョン内で、今カメラの眼の前に居るのは、数多の新人探索者達を返り討ちにしてきた階層主であるということを。
『アデ公が雑に近づくから気づかなかったんだけどさ』
『近づくとヤバいなこれ』
『ギャグ言ってる場合じゃなかった』
『流石に防具つけたほうがいい気がする』
しかし当のアーデルハイトはそんなコメントもどこ吹く風。
まるで行きつけの食事処に入るかのような気軽さでゴーレムへと近づいてゆく。ゴーレムに背を向けカメラに向かって、『簡単なゴーレムの倒し方』とやらを解説しながら。
「ですが彼等は皆動きが単調なんですの。フェイントなんてまず使いませんし、素直で直線的。当たれば痛い攻撃も、当たらなければ意味がありませんわ。コツは相手の動き始めを良く観察することですわね」
『良く観察』
『舐めすぎだって!』
『分かったから戦いに集中して』
『前見ろ前!』
『後ろ後ろ!!』
そんなコメントが大量に流れた直後、ゴーレムの振りかぶった拳が解き放たれた。アーデルハイト自身がそう言っていたように、一度始まってしまえばゴーレムの攻撃は早い。
一般的に、探索者がゴーレムと戦う場合には囮役を用意することが多い。回避に長けた者に敵の注意を惹いてもらい、その隙に周囲から攻撃をする。囮役は全神経を以て回避のみに専念する。耐久力の高いゴーレムを相手にする際は時間がかかることもあり、囮役の消耗が激しい。故に彼等はたとえ探索上級者であっても油断の出来ない相手と言われている。
しかしそれは、こちらの世界での話だ。
今此処に居るのは、地球よりもずっと命の軽い異世界で生きてきたアーデルハイト。
彼女にとってゴーレムなど───
「舐めてかかっても、お釣りが来ましてよ」
くるり。
まるでその場でダンスでも踊るかのように軽やかに身を翻し、ゴーレムの振り下ろした拳を紙一重で躱すアーデルハイト。そのまま相手を見ることすら無く、右手に保持した木の棒を振り抜く。
流れる水のように、ごくごく自然に振り抜かれた木の棒は、一切の音もなくゴーレムの右腕を切断する。返す刀、否、木の棒をゴーレムの股下から頭部へと、斬り上げる形で再度振り抜く。攻撃から攻撃へ、まるで隙の無い流麗な動きだった。
頭から縦に両断され、自分の身に何が起こったのか、それすら理解らぬままに崩れ落ちるゴーレム。物言わぬ岩の塊と成り果てたそれが、フロアを揺らした。
「と、まぁこんな感じですわね。簡単でしょう?」
『うぉおおおお!?』
『すげぇええええ!!』
『え、かっこよ』
『だから、簡単でしょう?じゃねーんだって!!』
『おわかりいただけただろうか?』
『嘘みたいだろ?これ、木の棒なんだぜ』
『木の棒なのマジで忘れてた』
「だから言ったではありませんの。木の棒も悪くはない、と」
『悪いに決まってるだろ!いい加減にしろ!』
『断面映ってるけどクッソ綺麗で草』
『刃物でもそうはならねぇんだよなぁ?』
『俺が今まで見た配信者の中で一番強いと断言出来る』
『余裕で勇者と愉快な仲間達のメンバーより強いだろコレ』
『俺は分かってたよ。アデ公が最強だってことはね』
大いに盛り上がりを見せるコメント欄を横目に、大したことではないと言わんばかりの態度でアーデルハイトが歩き始める。
なんだかんだと言っても今はまだ第五階層なのだ。配信を始めてまだ1時間と少し。帰りのことを加味しても、出来ることなら十階層あたりまでは進んでおきたかったからだ。
「まだ撮れ高が足りませんわ!巻いて行きますわよ!」
『撮れ高お化け』
『危険な生き物が世に放たれてしまった気がする』
『いや、マジで見に来てよかった。全く参考にはならんけど』
『この異次元配信が未だ同接300ちょいという事実』
『伸びて欲しい』
『最古参ムーブが出来るな』
お散歩気分で次の階へと繋がる道を歩くアーデルハイト。彼女の初配信はまだまだ始まったばかりである。
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