第95話 代案(閑話)

「マズいですわね」


 地上班との暫くの通信の後、アーデルハイトがぽつりと呟く。


『不穏な独り言やめーや』

『お?なんやなんや?』

『どうせ大したことないゾ』

『今のところめっちゃ順調そうに見えるけど』

『順調超えて爆速なんだよな。一時間ちょいでこんなとこまで来れんよw』

『階層主(一撃』

『どうせあれだろ?撮れ高が足りないとかだろ?』

『足りてるから!!』

『撮れ高が足りないとか言って、撮れ高に撮れ高を重ねるのがアデ公』

『通信してたっぽいし、地上でなんかあったか?』


 しかしそんなアーデルハイトのつぶやきを聞いて真に受ける者は、鍛え抜かれた騎士団員達の中にはほとんど居なかった。これまでもそうであったように、アーデルハイトがマズいなどと言う時は、大抵の場合マズくないのだ。撮れ高が足りないと彼女が危惧するときは、過ぎる程足りているように。そして今回もそうだろうと、彼らは高を括っていた。


「ミギーが魔力切れでダウンしましたわ」


『草』

『おいィ?』

『早くない???いや魔力消費とか良く分からんけども』

『乱発はしてたよな……』

『おかげで俺等は楽しませてもらったけども』

『覚えたてで限界を把握してなかったか……』

『まだ道が分かる階層で力尽きてるのほんと草』

『魔力切れるとどうなるの?大丈夫なん?』


「ええ、体調的には問題無い筈ですわ。魔力切れを起こした者は、一定以上魔力が回復するまで、急激な眠気に襲われますの。身体が体内の魔力を回復しようとする所為ですわね」


『ほえー』

『まぁ一般的なイメージに近いな』

『体力みたいなものか』

『頭痛くなるとか、気を失うとか、そういうパターンも良くみるけど』

『眠くなるだけならまぁ問題ないか』

『俺達にはまだお肉ちゃんの鼻があるぜ!!』

『え、肉にそんな機能があるの初耳なんですけど???』

『もう完全に犬みたいな扱いで草』


 地上待機組の東海林に聞いたところ、汀がアーデルハイトの言葉通り、ただ眠っているだけらしい。むしろ、幸せそうな顔で寝言まで垂れているのだとか。要するに体調の心配は無いということだ。

 みぎわの体調を心配する声も多かったが、彼らのそれは杞憂であった。そう伝えただけで飛び交う赤スパに、アーデルハイトは非常に申し訳ない気持ちになる。まさか調子乗って魔法を連発し、今は阿呆のように寝言付きでお昼寝中だなどと、とても言える空気ではなかった。


「まぁ、ミギーに関しては心配ありませんわ。問題はむしろこちらですわね。道案内が無くなるとあっては、攻略速度への影響は計り知れませんわね。ちなみに、お肉ちゃんはお腹がいっぱいになったのか、クリスのカバンの中で寝ていますわ」


 地図があるのと無いのとでは、攻略に大きな差が生まれるのは当然だ。ましてや彼女達が持っていた筈の地図には、魔物の位置までもが正確に記されているのだから。魔物を避けるのも、先手を取るのも、まさしく自由自在である。

 地形を知ることで恩恵を得られるのは、何もダンジョン探索に限った話でもない。地形情報というのはそれこそ、騎士団の進軍には欠かせない情報の一つである。森を迂回するのか、突き進むのか。丘を越えれば何処に出るのか、敵は何処に布陣しているのか。そういった情報は時に、何よりも優先される最重要のものとなる。


 それを誰よりも熟知しているからこそ、アーデルハイトは代案を手配していた。


「ですが心配は御無用。ちゃんと手は考えてありますわ」


 何故か自信満々のドヤ顔で、そう言い放って見せるアーデルハイト。事実、ある一定の階層間という限定条件付きではあるものの、みぎわとほぼ同等の道案内が保証されているのだ。


「というわけで、さくさく進んで行きますわよ。まだまだあと35階層もあるのですから、のんびりお散歩をしているわけにもいきませんもの」


 そう言って腰元からローエングリーフを抜き、再び進軍を始めるアーデルハイト。肉が満腹となった今、戦えるのはアーデルハイトとクリスの二人しか居ない。そしてクリスにはカメラ撮影という重要な役割がある以上、ここから先は必然的に、アーデルハイトが戦うことになる。


 肉のお試しということもあり、これまでは発射台に徹していたアーデルハイト。だが本来の異世界方面軍は、これがもっとも手早く攻略できる陣形なのだ。開幕から全力を出していた地上班とは異なり、攻略班としての全力はまさにここからである。


 階層主の死骸があった場所を通り過ぎ、アーデルハイトとクリスは次の階層へと足を踏み入れる。こっそりと耳元を触り、地上班へと通信を行いながら。


「それでは20階層までの道案内、お願い致しますわ。おじ様」


【おう、任せろ。まぁ昔何度も通った道だからな。ちゃんと覚えてるから安心してくれや……この数年で変動してなきゃいいが】


「不穏な台詞はやめてくださいまし」


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