第94話 しょうもない理由

 みぎわと肉による快進撃は、それからも暫く続いた。

 だだっ広い砂浜の中、まるで上から俯瞰するかのように敵の位置を探り当てるみぎわ。敵の位置が判明する度、砲弾と化して空を飛ぶ肉。見敵サーチ・アンド・必殺デストロイどころの話ではなく、もはや敵を視認する必要すらない圧倒的な蹂躙だった。


 無論、このあたりはまだまだ低階層だ。魔物も比較的弱く、一般的な探索者パーティーであっても苦戦することはないだろう。だが、今彼女達が行っているのはもはや探索とすら呼べない、別の何かだ。


『俺の知ってる探索と違う』

『おかしいな。ダンジョン探索ってもっと緊張感あるもんだよね?』

『おっ、異世界は初めてか?力抜けよ』

『異世界へようこそ!!』

『それにしたって今回はぶっ飛び具合がやべぇよw』

『今回は自重無しって言ってたしなぁ』

『探索とは危険、常にそう言っていたな……ダンジョン!!』

『自分より強い力でぶちのめされれば、お前は満足なのか!?』

『こんなものが……こんなものが探索であってたまるかあッ!!』

『勇者も怒っとるわ』

『仲良いな君らw』


 そんなの絵面に、視聴者達も大層大喜びであった。異世界方面軍チャンネルを初めて訪れた海外ニキは、もはや感嘆符と疑問符を並べ立てるだけのBotと化している。そうして順調に砂浜エリアを踏破した一行は、そのまま洞窟エリアへと足を踏み入れる。階層で言えば第七階層だ。ここまでに要した時間は、以前に訪れた時とは比べ物にもならない程少ない。


 周囲の景色が変わったからといって、やることが変わるわけではなかった。蟹を見つけては肉を投げ、ローパーが現れては肉を投げ。以前は素手で殴るのをアーデルハイトが嫌がったが、今回は肉のおかげでローパーも心置きなく倒すことが出来るのだ。曲がり角の先に居ようが、物陰に隠れていようが、世界初のダンジョンオペレーターと化したみぎわの前では無力である。


 視聴者達は前回見られなかったローパーくんの活躍に、一縷の望みを託していた。これまでの道程を見る限り、それが叶うことのない夢であると重々承知はしていたが。そうと分かっていても期待してしまうのは、男性諸君の悲しい性である。


 なお、先程までは元気に蟹を貪っていた肉だが、どうやら流石にローパーは食べないらしい。爆発四散したローパーの肉片を、後ろ足でがりがりと蹴り飛ばしていた。


 その後、以前アーデルハイトが伊豆ダンジョンを探索した時の最終到達階層、つまりは10階層へと到着する。言わずもがな、最初の階層主が居る場所である。

 ここまでにかかった時間は大凡一時間弱といったところだ。ここまで来るのに、前回は二時間近くかかったことを考えれば、ほぼほぼ倍の速度だった。当然ながらこれは異常な攻略スピードであり、恐らくは誰にも真似出来ないであろう進軍速度だ。


 そも、伊豆ダンジョンとは魔物の数が少ない割に、進むのに時間がかかるダンジョンである。その原因は序盤の砂浜エリアの所為だ。無駄にだだっ広い砂浜は足を取られやすく、ひどく歩きにくい。そして如何に美しい砂浜といっても、歩いていれば疲労も溜まるし、魔物も少ない為に気が緩む。そうしていつの間にかペースは落ち、グダりやすいのだ。


 しかし、これは一般的な探索者にのみ当てはまる理由である。

 体力おばけのアーデルハイトと、彼女ほどでは無いにしろ、こちらの世界基準で言えばやはり馬鹿げた身体能力を持つクリス。そして野生を取り戻して元気いっぱいの肉。この二人と一匹にとっては、この程度の環境で音を上げることなどありえない。

 とはいえ、今回目指すのは45階層。階層を十進むのに一時間かかるということは、往復9時間程もかかってしまう計算になる。朝から潜っているので時間は十分過ぎる程にあるが、可能な限り巻いて進みたいというのが本音だった。


 腰に佩いた鞘へと、ローエングリーフをゆっくり納める。金属同士が触れる小気味のいい音が鳴ると同時に、アーデルハイトの背後では階層主がその巨体を横たえていた。そしてクリスの腕から脱出し、一目散に蟹へと駆け寄る肉。ダンジョン内に於いて、魔物の死骸は早く食べなければ消えてしまうということを知っているのだろう。

 前回は東海林から借りたボロダガーによる戦闘であったが、今回は時間節約の意味もあって、アーデルハイトが一刀のもとに斬り伏せた。その動きは変わらず流麗で、ただ一振りしただけの剣がまるで流星のよう。敵が攻撃してくる前に処理したのだから、危なげなどある筈もない。


『はぇー……』

『え!?もう終わりなんですか!?』

『アーカイブじゃなく生配信で見れたの感動です!』

『相変わらず見惚れる剣だわ』

『凄すぎて手本にはならんけどなw』

『コイツってめっちゃ硬いんじゃなかったっけ……』

『前回はクソみてぇなボロダガー、通称ゴミで倒してたからな』

『異世界方面軍ウィキペ、使用武器欄にゴミって書いてあるの草でしょ』

『持ち主のおっちゃん泣いちゃう……』

『お肉ちゃんww』


 一度は見た光景だが、それが手抜き無しのものともなれば、また違った見え方もするものだ。視聴者達の反応も上々で、撮れ高もなく黙々と砂浜を歩いていた序盤とは比べ物にもならないコメント数であった。スパチャは絶えず飛び交っており、アーデルハイトが剣を抜いた時などは大量の赤スパが乱舞したものである。肉やみぎわの活躍によって出番の無かった───発射台としての役目以外は───アーデルハイトだが、やはりその人気は高い。なんのかんのと言いながらも、皆彼女を見にここへやって来ているのだから当然なのだが。


「時間は有限ですわ!さっさと進みますわよ」


「では、お嬢様は肉を回収しておいてください。私は一応、めぼしい素材が無いか探してみます」


「お願いしますわ───あっ!こらっ!!魔核は食べてはいけませんわよ!!」


 クリスに言われるがまま、アーデルハイトが肉の回収に向かう。一方のクリスも五分ほど周囲を調べて回ったが、残念ながら前回と同じく、めぼしいアイテムは見つからなかった。東海林が言っていたことだが、蟹系の魔物素材は加工しづらく需要が極端に低い。故に、危険度の割にはお金にならないのだ。これは伊豆ダンジョンが不人気な理由の一つでもある。今回がクリア目的ではなく探索であったならば、こんな蟹まみれのダンジョンなど選ぶことはなかっただろう。


 お腹が一杯になったのか、心なしかいつもより丸く、動きの鈍くなった肉をクリスのバッグへと詰め込んで、一行は進軍を再会する。


「ここから先はわたくしの知らない階層ですし、本当はゆっくりと進みたいところなのですけど───」


「出来れば早く終わらせたいですからね。全力でやると言った以上、情けないタイムになっても面白くありませんから」


 これより先はアーデルハイト達にとって未知の階層であり、正解の道も、現れる魔物も分からない。である以上は進軍速度が鈍るのが普通であるが、こと彼女達異世界方面軍にとっては関係がない。なにしろ、地上に居ながらにして、魔物の位置やマップ情報までもを知る女が存在するのだから。


「ミギー?道案内を頼みますわ」


 アーデルハイトが耳元のイヤホンへ向かって、そう告げたとき。


【あー……こちら地上班だ】


 彼女の声に答えたのは、みぎわではなく東海林だった。どこかバツの悪そうな、歯切れの悪い東海林の応答。その声から、困った顔で頭をかいている彼の姿が容易に想像できる。


「あら?おじ様?ミギーはどうしましたの?」


【それなんだがな……ついさっき、疲れたとか言って机に突っ伏してなぁ……】


「……もしやこれは」


「……嫌な予感がしますね」


 アーデルハイトもクリスも、実を言えば少し前から心配はしていたのだ。いくらなんでも、雑に魔力振伝播ソナーを連発しすぎではないかと。魔法の習得と実践、そして絶大なる成果。それに気を良くしたのか、ここまでみぎわは無駄に魔法を使用していた。


【……んで、なんかそのまま寝ちまった】


 撮れ高のためと言えば聞こえは良いが、それにしたって乱発し過ぎである。以前に一度訪れていたこともあって、ここまでの道のりはアーデルハイトも覚えている。索敵をするにしたって一度か二度で十分な筈だった。

 つまり現在のみぎわは、あちらの世界ではお馴染みの、至ってシンプルな症状を発症していた。


「魔力枯渇ですわね」


「魔力切れですね」


 声を揃えてそう判断を下す二人。

 まるで初めて酒を飲んだ大学生のような、そんなしょうもない理由でのリタイアであった。

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