第50話 遠慮しまーす

 地上に戻った一行は非常に目立っていた。

 人気のない京都ダンジョンではあるが、今日は魔女と水精ルサールカがダンジョン配信を行っていたこともあってか、普段よりもダンジョンに訪れる探索者達の数が多かった所為だ。

 京都ダンジョンに於ける探索者界の雄、魔女と水精ルサールカの面々をその眼で見ようと駆けつけた新人探索者や、単純な地元ファン、たまたま居合わせた中堅探索者や協会職員等、様々な者達が一行の帰りを待っていたのだ。


 これは非常に珍しい光景だった。魔女と水精ルサールカは間違いなく京都で一番の人気パーティーだったが、しかし彼女達は頻繁にダンジョン探索を行っている。故に、同業者からはすっかり探索仲間として認識されており、ばったり顔を合わせても軽く挨拶や世間話をする程度だ。新人がわざわざ挨拶に来ることは確かにあるが、集まっている面々を見る限りそんな理由だけでは説明がつかない。こうして皆が一様に、魔女と水精ルサールカがダンジョンから戻ってくるのをわざわざ出待ちするような、そんなことはスズカの経験上一度も無かった。


 一体何事なのかと戸惑う魔女と水精ルサールカのメンバー達だったが、野次馬達の視線を見ればその理由はすぐに分かった。彼等彼女等は皆、先程までの配信を見ていたのだろう。当然ダンジョン内で何があったのかも知っているし、全員無事だという事も分かっている筈だ。

 魔女と水精ルサールカの出待ちではない。安否を心配して待っていたわけでもない。となれば、こうして自分達が取り囲まれて注目を浴びている理由は一つしかなかった。先頭を歩いていたスズカが肩越しに振り返り、後ろを歩く二人へと視線を送る。


「シャバの空気がおいしいですわー!!」


「またシャバなどという言葉を……いけません!品位が下がりますよ!」


 彼等の視線を一身に浴びるアーデルハイトは既にジャージ姿へと戻っていた。ダンジョンの出口直前までは先頭を歩いていた彼女だが、聖剣と聖鎧の装備を解除するために最後尾へと入れ替わっていたのだ。先頭で解除しても別に問題は無いのだが、解除の際にやたらと光を放つため一応後ろへ下がったというわけだ。


 そんな彼女の横には当然クリスがいる。配信には映ることがなかった彼女だが、こうして現地の者達に顔を見られるのはもはやどうしようもない。どうしようもないのだが、しかしクリスは『現時点では出来る限り顔を晒さないように』とみぎわから口を酸っぱくして言われているのだ。勝手に写真を撮る輩が居るようであればカメラを破壊しようかと考えていたが、どうやらそのような不躾な輩はここには居ないらしい。京都に所属する探索者のマナーが単純に良かったからなのか、それとも魔女と水精ルサールカというある意味京都のボス的存在が居るおかげなのか。ともあれ、クリスが実力行使に出る必要は無かった。


 ちなみに、この騒ぎを遠くから眺めていたみぎわはニヤニヤといやらしく笑っていた。映像には残っていないが、現地民はクリスの顔を見た。これは存外悪くない状況といえる。

 アーカイブが編集されており、今となっては見ることが出来ないクリスの容姿。人の口に戸は立てられぬなどと言うが、もしもこの中に掲示板利用者が居れば、クリスの容姿について勝手に吹聴してくれることだろう。良いように言われようと、悪いように言われようと、それはきっと話題となる。そして話題は期待へと変わり、そう遠くないうちにやってくる『その時』の為の布石になる。

 そんな打算的な考えをぐるぐると頭の中で回しながら、みぎわ自身は人目につかないよう食堂の隅へと退散していた。まったくもって抜け目のない裏方である。


 そうして多くの視線を集めつつも、しかしアーデルハイトはまるで気にも留めていなかった。あちらの世界では立場上人前に立つことの多かった彼女だ。この程度の人間に見られたからといって何かを感じるようなことはない。そんな堂々とした態度の彼女へと直接声がかけられるような肝の据わった者は、この場には一人も居なかった。アーデルハイトが肩に担いだ、誰がどう見てもこの場から浮きまくっている大鎌にツッコめる者も当然ながら皆無だった。


 そんな、まるで近所のコンビニから帰ってきたかのような態度のアーデルハイトを見てスズカは息を吐いた。アーデルハイトとの共闘で25階層の突破を考えていたスズカだったが、終わってみれば結局アーデルハイトに振り回されっぱなしだった。女王蟻戦では驚かされ、実力の差を見せつけられ。かと思えば馬鹿みたいなトラップで何処かへ飛んでゆき。そうして最後には魔女と水精ルサールカの全員が命を救われた。

 当初の目的を達することこそ出来なかったが、成程。確かにダンジョン配信としての撮れ高は抜群だったといえるだろう。彼女が撮れ高モンスターなどと呼ばれている理由を、身をもって体感させられたスズカだった。

 寄生がなんだと、実に馬鹿馬鹿しい。アーデルハイトを寄生させられるような人間など恐らく、いや間違いなくこの世界には居ない。仮にそのような声が挙がったとしても、それを無視してでも共に探索をしたくなるような魅力がアーデルハイトにはあった。


 スズカは思う。あの時くるる紫月しずくの提案を聞いておいて良かったと。二人から勧められるままに、異世界方面軍の配信を見ておいて良かったと。コラボを決めた自分の判断は間違っていなかった、と。

 魔女と水精ルサールカが世界で最も強いパーティーだ、などと自惚れているつもりはスズカにはなかった。上には上が居ることを十分に理解しているつもりだった。その上で目の当たりにした戦いは、スズカの想像を遥かに越えていた。自分達とアーデルハイトの実力にどれほどの差があるのか、それは今なお分からない。しかし、あの戦いを実際に見られたことは大きな収穫だった。

 身体能力だけでも、技術だけでも駄目なのだ。自分達にはまだまだ強くなる余地があると、スズカはそう教えられた気分だった。


 ともあれ、今回のコラボはこれまでだ。くるる紫月しずく、そしてクオリアを先に医務室へと放り込んだスズカが、今後の予定を尋ねるべくアーデルハイトへと話しかけた。


「姫さん、この後はどうするんや?まぁうちらは医務室行きなんやけど」


「そうですわね……折角ですし今日はホテルに泊まって、明日は観光してから帰りますわ!!」


「そ、そうか……元気やな」


「なんですの!?急に褒めたって、溢れんばかりの高貴オーラしか出ませんわよ!?」


「別に褒めてへんし、それはジャージ着替えてから言ぃーな。それはそうと、明日で良かったらどっか案内したるで」


「本当ですの!?」


 アーデルハイト達は前回京都を訪れた時も観光をしている。とはいえ夕方入りの後、夜に配信開始である。時間に余裕があったわけではなく、有名な観光地を一つか二つ回った程度でしかない。当然ながらご当地グルメに舌鼓を打つような暇もなく、地元民しか知らないような隠れた名店でのんびり食事をする、などという事は望むべくもなかった。故に、そんなスズカの提案はまさに渡りに船であった。


 しかし、アーデルハイトには気がかりなこともあった。致命傷とは言えない程度ではあったが、しかしたった一晩では治ると思えないような怪我を魔女と水精ルサールカの面々は負っている。無理を押してまで案内をしてもらうなど、元気いっぱいのアーデルハイトとはいえ気が引けるというものだ。


「……と言いたいところですけど、怪我は大丈夫ですの?」


「うちら舐めんなや。こんくらい一晩あったら余裕や!明日には全員ピンピンしとるわ!」


 そう言って歯を見せ笑うスズカ。自信満々といったその表情はとても強がっているようには見えない。

 事実、スズカの言葉は嘘ではなかった。

 レベルアップを重ねた探索者は身体能力が向上するが、それと共に自然治癒力も大幅に上昇するのだ。例えば骨折であれば、通常は完治までに数ヶ月かかる場合が殆どである。しかし、探索者であればその数倍早く完治する。どれほどレベルアップしているかにもよるが、魔女と水精ルサールカ程にもなれば半月もあれば完治してしまう。今回のような骨にまでは達していない程度の裂傷や擦過傷であれば、スズカの言う通り一晩もすれば十分動けるまでにはなるだろう。


「嘘……という訳では無さそうですわね。ではお言葉に甘えて、是非お願いしますわ!」


「おう、任しとき!うちが地元民しか知らん穴場の絶品料理食わしたる!」


「ならばわたくしがその全てを平らげて差し上げますわ!!」


「よっしゃ!ほんならまた明日の朝に連絡するで!」


「聞きましたわねクリス!?後は任せましたわ!それでは皆様、ごきげんよう!!」


 言うが早いか、クリスの返事を待たずして協会から飛び出してゆくアーデルハイト。取り囲む野次馬などには目もくれず、禍々しい大鎌を担いでみぎわの車へと向かってゆく。

 途中で協会職員に呼び止められ何事かを告げられたアーデルハイトであったが、『お断りですわ!!』というセリフを吐いて風のように去ってゆく。車のリアゲートを開け、荷物がギチギチに積まれた荷台へと大鎌の柄を突き刺し、そうして自らはいつもの狭い後部座席へと収まった。

 話を近くで聞いていたみぎわはいつの間にか撤収準備を終えて車内に戻っており、既に運転席でスタンバイしていた。そんなみぎわの座るシートをアーデルハイトがバシバシと叩き、早く出せと言わんばかりに急かしている。


「忙しない姫さんやな……」


「可愛いでしょう?……っと、では明日はこちらに連絡をお願いします」


「オッケー。ほんならクリスも、また明日な」


「ええ、今日はありがとうございました。また明日」


 そういってスズカに連絡先を渡し、クリスも遅れて車へと向かう。途中で協会職員に呼び止められ何事かを告げられていたが、『遠慮しまーす』などというセリフを吐いて協会を後にした。

 ダンジョンから戻り、ほんの少しも休むこと無く去っていった異世界方面軍の三人。走り出した彼女達の車を眺めながらスズカは笑う。探索者にありがちな肩に力の入った様子などまるで見せない、まるで終始遊んでいたかのような三人。きっとこれから探索者界隈を大いに賑わすことになるであろう、そんな彼女らと知り合えたことをスズカは喜んでいた。そうしてスズカは仲間たちの待つ医務室へと向かいながら、誰に言うでもなく呟いた。


「やっぱあの子らとコラボしといて良かったわ」




 * * *




「……凄い」


 そこは黒い部屋だった。

 窓に引かれた真っ黒な遮光カーテンは綺麗に締め切られ、周囲の家から漏れる灯りも、街灯の光も、月の光でさえも届かない。当然ながら室内の照明は一つも点いておらず、それはまさに漆黒の闇と呼んで差し支えないだろう。

 そんな暗闇の中にあって、モニターの光だけが唯一の光源だった。モニターの前には一人の人間。モニターの放つ光の所為で様々な色に明滅しているその顔は、暗闇故に判然としないが、なんとなく整っているように見えなくもない。はっきりと分かることは、左目は眼帯で覆われているということと、どこかで見たようなジャージ姿であるということだけ。眼帯は医療用の簡素なものではなく、細かな装飾の為された革製のものだった。


「……スゴい!!凄い!!」


 暗闇の中でただ独り、興奮したように画面へ齧りつく。乗り出した上半身を支えるため、勢いよくデスクへと付いたその右腕には包帯が巻かれている。


「倒した!!本当に!あの死神を!!」


 一心不乱にキーボードを叩くその手には左右合わせて計四つの指輪が嵌められている。左目を覆う眼帯同様、シンプルながらもどこか目を奪われる、そんな装飾が施された指輪だった。


『いやマジであれは鳥肌立ったわ』


 凄まじい速度で動く指に同期して、モニターにはたったいま打ち込まれたコメントが表示されている。そのまま迷うこと無くコメントを送信し、次いで背もたれに勢いよく背中を預ける。暗闇を見上げて頭を抱え、そうしてまた独り言を呟く。


「あああああ!!ヤバい、マジでヤバいかも!興奮しすぎて心臓痛い!あっ、あと右腕も疼いてる!!凄い!!推しがヤバすぎてヤバい!!語彙力もヤバい!!」


 右手を左肩へ、左手を右肩へ。まるで自分の身体を抱きしめるかのようにすれば、煩いほどに鼓動が感じられた。興奮しきりである本人はまるで気づいていなかったが、そのポーズはかなりファラオっぽかった。


「くっそ……これが恋か!?劣情の……いや、やっぱ色欲とかの方がカッコ良いかも。っていうか魔女と水精ルサールカだけズルい!!私だってDM送ったのに!!何故か無視されてるのに!!アレ!?闇の組織の……なんか妨害的なそういうアレなの!?っていうか一番ズルいのはあの……って、その手があった!!」


 かと思えば再び天井を見上げ頭を抱える。情緒は一体どうなっているのだろうか、真っ暗な部屋で独り、支離滅裂な言葉を呟き続ける。


「こうなったら醜くて嫌だけど最後の手段……折角推しと同業なのに、指を咥えて見ているだけなんて出来ない!推しは眺めて愛でるもの!?知るか!!会いたいんだから仕方ないでしょ!?」


 そう叫びながら席を立ち、綺麗に整えられた部屋の中から何かを探す。

 漆黒の中に光源が増える。取り出したのは一台のスマートフォンだった。


「─────っ!!もしもし、お父さん?……うん、久しぶり。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど────」

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