第51話 十人居れば五十人くらい

「……本当に辞めるのか?」


「おう。悪いな、最後まで一緒にやれなくて」


「いや……仕方ねぇよ、気にすんな」


「……じゃあな。頑張れよ、応援してる」


「……ああ」


 これが最後の会話だった。

 それ以来、俺があいつと連絡をとることはなくなった。気まずいからだとか、遺恨が残っているとか、そういう理由なんかじゃなくて。

 ただ、これが俺達の終わりだったというだけの話。こんなことは別に珍しくもなんともない、探索者をやっていれば何処にだって転がっている話だ。パーティー内で不和が生じたとか、続けられなくなるほどの怪我を負ったとか、理由はそれぞれあるだろうが、最後は何処のパーティーだってこんなものだ。


 俺達はガキのころからの悪友で、昔から馬鹿なことばかりしてはゲラゲラ笑ってた。気になる女子にちょっかいだしたり、学校サボって四人で遊びに行ったり。そのくせ学校のイベントでは無駄に張り切ってみたり。街に行ってナンパしたり、喧嘩もよくやった。人様に誇れるような思い出じゃないが、それでも今は懐かしく思えるようなことばかりだった。


 高校を卒業してからも俺達の関係性は変わらなかった。四人のうち二人は就職して、俺ともう一人は進学だった。馬鹿なことばかりやってきたツケが回ったのか、自慢できるような大学じゃあなかったけど。

 それでも四人で時間を合わせて集まった。四人のうちの誰かの家だったり、近くのファミレスだったり、或いはカラオケだったり。集まれさえすれば場所なんてどこでも良かった。いつまで経ってもガキのまんまで、やってることは何も変わらない。


 そうして二十歳になって、そろそろ真面目に将来や就職先のことを考え出した頃。いつものファミレスで、四人のうちの一人が急に言いだしたんだ。


『探索者やろうぜ!!』


 それが俺達の人生が変わった瞬間で、あの時のことは今でもはっきりと覚えている。俺達が馬鹿をやるとき、言い出しっぺは決まってあいつだった。

『探索者』。それはダンジョン内に眠る資源やアイテムを持ち戻ることで生計を立てる者。何十年か前にダンジョンが現れてから、徐々に世界中で広まり始めた職業。

 そう、職業だ。探索者は政府からも認められている立派な職業だった。将来のことをぼんやり考え始めていた俺にとって、そいつの言葉はまさに天啓だった。それは俺だけじゃなくて、話を聞いていた他の二人も同じだった。馬鹿ばっかりやって来た俺達だが、運動神経や腕っぷしには自信があったから。まぁ逆にそれしか取り柄が無かったんだけどよ。


 そんな一言で、俺達は大して考えもせずに探索者になった。探索者が危険な仕事だってことは聞いていたけど、俺達四人ならどうにでもなると思ったんだ。いつもの悪ノリもあったし、若いうちに色々試しておきたいって気持ちもあった。

 そうして始めた探索者としての活動は、まぁ当たり前だが上手くいかなかった。所詮は二十歳になったばかりの若造四人、金なんてあるわけがない。初期投資だってあってないようなもので、必要最低限の武器を買うのが精一杯だった。探索のノウハウだって持っていないし、ダンジョン内の魔物は想像していた100倍くらいおっかなかった。喧嘩の経験なんて魔物相手には何の役にも立たなかったし、命のやり取りがこんなにも恐ろしいものだなんて思ってもみなかった。


 それでも俺達は若さと勢いだけで、ただがむしゃらにダンジョンへ挑み続けた。怪我なんて日常茶飯事で、金だって開始当初から殆ど増えてない。四人で分ければ日々を生きるのが精一杯な程度の稼ぎしか得られない。


 そんな底辺中の底辺みたいな探索者だったけど、それでも。まるで学生時代の馬鹿やってた頃みたいに楽しかった。いや、まぁ馬鹿やってるのはずっとなんだが。

 そんな俺達も、ダンジョンに潜り始めて数年も経った頃には一端の探索者へと成長していた。罠にかかって死にかけたり、思いもよらないアイテムを拾ったり、そうした様々な経験が俺達を強くしてくれた。一般的にはレベルアップなんて呼ばれている成長も、四人全員が何度も経験した。


 そうして十年近く、三十になるかならないかの頃。

 俺達は地元じゃ有名な探索者パーティーの一つになっていた。十年も経てば悪ガキも丸くなるもんで、すっかり落ち着きを覚えていた。パーティー内での役割もしっかりと決めて、ダンジョンに潜る前に情報を仕入れて、計画を立てて、消耗品の準備もして。贅沢な暮らしとまではいかなくとも、四人全員が不自由なく生活出来る程度には稼ぎもあった。


 そんな中で俺はと言えば、知り合った別パーティーの女性探索者と結婚もしていた。ダンジョン内で危機に陥っていた彼女を俺が助けるなんて、そんな何の面白みもないありがちな出会いだっけど。

 妻はクールな横顔が素敵な美人だ。有り体に言って、人生最高の出会いだったと今でも思う。結婚してからの彼女は探索者を引退し、毎日俺の帰りを待ってくれていた。数年後には女の子も生まれた。彼女に似て、将来はきっと美人になるだろう。順風満帆といっていい、全てが上手く行っているような日々だった。


 終わりの始まりは、メンバーの一人がダンジョン内で死んだ時からだった。

 その日もなんてことはない、いつもと同じ探索だった。別に誰もミスなんてしていない。普段通りに潜って、進み、いくらかのアイテムを拾って帰るだけの慣れた作業の筈だった。強いて言うならば、俺達は全員が忘れていたのかもしれない。『ダンジョン』とは理不尽の塊だということを、油断したときにこそ牙を剥くものだということを。


 転移トラップというものがある。

 その場に居る人間を強制的に何処か別の場所へと移動させてしまうという、悪辣極まりないトラップだ。遭遇する可能性はそれほど高くないが、しかしいざ引っかかってしまった時の被害は筆舌に尽くしがたいものがある。

 魔物と戦うことも、ダンジョン内を探索すること自体も。パーティーを組むことが推奨、否、殆ど前提とされているダンジョン探索だ。そんな中で分断されるということがどれほど恐ろしいことかなど、わざわざ説明する必要もないだろう。これまでに報告された転移トラップについての話は、その殆どが『生存者』からのもの、要するに『飛ばされなかった』側からの報告だ。それがどういう意味かは理解り切っている。


 そして俺達もその例の一つとなった。言ってしまえばそれだけの話だ。ありふれているわけではないが、しかし誰にでも起こりうる出来事。ダンジョンという未知の存在が生み出した悪意の集約。

 どうにか合流を果たした時、既にアイツは事切れていた。泣きながらアイツの遺体を肩に担いで歩く仲間の顔は今でも覚えている。聞けば見たことも無いような魔物に襲われたらしく、生き残ったもう一人も酷い怪我だった。


 三人になってしまった俺達はそれでもダンジョンに潜った。生活費を稼がなければならないし、俺には養う家族も居た。誰も新しいメンバーを入れようだなんて言い出さなかったのは、きっとまだアイツの死を引きずっているからだろう。勿論俺だってそうだ。


 だが数カ月後、生き残ったもう一人も探索者を辞めると言いだした。あの時の傷が原因で、もはや昔のようには動けなくなっていたからだ。足を引っ張ることはしたくないと、そう沈痛な面持ちで語るアイツを俺達は引き止められなかった。

 残りは二人。既にこの時点で二人とも、口には出さずとも終わりが近づいていることをなんとなく察していた。その後の事は語る必要もないだろう。殆ど意地だけで一年ほど粘って、そうして俺達は終わった。


 これが俺の終わりの話で、今から十数年前の話。


 一人になった俺は、それでもダンジョンに潜り続けた。今更どこかに就職なんて出来るはずもない。ある程度の蓄えこそあったが、それもしばらくすれば尽きるのは目に見えていたから。

 今でこそダンジョン配信というシステムや引退後の探索者協会入りなんて制度もあるが、それはここ数年で始まった比較的新しい文化だ。当時の探索者は、ダンジョンから持ち戻るアイテムを売ることでしか金を稼ぐことなんて出来なかった。家族を養わなければならなかった俺には、探索者を辞めるという選択肢はなかった。


 それからの俺は家族の為がむしゃらにダンジョンへ向かった。以前であれば難なく倒す事が出来た魔物も、たった一人では簡単には倒せない。現実はそう甘くはなかったというわけだ。

 一人になった俺では深い階層まで潜る事も出来ず、結果として稼ぎも以前とは比べ物にならないほどに落ちた。元探索者である妻はそんな俺を一生懸命サポートしてくれたが、結局家族を養い続ける事は出来なくなってしまった。夫婦仲が悪化したという訳ではないので離婚こそしていないものの、現在は別居中だ。


 娘にだけは不自由な思いをさせたくないと、生活費を切り詰めてでも毎月少なくない額の生活費を送っている。妻の教育がよかったのだろう、多少特殊な性格に育ってしまったが、娘も俺のことを嫌っているわけではない……ように思う。今でも年に何度かは会いに行くし、その時は沢山話もしてくれる。まだ幼い頃なんて、俺の昔話を聞いては目をキラキラと輝かせてくれたものだ。妻も娘も、こんな情けない俺にはもったいない最高の家族だ。


 そうして俺は今もダンジョンに潜っている。一人での探索にも慣れ、ダンジョン内での立ち回りもある程度は確立出来た。全盛期に比べれば稼ぎは減ったが、娘達を養うことが出来る程度には回復している。探索内容はあまり誇れるような立派なものではないが。

 それでも俺が家族と離れて暮らしているのは、ある意味意地だった。あの頃と同じとまでは言わずとも、せめて娘に胸を張って報告できるくらいの俺に戻るまでは。


 ちなみに、娘は俺と妻の影響なのか探索者となった。ダンジョンについての情報やノウハウは妻から受け継ぎ、俺も何度か戦い方を教えたことがある。そのおかげなのかどうかは分からないが、娘は新人としては異例の快進撃を続け、今となっては驚くことに人気配信者の一人だ。その人気ぶりはかなりのもので、俺の稼ぎなんぞすっかり越えてしまっていることだろう。

 俺の仲間たちが今どこで何をしているかは分からないが、きっとあいつ等も娘の活躍を喜んでくれているに違いない。娘が生まれた時なんてまるで自分の事の用に喜んでくれた奴らだ。今はもう居ないアイツも、あの世から見守ってくれている筈だ。


 長くダンジョンに独りで潜っていたせいだろうか、柄にもなくそんな風に考えていた時だった。そこで俺は『彼女』と出会った。十人居れば五十人くらいが振り返るような美貌に、何を食ったらそうなるんだと言いたくなるような抜群のスタイル。どこか緊張を覚えてしまう細かな所作に、見たことも無いほどの実力と破天荒な言動。

『彼女』に誘われるがままダンジョンの奥へと進み、驚き、呆れ、空を飛び、そうしてこれまでの長い探索者生活の中でも見たことのないような成果を手にした。

 俺の中の常識が音を立てて崩れてゆく、まるで夢か幻のような、そんな一日だった。


 そんな『彼女』と出会ってから数日後。

 俺は部屋で一人『彼女』の配信を眺めていた。相変わらずのとんでもなさだ。転移トラップに引っかかった時なんて、過去の自分と重ねて冷や汗をかいたものだ。しかしそうかと思えば余裕の表情で再登場、あまつさえあの死神まで討伐してしまった。やること為すことがいちいち常識外れで、見ていてまるで飽きることがない。

 次は一体何をしでかすのか、不思議と期待してしまう。昔の俺達みたいな馬鹿馬鹿しいことを始めたと思えば、いつの間にか凛々しい瞳で魔物を屠ってしまう。きっとこういうのをカリスマ性っていうんだろうな。誰もを引き寄せ魅了する、そんな存在だ。今はまだ弱小配信者に過ぎない彼女だが、配信界隈のトップに君臨するのも時間の問題だろう。


 そんな彼女達と知り合いになれたのは本当にたまたまだ。あの時ダンジョンに潜って、柄にもなく一人黄昏れて居なければ彼女達と出会うことは無かっただろう。剣を教えてくれという頼みは素気なく断られたが、マネージャーっぽい子には連絡先を教えて貰えた。そのうち『彼女』の気分が変わるかもしれないから、だそうだ。

 家族に誓って言うが、別にやましい考えなんて一切ない。もう一度家族に誇れる探索者へ戻るため、ただ藁にもすがるような気持ちで強くなる切っ掛けに手を伸ばしただけだ。


 そんな風にスマホを眺めていた時、まるで俺がスマホを手にしていることを知っていたかのように電話が鳴った。

 画面に映し出されている着信名は『月姫かぐや』。俺の娘の名前だ。

 あいつから俺に連絡をしてくるなんて珍しいこともあったものだ。もしかしたら何かあったのかもしれない、そんな考えが頭を過る。慌てて取り落としそうになったスマホをすんでの所でキャッチして、何故か緊張で震える指で画面をタップする。

 久しぶりに聞いた娘の声は、酷く上擦っていた。


『─────っ!!もしもし、お父さん?……うん、久しぶり。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど────』

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