第44話 最ッ悪よぉ!!

 アーデルハイトが何処とも知れぬ場所でチンピラを狩り続けていた頃。

 一方の魔女と水精ルサールカメンバー達はダンジョンを進みつつ捜索を続けていた。とはいえ、これは別にアーデルハイト達を心配してのことではない。

 同時視聴を行っている視聴者達からはあちら側の近況も定期的に報告されるのだ。彼等の話によれば、どうやらアーデルハイトはトラップに引っかかったことなどまるで気にする様子もなく、未踏破地域と思われる場所で蜥蜴人を千切っては投げ千切っては投げしているらしい。


 そもそも彼女の実力は既に魔女と水精ルサールカメンバーの全員がその眼で実際に確認をしている。この国でもトップ探索者の一員であると自負している魔女と水精ルサールカだが、アーデルハイトの実力はそれを遥かに上回る。心配するだけ無駄だろう。


 しかし合流は果たさねばならない。

 今回のコラボは魔女と水精ルサールカ側からの打診であり、25階層を突破するための助っ人として招聘した形だ。外野が何と言おうとも、魔女と水精ルサールカ側が助力を乞うたというのが実際のところである。放置して進むことなど考えられない事だったし、何よりそれでは招いた意味が失われてしまう。

 未踏破地域に飛ばされていることだけは分かっているため、何処かにその地域へと繋がる道が無いかと探している訳だ。


「もう目ぼしい場所は全部見たよねー?」


「少なくとも正規ルート沿いに見落としはないと思うわよぉ?」


「まぁ、そない簡単に見つかるようやったらとっくにうちらが発見してるわな」


「とはいえルートを外れるのは不味い」


 目の届く範囲内で散開し、声を掛け合って辺りを捜索する魔女と水精ルサールカ。進行速度を落としているとはいえ、あれから既に数時間が経過している。既に彼女達は現在25階層までやってきており、ここまでの道程に怪しいような箇所は見当たらなかった。もしかすると脇道や少し逸れた場所に隠し通路があるのかも知れないが、正規ルートから離れすぎると今度は魔女と水精ルサールカ側が戻るのに時間を要するため、広範に渡っての探索が出来ないのだ。


 そして何より、20階層を越えた辺りから徐々に魔女と水精ルサールカ側の余裕も無くなってきている。20階層は丁度、出現する魔物のランクが一段上昇する境目だ。如何に強力になった魔物とはいえ、何度も25階層に挑んでいる彼女達が魔物達に遅れを取ることはないが、しかし油断していいような相手でもない。そんな決して楽ではない戦闘中にもしもルートから外れるような事があれば、最悪の場合彼女達まで遭難しかねない。


 そういった様々な理由から、魔女と水精ルサールカはあまり積極的には動けなかった。おまけに、目的地である25階層まで辿り着いてしまったのだ。こうなった以上、彼女達に出来ることはアーデルハイトが自力で脱出してくるのを待つだけであった。危険な状況ではないと分かっているため、今はまだ焦る必要もない。

 そうして手詰まりとなった彼女達は、視聴者からの反応を待ちつつ階層主の部屋前で休息をとることにした。


「いやー!やっぱコラボして正解だったね!まさかこんな事になるなんてねー」


「攻略どころや無いけどな。ま、退屈せぇへんってとこは同意するわ」


「仮に今回は失敗だとしても、私としては得るものが大きかったわねぇ」


「そう。あの戦いをこの眼で見られたことはいい経験になった」


 手頃な段差や岩の上に腰掛け、今回のコラボ配信について口々に感想を述べる魔女と水精ルサールカの四人。周囲を警戒するような様子はまるでなく、彼女達はすっかり気を抜いた顔で体力の回復を図っている。ダンジョン探索に詳しくないものや、初めてダンジョン配信を見る者達が居れば、こんな危険地帯で一体何を悠長にしているのかと思うことだろう。しかしこれはダンジョンにおける常識であり、人気ダンジョンであれば良く見られる光景でしかなかった。


 階層主の居る部屋の周辺は、不思議な事に魔物が現れない。これは京都のみならずどのダンジョンでも同じことであり、恐らくは縄張り的なものが魔物達にも存在するのではないかと言われている。つまり階層主直前は一種の空白地帯で、探索者達が周囲を気にすること無く体を休めることの出来る唯一の場所といっていい。上級探索者である彼女達はそれを理解しているからこそ、こうして呑気に雑談が出来るという訳だ。


 しかし警戒を解いているとはいえ、ただダラダラと座っている訳では決して無い。くるるはタオルで汗を拭きながら水分を摂り、紫月しずくは目を閉じて壁に背中を預けている。クオリアは入念なストレッチを行っているし、リーダーであるスズカにしても、岩に腰掛けて携帯食料をぽりぽりと齧っている。


 探索者にとって、休める時に休むのは立派な仕事である。そうしなければいざという時に戦えないし、何よりも怪我をする確率が跳ね上がる。

 アーデルハイトのゴリ押しを見ているとすっかり忘れそうになるが、ダンジョン探索とはハイリスク・ハイリターンだ。仮に大きな戦果を挙げたとしても、無茶をして死んでしまえば何も得られない。故に探索者達は常に安全を第一に考えなければならないのだ。気が逸って無茶をするか、あるいは自分達でも気づかぬ内に体力を消耗してしまう。それが新人の命を落とす最たる理由である。魔女と水精ルサールカのメンバー達はそれをよく理解していた。


「ミストレス戦はマジで永久保存しとこ!あ、切り抜きお願いね!何回でも笑えるよアレ!」


「笑い事やあらへん。何をどうやったらあそこまでになんねん」


「確かに彼女の身体能力は異常。でも身体能力だけじゃない」


「跳躍力もそうだけど、バランス感覚が凄かったわぁ。空中での姿勢制御もそうだし、何より蹴りが鋭すぎるわ。力の伝達に一切の無駄がない。あれは間違いなく『技術』よぉ」


 紫月しずくの意見にクオリアが同意し、その眼で見たアーデルハイトの戦いを振り返る。一見すると身体能力に物を言わせたゴリ押しに見えて、その実、彼女の戦いには確かな研鑽が見て取れる。対人格闘にも自信のあるクオリアであったが、地に足の付いていない空中であれほどの威力を持った蹴りを放つことなど、とてもではないが出来る気がしなかった。まるで全身をバネのように使うことで跳躍の勢いをそのまま利用し、そうして生み出した力を余すこと無く脚に伝えて解き放つ。それは身体能力だけでは為し得ない、高度な技術に他ならないのだ。


「……戻ったら稽古付けてくれないかしらねぇ?」


「あ、いいねそれ!それで私達全員がパワーアップしたら25階層くらい余裕かも!」


「ある程度の身体能力が前提であることも忘れてはいけない」


「確かに、姫さんから学べることは多そうや─────ん?」


 そうしてダンジョンから戻ったあとの事を相談していた時だった。スズカが不意に自らの言葉を途中で切った。直後に素早く立ち上がり、眉を潜めながら周囲を見回し始める。そんな彼女の表情は剣呑で、先程まで雑談していたとは思えないほどの緊張感を持っていた。


「え、何々?どしたん?」


「────何か……嫌な感じするで。リアは?」


「あたしは何も────いえ、言われてみれば確かに何か感じる、かも……敵?でも……」


「ここは階層主前。魔物はやってこない筈────っ!!」


 どうやらくるるには何も感じられず、勘の鋭いスズカと気配に敏感なクオリアだけが何かを感じ取っている様子だった。紫月しずくがそんな二人の意見を否定するも、直後に何かを思い出したかのように立ち上がった。魔女と水精ルサールカの情報担当である彼女の頭には、ダンジョンに関する様々な情報が入っている。

 採取出来る鉱物の外見と分布や魔物の種類と名前、その特徴や生態、そして弱点。正しい道順や脇道でさえも、ある程度であれば彼女は地図を見ずとも答えられる程度に把握している。そんな彼女の脳裏には現在、ある魔物の名前がぐるぐると泳いでいる。


 それはダンジョン内に生息する魔物の中でもとびきり異質で、明らかに他とは違った特徴を持つ魔物。ダンジョンが現れてから数十年、世界中の至るところで確認されつつも、未だ誰も倒すことが出来ていない厄介な存在。それは神出鬼没で出現条件も不明、気がついた時には眼の前に出現している希薄な存在感。そうかと思えば攻撃の際に漏れ出る殺意は凄まじく、異常な程に好戦的でありながらもこちらからの攻撃は一切受け付けない、卑怯としか言いようのない特性を持つ。探索者協会から発表されている対抗策は他のフロアへと『逃げる』、ただその一点のみ。ダンジョン内に於いて、ある意味階層主よりも余程危険な存在。その名は────


「───死神リーパー


 呟いた紫月しずくの見つめる先、階層主の部屋へと続く扉の前にそれは居た。冥い襤褸ぼろを深く被った異様な容貌の所為で顔を窺うことは出来ない。フードに覆い隠された漆黒の中には怪しく光る二つの双眸。その手には長身であるクオリアの身の丈程もある大鎌が握られ、ふらふらと揺れていた。脚はなく、ただ異様な気配を放つ襤褸が中空に浮かんでいるだけのような存在。


 死神リーパー

 全ての探索者達が恐れる最悪の魔物。現在確認されている全ての魔物の中で、唯一の『霊体型』と呼ばれる存在。階層を進むか戻るか、或いはパーティーを全滅させるまでしつこく付き纏う、正しくダンジョンの死神。それが、じっと魔女と水精ルサールカの四人を見つめていた。


「────ッ!!24階層まで退くで!!くるるとリアで道けぇ!!紫月しずくは遊撃!ウチが殿しんがりや!」


「了解っ!紫月しずくはリアの援護して!」


「了解」


「ああもぅ!最ッ悪よぉ!!」


 スズカが素早く指示を飛ばし、四人が背を向け駆け出すと同時。死神もまた彼女達を追うようにゆっくりと動き始める。アーデルハイトが爬虫類系ヤンキー共と遊んでいた頃、こうして魔女と水精ルサールカの撤退戦は幕を開けたのだった。


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