第45話 真打ち
「ぐッ─────キッツいわボケェ!!」
もう何度目になるか分からない凶刃を受け止め、どうにか側方に弾き返しつつ地面に転がるスズカ。ダンジョン内の荒れた道で泥まみれになりながらも、携えた長柄の戦斧を離す事無くどうにか
とはいえ、当然ながら無傷ではなかった。彼女の体は既に切傷だらけで、頬や腕など目に見える部分から血を流している。未だ致命傷に至るほどの大きなダメージを負っていないのは、偏に彼女の実力とレベルの高さ故である。
霊体型などと言われておきながら、手にした大鎌だけは物理的な干渉を受け付ける。そのくせ、こちらからの攻撃はその一切が無効。そんな巫山戯た存在である
もう何年もダンジョンに潜り続けている彼女達は、回数こそ多くはないものの、これまでにも何度か
しかし今回は状況が悪かった。
故に彼女達は入り口まで撤退するしかなかったのだが、それもまた困難だった。20階層を越えてから、ダンジョン内に出現する魔物の強さがワンランク上がっているからだ。それまではゴブリンやコボルト等、ダンジョン内では場所を問わず目にする弱い魔物達が主であったが、20階層以降は知能と敏捷性が低い代わりに力と耐久力に優れた
それらの魔物は如何に
不運なのか、それともダンジョンの悪戯なのか。そんな様々な悪条件が重なった結果、
「痛ッ───てぇなこのクソ豚コラァ!!」
「はぁ……はぁ……くっそ……硬いなぁもう!!」
「っ……
階層入り口へと駆ける
二人の援護をしている
何よりも、殿を担うスズカの消耗が激しかった。口はなんだかんだと動いてはいるものの、脚はもうほとんど動いていない。加えて、彼女が手にする戦斧は振るうだけでも体力を大きく消耗する威力重視の武器であるが故に、腕の方もそろそろ限界が近くなってきていた。
しかしそれでも、彼女達は少しずつ道を切り開いていった。明らかに限界が迫っているにも関わらず、諦めること無く自分達に出来る最善を尽くすその姿は流石トップ探索者といったところだろうか。
彼女達は誰も今の状況を悲観していなかった。確かに最大のピンチであるのは間違いないが、これまでにも死線は何度も潜っている。諦めて喚き散らしたところで状況は何も変わらないことを彼女達はよく知っているのだ。限界は近いが、奮戦の甲斐あって目的の入り口まで後少しというところまでは来ている。ここが踏ん張りどころであると全員が理解していた。
視聴者達の存在も大きかった。
常に視界の隅に表示されている、滝のごとく流れるコメントの数々。そのどれもが彼女達を必死に応援する声であり、それを目にする度に体力が回復するような気がした。無論そんな筈はないのだが、彼女達ダンジョン配信者にとってはリスナーの応援こそが最大の力だった。
既に作戦など有って無いようなものだった。ただ目の前に立ち塞がる魔物達を、気合と根性のみで突破してゆく。
どれほどの時間が経っただろうか。
満身創痍となった
「見えた!!」
まだ消えていない魔物の死体の上に飛び乗り、
「リア!あとちょっと踏ん張れ!!」
「うぉらァァァァァ!!」
クオリアが盾を構えて吶喊する。何時止まるか分からない脚を必死に前へ動かし、長身を活かして装甲蟻を上から叩き潰す。クオリアが開けた穴を
脚を削り、視界を奪い、腕と武器を奪う。得られた成果は斬りつけた魔物によってそれぞれ違ったが、
「いッ─────痛ったああああああい!!」
限界を越えた脚が悲鳴を上げる。うまく着地出来ずに転がる。そんな
「舐めるな」
誰に言うでもなく静かに呟いたのは怒り。
仲間を葬らんとする魔物達に対するものか、それとも未だ健在である自分を無視したことに対するものなのか。普段は感情を表に出さない
銃器は魔物に対して効果が薄いというのがこの世界の常識だが、魔物の極々小さな弱点をピンポイントで狙うことが出来るのならば話は別だ。小銃では着弾がブレるためにどうしても運が絡むが、狙撃銃であればそれを可能にする。勿論それはただの理論値の話で、動く相手の口内や眼球を狙って命中させることなど狙って出来ることではない。しかしそれこそが、効果が薄いと言われている狙撃銃を
彼女は他の者に比べて集中の深さが異常だった。加えて眼もよく、天性の勘も持っていた。普通の人間には不可能とされる理論値。机上の空論でしかなかったはずのそれを、
一発、二発と立て続けに響く射撃音。大型の狙撃銃であるが故にその反動も当然凄まじいものとなる。鍛え上げた軍人ですら持て余しかねない、小柄な
ここで全ての銃弾を使い果たす事に決めた
そうして戦うこと数分、固定砲台と化した
「抜けた!!」
「っしゃぁ!!これで最後だ!走るぞ!!」
「うぐっ……」
集中力を使い果たしてぐったりとしていた
「スズカ!!前空いた!そいつ振り切っ─────え?」
クオリアと
前方で三人が道を切り開くために奮戦していたのと同様、スズカもまた後方で死闘を繰り広げていた。否、攻撃が通じず一方的に受けることしか出来ないのだから、死闘などと呼べるような戦いではなかったかも知れない。
「アカンわ。もう足全然動けへん」
致命傷はまだ負っていないように見える。右腕から出血しているのを見るに一撃を受けたのは間違いないだろうが、
「ええから行き」
「な……バカ言わないで!そんなこと出来るわけ────」
「アホぅ。さっさとしぃや、もうあんま時間ないで」
振り返ること無くそう告げるスズカの声に、
しかし頭では理解していても、はいそうですかと背を向けることなど彼女には出来なかった。そうして
そこからはあっという間だった。
スローモーションで流れる
辺りに鳴り響くのは『こぉん』というどこか間抜けな金属音。振り下ろされた大鎌とスズカの間には一体いつの間に現れたのか、一本の鉄パイプが突き刺さっていた。ベコベコに凹み歪んだそれは、おまけのようにバルブと大量の血痕付きである。
そんなどこかホラー地味た鉄パイプに続き、入り口の方から鈴を転がすような声が聞こえた。
「真打ちは─────」
「遅れて登場するのがメキシコ式ですわー!!」
華美でありながらも気高く、まるで彼女の高潔さが形となったかのような純白に身を包み。手には燃え盛る炎のように紅い刀身を持った細身の長剣を携えて。
謎の一言と共に、アーデルハイトがスズカの目の前へと降り立っていた。
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