第186話 幕間・知らないうちに

 探索者協会本部、第一会議室。

 そこには現在、複数人の職員が集まっていた。眉に皺を寄せながら話を聞いている者や、しきりに頷いては同意を示す者。腕を組んで難しい顔をしている者もいれば、手元の資料を目で追っている者もいる。態度は皆それぞれではあるが、ここに集まっているの者は誰もが、何かしらの役職に就いている。


「───というわけで、軽井沢の件については以上となります」


 進行役の若い男───探索者協会本部所属の職員、阿久津あくつがそう言って話を締め括る。それを受け、奥の席で腕を組んでいた壮年の男が、苦々しそうに唸り声を上げた。


「よもや嫉妬が原因とはな……その三人は死亡しているのか?」


「状況を鑑みるに、ほぼ間違いなく」


「そうか……被害を受けたパーティへの保証は頭が痛い問題だが……我が国を代表する有力パーティに死人が出なかったことが救いか」


「はい。救援に向かったパーティが優秀だったようです」


 阿久津にそう言われ、壮年の男───探索者協会本部、協会長である不二総一朗ふじそういちろうが手元の資料へと目を落とす。そこには『大規模合同探索』に関わったパーティの一覧と、軽井沢支部からの要請を受け、救援に向かったパーティの情報が記載されていた。


「……成程、彼女達かね」


「はい。近頃何かと話題に挙がることの多い、例の『要観察探索者』です」


 阿久津の言う『要観察探索者』とは、京都ダンジョンに於いて、世界初となる死神討伐を成し遂げた例のパーティのこと。つまりは異世界方面軍のことである。彼女達の成し遂げた成果、それだけを見れば、協会ひいては探索者界隈への貢献は著しい。だがやること為すことがいちいち大きく、その度に対応を迫られる。協会としてはどうにも扱いに困るパーティだった。


 本来『要観察探索者』というのは、戦闘能力は高いが活動期間が短く、その活動内容や人格が定かではない探索者を警戒する為のものだ。一般人よりも身体能力に優れた探索者が犯罪行為に走った時、速やかに制圧するための措置でもある。何を隠そう、デビューしてから暫くの間は、『†漆黒†』のメンバーも『要観察探索者』に指定されていた。今となっては協会からも認められた、日本を代表するパーティの一つである彼等。だが普段は怪しげな言動が目立つため、ある意味当然といえるだろうか。


 大雑把に言うならば、『何を仕出かすか分かったものではない新人』に対して贈られるのが、この『要観察探索者』という不名誉な称号である。


「京都の件、渋谷の件に加えて伊豆ダンジョンの攻略。有明に現れた未知の魔物討伐。そして今回の軽井沢。新人探索者でありながら、その功績は既にそこらの探索者の比ではありません」


「確かに」


「彼女達のおかげで、他国の探索者協会よりも情報面で先んじることが出来ています。その功績や大───私としては、もはや観察の必要はないと考えます」


 何やら若干熱のこもった声色で、阿久津がそう力強く提言する。実はこの男、既に異世界沼にどっぷり嵌った騎士団員でもあるのだ。そんな熱弁を振るう阿久津に若干引きながら、不二は別の職員へと水を向ける。


「……花ヶ崎室長。実際のところ、彼女らはどうなんだ?」


 話を振られた花ヶ崎蒼はながさきあおいは、既に自分に問いが来ることを予想していたのだろう。彼は突然の問いにも慌てることなく、ただ淡々と答えた。


「実力、人格、共に問題ありません」


「……珍しいな。君がそこまで言うのは」


「気になる点はいくつかありますが───彼女らがこの国で探索者として活動をしている、そのメリットに比べれば些細な事ですので」


 花ヶ崎がそこまで言ったところで、これまで静かに話を聞いていた別の職員が発言する。細眼鏡をかけた、如何にも『出来ます』といった感のある女性だった。彼女は手元の資料に目を落としつつ、鋭い視線を花ヶ崎へと送っていた。


「お待ち下さい。今の花ヶ崎室長の仰り様は、まるで『問題はあるが見なかったことにする』という風に聞こえるのですが」


 そう言って、再び花ヶ崎へと厳しい目を向ける女性。立場で言えば花ヶ崎の方が余程上なのだが、どうやら彼女は物怖じしない性格をしているらしい。しかし当の花ヶ崎はどこ吹く風。女性職員の方には一瞥もくれず、当然であるかのようにこう答えた。


「その通りです」


「なっ───!? そんなこと許される筈が───」


「では、どうするのですか? 少々怪しいからといって、難癖つけて取り調べでもしますか? 或いは、探索者免許の剥奪でもしてみますか? 世界で初めて死神を討伐し、世界で初めてダンジョンを制覇した彼女達を? そうなれば、彼女達は活動拠点を他国へと移すでしょうね。彼女達が齎してくれる筈だった様々な恩恵を、一体誰が補完してくれると?」


「そ、それは……」


 ひどく平坦な声色で、花ヶ崎が矢継ぎ早に問いかける。花ヶ崎の言う気になる点とは、探索者登録時に使用された証明書類が、ということだ。だがそのようなこと、花ヶ崎に言わせれば『どうでもいい』話に過ぎない。新たなダンジョンや魔物の情報、未知の資源、素材、そして圧倒的な武力による他者の救援。それに加え、『魔法』とやらによる索敵まで行えるというではないか。魔法に関しては半信半疑ではあるものの、彼女達の機嫌さえ損ねなければ、日本のダンジョン探索は他国よりも数段先に進むことが出来る。証明書類がどうだのと議論する必要すら、花ヶ崎は感じていなかった。


「米国あたりは、喜んで彼女達を招聘するでしょう。どうやら『魅せる者アトラクティヴ』との繋がりもあるようですし……下手にちょっかいを出して彼女達の機嫌を損ねたら、責任取れますか?」


「……っ」


「ダンジョンだなんて、そもそもが怪しいものに関わっているんですから、もっと柔軟に行きましょう。有力なパーティの特別扱いなんて、何処の国も普通に行っていることですよ。それこそ『魅せる者アトラクティヴ』がいい例ですしね」


 そう言って話を締めくくり、花ヶ崎は眼を閉じる。


(まぁ彼女達については、僕もあんまり良く分かってないんだけどね……)


 今しがた花ヶ崎が捲し立てた言葉は、全てが妻である刹羅の受け売りだ。何しろどう調査しようとも雲隠れされてしまい、あっさりと撒かれてしまうのだ。酷く情けない話ではあるが、異世界方面軍に関する情報は、彼女達自身が配信で話している以上のものがない。


 それでも、彼女達が為してきた功績は紛れもない事実だ。故に蒼は、刹羅の忠告に全乗っかりすることにしたのだ。彼は涼しい顔をしているが、実際には女性職員に噛みつかれた時、背中にびっしょりと汗をかいていた。ともあれ、一先ずこの場は乗り切ることに成功したのだ。他の職員に突かれないうちに、蒼はさっさと話を纏めることにした。


「彼女達は『敵対さえしなければ最高の探索者』、それが私の判断です」


「む……そうか。なんとまぁ、扱いの難しい者達だな」


「扱いやすい探索者の方が少ないですがね」


「確かに」


 二人のやり取りを聞いていた不二も、概ね蒼と同意見であるらしい。不二は協会長という立場にあって、しかし中々に柔軟な思考をするタイプだった。これが規律にうるさいタイプであれば、今回のように上手くは行かなかったかもしれない。


「では、彼女達の『要観察』は現時点を以て解除。暫くは静観としよう。要らんちょっかいを出すなよ?」


 不二がそう言い、ぐるりと参加者達を見回す。どうやら反対意見はないらしく、参加者達は一様に相槌を打っていた。それを見届けた阿久津が満足そうに、次の議題へと会議を進行させる。そもそも今していた話自体が、議題でもなんでもない、ただの脱線だったのだが。


「では次へ。先日の有明で起きた、ダンジョン外での魔物発生の件ですが───」


 こうしてアーデルハイト達は、本人達の知らないところで、知らない人達による会議の結果、知らないうちに『要観察探索者』から『干渉禁止探索者アンタッチャブル』へとクラスチェンジしたのだった。


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