第171話 イカれたメンバーを紹介しますわ!
異世界方面軍一行が軽井沢支部に到着した頃には、既に夜の帳が下りていた。彼女達の部屋からは見ることが出来ない美しい星空は、しかしそれでも、あちらの世界と比べればどうしても見劣りしてしまう。そんな星空には目もくれず、どんよりとした疲れ顔まま、四人は支部の扉を開いた。
「ずっと座っていた所為で腰が痛いですわ……」
「実に興味深かった。またやろ」
「次はまた温泉に行きたいですわー……」
見慣れぬ乗り物の数々に、当初はいちいちはしゃいでいた新参異世界出身者の二人。疲れを逃がすように伸びをするアーデルハイトとは対照的に、職業柄か、オルガンの瞳はギンギンに開かれていた。普段は眠そうに半目ばかりでいる癖に、随分と現金なものである。
支部の内部は喧々諤々。職員達はあっちへこっちへと忙しなく動き回っている。合同探索には参加していたものの、現場よりも浅い層で探索していた為に巻き込まれずに済んだ者達。彼らもまた、どこか鬱屈した表情を浮かべながら食堂内に待機していた。恐らくは、救援に向かいたくとも出来ないのだろう。
何しろ、あの『†漆黒†』ですら壊滅する程の物量だ。数は時として質を上回るなどと言われることはあるが、その質ですら劣る彼らでは、とてもではないが救援に出ることなど出来はしない。
そういった背景からか、職員達はおろか待機中の探索者達でさえも、支部内に足を踏み入れたアーデルハイト達に気づくことはなかった。とはいえ、アーデルハイト達もまた今しがた到着したばかりである。当然ながら、詳しい現在の状況など知る由もない。故に一先ずは情報を得るべく、協会の受付カウンターへとクリスを送り込むことにした。
他の職員達は色々な対応に駆けずり回っているのだろう。本来であれば受付担当が数人は座っている筈のそこには、たった一人の職員しか座っていなかった。ひどくしょぼくれた、見るからに落ち込んでいる受付担当職員。そんな職員へと、クリスが普段通りの調子で声をかけた。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「……」
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「あぁ……皆大丈夫かなぁ……」
取り残された探索者の心配をしているのだろう。協会職員としてはまさに鑑のような姿ではあるが、受付担当としては落第だ。クリスの声など聞こえていない様子で、まるでうわ言のように一人で呟く受付職員。このままでは埒が明かないと考えたクリスは、思い切ってその額へと攻撃を開始した。つまりはデコピンである。
「何でこんなことに……うぅ……」
「ていっ」
「あ゛いだァーっ!!え!?は?何ですかァ!?」
「あの、少しよろしいでしょうか?」
突如として頭部を襲った衝撃に、涙目になりながら我に返る受付職員。前髪を分け、大きく出されたかわいらしい額が真っ赤に染まる。余談だが、クリスのデコピンは死ぬほど痛い。
ともあれ、漸くまともに話が出来るようになった職員へと、クリスは先程までと一字一句変わることのない問いを投げかける。受付職員はそんなクリスの顔を見つめ、混乱しつつもどうにか普段通りの業務を行おうとして───支部内に響き渡るほどの大声を上げた。
「え、あ、すみませ……ああああァーッ!!」
「……情緒が凄い事になってますね」
「あ、あなっ、あなたは、あのっ、あ…………支部長ぉー!!」
「ちょっ!!……はぁ」
そうしてクリスの制止の声すら聞かず、どこかへと走り去っていってしまった。去り際の台詞から察するに、支部長とやらを呼び行ったのだろうが。ただ現状を聞きたいだけだというのに、随分と面倒なことであった。
そうして数分後、デコ出し職員は一人の男を連れて戻ってきた。恐らくは彼がここ、軽井沢支部の支部長なのだろう。ロマンスグレーの髪を後ろへ撫でつけた、口ひげの素敵な老紳士だ。支部長というよりも洒落た喫茶店のマスターか、バーテンダーか、或いはどこぞの執事だとでも言われた方が余程しっくりくるような、そんな男だった。
「先ほどはうちの職員が失礼を。私はこの軽井沢支部の長、氷室と申します。貴女は異世界方面軍のクリス様とお見受け致しますが、相違ありませんか」
「ええ、そうで───」
「相違ありませんわ!!」
氷室支部長の誰何に対し、クリスが肯定しようとしたところであった。何時まで経っても戻ってこないクリスに痺れを切らしたのか、残る異世界方面軍のメンバー全員が受付までやってきたのだ。そんな突然現れたアーデルハイト達に対しても、氷室は表情を崩すことはなかった。
「これは皆様、よく来て下さいました。そして要請に応えて下さったこと、協会を代表してお礼申し上げます。さて、それでは───早速現状の説明に参りましょうか。無駄なお喋りはお嫌い……そうでしょう?」
「話が早くて助かりますわ。伊達に支部長ではありませんわね……合格!!」
「出来るジジイだ。グッド」
「この二人、そろそろ怒られても文句言えねーッスよ……」
アーデルハイトは遥かな高みから氷室を褒め、オルガンもまたそれに続く。相手によっては煽っていると思われても仕方がない、そんな偉そうな態度である。そんな非常識な異世界組の態度に、一般市民代表の
「ありがとうございます。ではそちらのテーブルへ。私からお話させて頂きます」
そうして、何かに合格した氷室に案内される異世界方面軍の一行。この頃には既に、彼女達の到着は周囲の探索者達にも伝わっていた。恐らく、彼等は異世界方面軍の実力を見知っていたのだろう。そのおかげか、陰鬱としていた彼らの顔には幾許かの色が戻ってきていた。
* * *
「と、これが現在の状況です」
状況説明が始まってから凡そ15分後、そう言って氷室は話を締め括った。
ここ軽井沢ダンジョンの最高到達階層は20階層。そして事件が発生したのは15階層とのこと。『†漆黒†』の配信はカメラのバッテリー切れにより二時間ほど前に終了しており、それ以降の詳細な状況や現在位置は不明。また、16階層には三組の探索者パーティが取り残されていることが判明した。どうやら今回の犯人は上の階層からも魔物を引き連れてきたらしく、それらの魔物が更に仲間を呼び寄せることで、もはや収拾がつかなくなってしまったらしい。結果として現在の15階層は、階層主を含めた大量の魔物で溢れかえっており、『†漆黒†』の配信で確認出来ただけでも、その数は優に百体を超えるであろうとのことだった。なお、犯人の所在は未だ不明である。
頼みの綱の『†漆黒†』も負傷により戦闘が困難である事。何より、万全な状態であったとしても対処しきれない程に魔物が集まってしまったこと。正規ルートから外れてしまっていることや、元より長期滞在の予定が無かった為に、物資を最低限しか持ち込んでいないこと。そういった諸々の事情が絡み合い、今の状況が生まれてしまった。氷室の話を纏めれば、概ねこんなところであった。
「『大規模合同探索』の最終日ということもあって、皆疲労も溜まっております。ただでさえ集まった魔物に数で負けている今、ここにいる探索者の方々ではとても手が出せないのです。故に、こうして恥を忍んで救援を要請致しました」
「成程……状況は概ね理解しましたわ。いいでしょう!!わたくしたちにどーんと任せなさいな」
「おぉ……!!どうか宜しくお願い致します!!」
自信満々に胸を張るアーデルハイトの姿は、氷室からすれば救世主か、或いは戦女神にでも見えたことだろう。成程確かに、アーデルハイトの戦闘力を鑑みれば、百かそこらの魔物など有象無象に過ぎないだろう。だがしかし、だからといって問題がないわけではなかった。そう、現在の彼女達は切り札を封じられているのだ。
「いやまぁ、その、やらかしたウチが言う事でもないかもしれないッスけど……どうやって探すつもりッスか?」
「そうですね……ここ軽井沢ダンジョンは、一層毎の面積がなかなかに広いと聞いています。砂漠で米粒を、という程ではありませんが……正規ルートを外れているとなると、捜索はかなり難しいですよ」
その件について先ほども騒いでいた訳で、かつ、それは未だに解決していない。だがアーデルハイトには何か考えがあるようで、その自信に満ちた表情が揺らぐことがない。そうして彼女はドヤ顔のまま『ふんす』と鼻を鳴らし、懐から取り出したスマートフォンを自慢気に構えた。
「心配ご無用!既に助っ人を招集済みですわ!こちらに来るついで、ミギーの木魚も買ってくるように頼んでおきましたわ!!」
「あぁ……何か電話をしているなと思いましたが……ですがナイスですね。木魚さえあれば、
「ふふん!わたくしの手管にひれ伏すがいいですわ!そしてなんと……丁度先ほど連絡がありましたの!そろそろ到着するはずですわ!」
アーデルハイトがそう告げた直後。まるでタイミングを図っていたかのように、支部の扉が勢いよく開かれた。そうして些か乱暴に姿を現したのは、パシリに使うにはひどく勿体ない人物であった。赤みがかった金髪を頭の後ろで纏め、露出度の高めな服装のチンピラ女。
「よォ姫さん。来たぜ。遅くなって悪ィなァ」
「イカれたメンバーを紹介しますわ!まずはチンピラのベッキー!!」
「あァ?」
「以上ですわ!!」
アーデルハイトに買い出しを命じられた人物。それはかの有名な『
しかし、駅では『人海戦術』などと言っていたアーデルハイトだが、実際に呼んだのは一人だけ。実力面では申し分ないレベッカだが、しかしこれでは到底人海戦術とは呼べない。
「じょ、冗談ですわ。本当はあと一人声をかけている方がいましたの。ただ、どうやら先にダンジョンに入ってしまったようですわ……」
クリスから胡乱げな目を向けられ、アーデルハイトは慌てた様子でそう白状する。その人物に心当たりのあった氷室が、アーデルハイトの言葉を補足した。
「あぁ、東海林さんですね。確かに、一時間程前にいらっしゃいました。我々も単独では危険だと引き止めたのですが……結局、そのままダンジョンへ入ってしまいました」
「おじさまも、あれで大概親馬鹿ですわね……とまぁそういうわけですので、わたくし達も急いで追いかける必要がありますわ」
アーデルハイトが声を掛けていたもう一人の人物。それは
「あー、なんだ。その前に、二つほどアタシからいいか?」
そうして席を立とうとした一行へ、レベッカから待ったがかかる。普段から粗野であけすけな物言いをするレベッカであるが、しかし今の彼女は珍しく、どこか居心地悪そうに頭を掻いていた。
「まず頼まれてた───モクギョ?なんだけどよォ……結構な店を回ったんだが、見つからなくてなァ……」
「えっ」
「仕方ねェだろ!!だから一応、代わりになりそうなの買ってきたんだよ!」
そういってレベッカが気まずそうに取り出したもの。それはカラオケ等でよく見る、例のアレだった。
「タンバリンじゃねーっスか!!」
「……
「無理ッスよ!!叩ければなんでもいいわけじゃないんスよ!!ていうかじゃあコレ楽器屋行ってるじゃん!!売ってねーよ!!」
タンバリンを受け取り、地面を転がり悶絶する
「あー、なんか悪ィ……」
「哀れですわね……それで、もう一つは一体何ですの?」
「あぁ、そうそう。アタシ一人で来るのもアレだったからよォ、実はもう一人呼んで来たンだよ」
「あら、それは大歓迎ですわ。今はとにかく人手が必要ですもの」
「お、そりゃ良かった。おーい、旦那ァー!」
レベッカはそう言うと、協会の外で待たせているらしいその人物を迎えにゆく。そうして再び姿を見せたレベッカの後ろには、ひどく見覚えのある、どこか陰のある童顔の男が立っていた。
「ふん。こちらの世界にもダンジョンがあるとは聞いていたが────」
「チェンジですわ!」
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