第170話 わたくしのステーキ弁当

「おい、アレ……」


「あぁ……間違いねぇ」


「急な出張なんざクソだと思ってたけど……」


「まさか部長の無茶振りに感謝する日が来ようとはなぁ……ありがたやー」


 恐らくは出張であろうか。

 新神戸から東京へと向かう新幹線、そのグリーン車の中。スーツ姿の男が二人、通路を挟んだ隣の座席へと視線を送っていた。そんな彼らの視線の先には四人の女性の姿があった。男達は彼女達の顔を見知っており、偶然居合わせた幸運に喜び震えている。まるでアイドルにでも遭遇したかのような様子だが、それも無理ない事かもしれない。ファンからすればある意味似たようなもの、或いはそれ以上の価値があるかもしれない幸運なのだから。


 一人を除き、到底日本人には見えない彼女達。

 うち二人は周りの迷惑にならないように声を潜め、その状態で器用に騒いでいた。


「ちょっと!!なんですのコレは!!速い!すごく速いですわよ!!火竜精霊サラマンダーより速いですわ!!」


「……げに恐ろしきは異世界の技術力。コレ程の質量で人を乗せて、これだけの速さで運ぶとは……魔法ではちょっと難しい。うん、ちょっとだけ」


 驚嘆を隠そうともせず、窓にへばり付いて外を眺めるアーデルハイトとオルガン。凡そ貴族令嬢らしからぬみっともない姿であったが、異世界出身の二人にとってはそれだけ衝撃的だったのだろう。こと戦闘技術に於いて、あちらの世界に遅れをとり続けているこちらの世界。だがこういった生活に根差す技術面では、目を見張るものがあった。オルガンなどは本人が技術者ということもあってか、負け惜しみで強がっている程だ。


 あちらの世界が殊更不便というわけではない。魔法技術が発達しているおかげで、生活水準が恐ろしく低いという訳ではないのだ。だが、所詮は『低くない』というだけに過ぎない。利便性に関しては比べるべくもなく、特に交通関係に於ける技術差は顕著だった。戦闘以外の面を見れば、疑う余地なくこちらの世界に軍配が上がるだろう。


 協会からの救援要請を引き受けた異世界方面軍の一行は、最短で現地へと向かうべく新神戸駅から新幹線に乗り込んでいた。初めて経験する異世界の乗り物に、アーデルハイトとオルガンの二人は駅からずっと大はしゃぎである。なお現地に置き去りとなったみぎわの車は、軽井沢支部の職員が後から届けてくれる手筈になっている。


「二人共、気持ちは分かりますが、みっともないので落ち着いて下さい」


「いやいやー。ウチの世界の物が褒められるのは、不思議と気分良いッスねぇ」


 そう言って二人を嗜めるクリスではあるが、彼女もまた、初めて新幹線に乗った際は二人と似たような反応をしていた。しかし、以前通訳紛いの仕事をしていた彼女は、その都合で新幹線を利用する機会も多かったのだ。故にすっかり慣れたものであり、新参二人の前で醜態を晒すような事態は避けられていた。先達としての面目躍如といったところか。


 みぎわに至っては、既に缶ビール片手に駅弁をつついていた。これから探索者の救助に向かうというのに、どうやら完全に旅行気分でいるらしい。


 神戸から長野までは直通ではなく、名古屋で特急に一度乗り換える必要がある。早さだけを考えるならば、新幹線よりも飛行機の方が早く到着出来ただろう。だが飛行機という乗り物の概要を聞かされたアーデルハイトとオルガンから、猛烈な拒絶アピールがあったのだ。曰く『空を飛ぶなどお断りしますわ!!』『殺す気か』との事である。どうやら異世界出身の彼女達は『空を飛ぶ乗り物』に懐疑的、或いは恐怖しているらしかった。


 かくして新幹線での移動となった異世界方面軍であったが、彼女達は新幹線での移動を思いの外楽しんでいた。当初壊滅の話を聞かされた時は、急ぎ救援に向かおうと喚いていた彼女達。だが配信によって、少なくとも月姫かぐや達が生きているということは分かった為、今では随分と落ち着きを取り戻していた。否、むしろ落ち着き過ぎであった。


 だが事実、月姫かぐや達は怪我こそ負っているものの、現在は身を隠すことに成功している。謂わば小康状態であり、間に合うだけの余裕が十分にあった。呑気にしている場合でもないのだが、しかし乗車中に出来ることなど他にないのだから仕方がない。


「コレはどういった原理で動いているのか。コレほどの速度で、何故揺れを感じない?うーむ……うずうずする」


「是非、魔法で再現して頂きたいですわね!帝国にも同じものを作るべきですわ!」


「図書館で調べてみよう。うむ」


「あっ!なんですの!?突然暗くなりましたわよ!?敵襲ですわ!?」


「トンネルっスねぇ」


 まるで修学旅行生の様にはしゃぐアーデルハイトに、周囲の目を気にするクリスはハラハラしっぱなしである。そんな彼女の心配とは裏腹に、周囲の乗客達からは生暖かい目で見られているため、苦情が入ることはなさそうなのが唯一の救いだった。


「現地に到着すれば、恐らくはすぐにダンジョンへ潜ることになるでしょう。とりあえず、今のうちに食事を済ませてしまいましょう」


 クリスは騒ぐ二人を諌めることを諦め、駅で購入してきた弁当を取り出そうと大きなバッグを漁る。時間が無かった為に種類を吟味する余裕もなく、とりあえずの人数分を適当に買ったものだ。さっさと自分の分を確保していたみぎわを除き、取り合いになること必至であった。


 そうして鞄の中を覗き込み、もぞもぞと動く肉の尻を見た。


「……」


 見れば、白く細長い尻尾もまた、機嫌良さそうに左右に揺れている。


「……失態です」


 本来であれば、荷物はみぎわの車に積み込んで移動するのが異世界方面軍の常だ。だが今回はほとんど身一つで新幹線に飛び乗った為、持ち出せるものには限界があった。故に、ダンジョンで使用する素材回収用の大きなバッグを一つだけ持ってきていたのだ。必然的に、肉と毒島さんもそこに収納することになってしまう。そう、駅弁と一緒に、だ。


「あーーーっ!!わ、わたくしのステーキ弁当がぁ!!」


「私が狙っていたすき焼き弁当が……」


「え……何故わたしの納豆だけ無事なのか」


 尻を振りながら器用に体勢を入れ変え、肉と毒島さんが鞄内で振り返る。口元を汚した二匹は、酷く満足そうな顔をしていた。




 * * *




 些細なトラブルはあったものの、一行は順調に名古屋へと到着する。そうして乗り換えの為、車両から降りようとした時の事だった。


「ああああああッ!!」


 何かに気づいたみぎわが、周囲の様子も憚らずに大きな叫び声を上げる。


「今度はなんですの……?」


 先程までは缶ビールを片手に、機嫌良さそうにひっぱりだこ弁当をつついていたみぎわ。本日二度目となるトラブルの予感に、空腹のアーデルハイトが問いかける。


「無い……無いッス!」


「落ち着いて下さいみぎわ。何か忘れ物ですか?」


「納豆ならまだあるけど」


 ほろ酔い気分はどこへやら。愕然とした表情でわなわなと震えるみぎわ。だが他の三人は、どうせ大したことが無いだろうと高を括っていた。先程の駅弁消滅事件も、実害で言えばそれほど大したことではなかった。気分面では大きなダメージを受けていたが。


「木魚がないんスよ!!」


「……何かと思えば、別に後から車ごと届けて貰えますわよ?」


 そら見たことか、と言わんばかりに肩を竦めるアーデルハイト。その傍らではオルガンが、肉の顔面にぐいぐいと納豆のパックを押し付けている。どうやら二人共、木魚には然程も興味がないらしい。後ほど届けてもらえるのだから良いではないか、と。しかし、クリスだけはその重要性に気づくことが出来ていた。


「それはマズいですね……」


「あら、クリスまで。別にあんなものが無くとも───あっ」


 そこまで言って、漸くアーデルハイトも思い至った。


「アレがないと『魔力振伝播ソナー』と『地図生成マッピング』が使えないんスよ!!」


 そう。

 魔術師が杖を持つように、みぎわは木魚がなければ魔法が使えない。木魚がないということは、つまり今回の救助活動に必須とも言える、『魔力振伝播ソナー』と『地図生成マッピング』の使用が出来ないということに他ならないのだ。


「車に置き忘れたのかもしれませんね。しかし……困りましたね……何か手を講じる必要があるかもしれません」


「ぶぇー……」


 分かりやすく肩を落とすみぎわと、代替案を探し始めるクリス。配信によって無事なこと自体は判明しているものの、階層内を逃げ回ったが故に、詳細な現在位置は月姫かぐや達にも分からない。『魔力振伝播ソナー』と『地図生成マッピング』というチート魔法は、今回の切り札でもあったのだ。


 そうして知恵を絞ること数分。

 仕方がないとばかりに、アーデルハイトは自らのスマートフォンを取り出した。


「過ぎてしまったことは仕方有りませんわ。ピンポイントで探す事が出来ないのであれば、ここは人海戦術といきますわよ!」


 アーデルハイトはそう言いながら、妙に小慣れた手つきでスマートフォンを操作するのであった。

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