第144話 おいす(雑談枠)

 アーデルハイトと共闘していた謎の男、ウーヴェについての情報開示は思いの外盛況であった。顔面モザイクまみれの怪しい画像だというのに、視聴者達は『イケメンに違いない』だなどと大盛りあがり。当初は『野郎じゃねぇか』といってブーイングを飛ばしてた者達も、いつの間にやらウーヴェについての様々な予想を語りだす始末であった。


 異世界方面軍のコメント欄がわちゃわちゃと混乱するのはいつものことだが、今日は興奮冷めやらぬイベント直後ということもあってか、普段に輪をかけて混沌としている。そんな視聴者達によって生み出された喧騒を暫く眺めたアーデルハイトは、ぱん、と両手を叩いて彼らに掣肘を加えた。


「総員傾注ですわ!まだ発表は終わっておりませんのよ!」


 瞬間、ほんの刹那ではあったがピタリと止まるコメント欄。無駄に統率された団員達を言い聞かせるには、その一言で十分だった。


「大変結構ですわ」


『イエスマム!』

『へへ、団長に言われちゃあしょうがねぇ』

『ふん、仕方あるまい……聞いてやろう』

『よかろう、話を続け給え』

『誰なんだよお前らw』

『団員は基本山賊だからね、仕方ないね』

『満足そうなドヤ団長たすかる』

『まぁもうこんな感じなんですけどね』


 異世界方面軍お約束の一幕を繰り広げ、そうして漸く話題は次へと進む。今回寄せられた質問の中では、なんだかんだで一番多かったのがウーヴェの件であった。つまり、今回の配信に於ける一応のメインは、これで既に消化されたというわけだ。そして次に多かったのが、イベントで配布されたグッズ関連についての話だった。


 水際族へと押しかけた参加者の数に比べ、あまりにも少なすぎた頒布物。当然、手に入れられなかった者は大勢居る。そして、どこかしらの事務所に所属しているわけではない異世界方面軍には、公式グッズ販売などというものが存在しない。つまり先のイベントは、それらを手に入れる為の唯一の場であったということ。


 異世界方面軍のファンとしては喉から手が出るほど欲しい代物だった。たとえそれがクソダサ語録Tシャツや、雑コラTシャツの類であったとしても、だ。故に、再販を求める声が後を絶たなかったのだ。


「さて皆さん。次は先のイベントにて頒布いたしました、わたくし達の怪しいグッズについてのお知らせですわ」


『それよそれそれぇ!!』

『とんでもねぇ、待ってたんだ』

『怪しいグッズ言うなw』

『怪しい自覚はあったのか……』

『あまりにもやっつけだったからなw』

『だがそれがいい』

『らしいというか、そうでなくちゃ感はあるよね』

『マジで再販か委託販売して欲しい』


「これに関しては、とても多くの要望を頂きましたわ。わたくし達といたしましても、出来るだけ多くの方に手にとって頂けるよう、どうにかしたいと考えておりますわ」


『っしゃあああああ!!』

『頼むぞ……頼むぞ!!』

『さすアデ』

『俺達の期待を裏切らない配信者の鑑よ』

『肉Tなら100枚買います』

『ミギT欲しい!』

『いや、嬉しいけど三人じゃ手が足りんくない?』

『確かに、本業の配信が疎かになるのは悲しい』


 アーデルハイトから告げられた前向きな検討に、視聴者達は当然ながら大喜びである。その一方で、人員不足という異世界方面軍最大の弱点を指摘する者も居た。グッズを販売してくれるのは嬉しいが、配信ペースが落ちたりするのは好ましくない。嬉しいような悲しいような。視聴者達にとって現状は、なんとも複雑な様相を呈していた。


 だが実際の所、その問題は既に解決されているのだ。丁度先日、何かを作らせれば異世界一と名高いマッドエルフの捕獲に成功したからだ。グッズ制作に関して、彼女程適している者もいないだろう。アーデルハイトは研究の傍らで、オルガンにその手伝いをさせるつもりであった。働かざる者食うべからず。こちらの世界で暫く生活するつもりなら、彼女にも仕事をしてもらわなければならないのだ。


 その件については既にオルガンへと打診済みであり、承諾も得ている。何をするにも興味が持てないと一切動かない彼女だが、グッズ制作に関しては思いの外乗り気であった。どうやらオルガンは、こちらの世界の技術に興味を持っているらしい。


「実は人員については、モノ作りにうってつけの者を補充しましたので問題ありませんの。───ですが。ですがですわ。わたくし達は所詮個人配信者に過ぎませんわ。有り体に言って販路がありませんの」


『あーね?』

『あー……』

『アナメイドみたいな店舗に委託すればいんでねーの?』

『ネット販売じゃだめなん?』

『それだと余計に手が必要になるんだよな』

『店舗委託だと手数料デカいんかな』

『それより新規人員のほうが気になるんだが???』

『なんか気軽に重要な情報出した気がするよな』

『危うく聞き流すところだったぞ』

『木を隠すなら森の中……かしこい』


「仰る通り、店舗への委託も検討しておりますわ。けれど見本の提出が必要なようですし、置いてもらえるかどうかも現時点ではわかりませんもの。そんな状態であまり適当なことも言えませんし、これに関しては続報をお待ち下さいな。とはいえ、そう遠くないうちにお伝え出来るかと思いますわ。ステイ!!」


『わん!』

『期待してます!』

『全裸で待ってるぜ!』

『前向きに考えてくれてるだけで幸せです』

『あいや待たれよ!』

『逃げられると思ったか!!』

『なぁにいい感じに纏めて終わろうとしてんだコラァ!』

『新規メンバーの話をするんだよオラっ!』


 グッズ関連の現状報告を済ませ、そのまま流れで話を終えようとしたアーデルハイト。だが、目敏い団員達はそれを許さない。そんな彼らの追求は徐々に波及し、既にコメント欄の凡そ半分程度は新メンバーの話題へと移行していた。そもそも別にアーデルハイトはオルガンの存在を隠しているつもりはなく、順を追ってちゃんと紹介するつもりでいたのだが。


 そんなせっかちな団員達に問い詰められ、呆れるような表情で息を吐き出すアーデルハイト。


「もう!もう!本当に我慢の出来ない方達ですわね!その話は次にしようと思っていましたの!なんてはしたない!」


 頬を膨らませながらぷんすこ怒るアーデルハイトが、仕方ないとばかりにカメラの画角外へと合図を送る。しかし先程までそこに居たはずのオルガンは、いつの間にかどこかへと姿を消していた。


「まぁいいですわ。仕方ないのでこのまま紹介して───あら?ちょっとクリス、居ませんわよ?」


「つい先程までそこに居た筈なんですけど……探してきます」


 そう言ってアーデルハイトの補助をみぎわに任せ、オルガンを捕獲するために配信部屋を後にするクリス。当然クリスの姿はカメラに映っていないが、彼女の声が聞こえたというだけで視聴者達は再び盛り上がる。クリスの出演を希望する声も多かったが、しかし今回その予定は無い。今回はあくまでも報告と説明、そして紹介がメインの回なのだ。


 そうしてクリスがオルガンを探している間に、アーデルハイトは場を繋ぐためのトークを開始する。この手のアドリブも、配信を始めたころに比べればずっと上手くなった。或いは、もとより上手くやってきた方ではあるが、更に磨きがかかったというべきだろうか。


「ちなみに今回紹介するのは、先程のウーヴェに引き続いて異世界人ですわよ。わたくしとも交流のあった、まぁなんというか……若干頭のおかしい可哀想な方ですの。ですが、魔導具を作らせれば右に出るものはいませんわ。あちらの世界の技術力を大幅に進歩させた、なんて言われている人物ですの」


『草』

『言い草が酷すぎるw』

『まるで異世界人のバーゲンセールだな?』

『いいぞ!どんどん来い!(願望』

『聞いた感じだとめっちゃ凄い人っぽい?』

『魔導具だと……?なんかワクワクする単語出してきたな』

『魔法も実在したし今更驚かないけど……いや驚くわ!!』

『頼む……ケモミミ来い……!!』

『馬鹿野郎!!今度こそエルフを寄越すんだよォ!!』

『野郎は嫌だ、野郎は嫌だ……!』

『グリフィ◯ドーーーール!!!』

『や、やったー!』


 そんな前説を受ければ、視聴者達の期待感が膨らむのも無理はない。一気に肥大化した彼らの感情は、既に臨界にまで達しようとしていた。これで登場するのがモザイク系男子であれば、或いは暴動にまで発展するかもしれない。そんな怪しい雰囲気が配信内を漂っていた。勿論その場合でも、視聴者のお姉様方には喜ばれるであろうが。


 そんな折、クリスがオルガンを伴って配信部屋へと戻ってきた。


「あ、来ましたわ。もう、何処に行ってましたの?」


「トイレ」


 悪びれもなくそう告げる声は、紛うことなき女性の声。

 少なくとも無愛想なモザイク系童顔男子ではないことが、この時点で視聴者達へと伝わっていた。


 そうしてクリスに促されるまま、オルガンがトコトコとカメラの前まで移動する。配信についての説明を事前に受けていた為、今がどういった状況なのかは既にオルガンも理解している。そうでありながらもまるでやる気の感じられない態度だったが、しかしこれが彼女のスタンダードだ。


「おいす」


 特に何をするでもなく、ただカメラの前に突っ立って雑に挨拶をするオルガン。完全に予想外であった銀髪幼女の登場に、視聴者達はコメントを投稿することすら忘れていた。ただ誰もが、画面の向こう側で口を開き呆けている。それはアーデルハイトが乳空手を投稿した時とまったく同じ光景だった。


「というわけで、異世界方面軍の新たなメンバーを紹介致しますわ。彼女は『創聖』オルガン。あちらの世界ではわたくしと同様、『六聖』の一人に数えられていた人物ですの。そして───」


 ぼさっと立つオルガンの横へとアーデルハイトが移動し、その長い銀色の横髪をかきあげる。くすぐったかったのか、三角に尖った特徴的な耳がぴくりと揺れた。


「ご覧の通り、彼女はエルフですわ」


次の瞬間、コメント欄は狂気乱舞のフィーバータイムへと突入した。

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