神戸お散歩編

第143話 モザイク系男子(雑談枠)

「はい、皆さんごきげんよう!」


 ジャージ姿のアーデルハイトが画面外からカットイン。

 広い配信部屋を余すこと無く活かした豪快なスタートだった。


『ごきげんよう!』

『ごき!』

『はいごき!』

『ごっきごっき』

『やめろw』

『嫌なもん思い出すだろ!!』

『今日も元気でよろしい!』

『なんか随分久しぶりに感じるぜぇ』

『俺も。毎日ないとそわそわする』

『数日空いただけなのにな……』


 今回はイベント後初となる配信。内容としてはありふれた雑談枠だ。実は二日前のイベントの影響か、異世界方面軍の登録者数は100万どころか、大きく飛び越えて150万を突破していた。それ自体は非常にめでたいことではあるのだが、しかし流石にすぐ記念配信とはいかない。今のペースで毎回節目の記念配信など行っていては、下手をすると毎週やる羽目になってしまうのだから。


「みなさん、コミックバケーションお疲れさまですわ!来てくださった方も、そうでない方も、皆それぞれ楽しんで頂けたようで何よりですわ!」


『行ったで!』

『会えて感動したー!』

『生アデやばかったわ……』

『コスプレ最高でした!!』

『クソが!俺が会えたのは上司だけだったよ!(出社』

『グッズ買えなかったけど見れただけでしあわせ』

『列やばかったなw』

『隔離は草生えたわ』

『近場勢いいなぁ』

『俺は北海道から前乗りしたぞ』


 視聴者達も皆、思い思いにイベントの感想を語ってゆく。不満を綴ったものといえば、仕事などで参加できなかった者たちの怨嗟の声くらいのもの。それ以外は『楽しかった』や『会えて良かった』などといった、アーデルハイトにとっては非常に満足のいく答えばかりだった。

 異世界方面軍としては初めての試みだったオフイベント参加は、当初の不安とは裏腹に大成功と言って良いだろう。


「みなさんも御存知の通り、わたくし達が参加した二日目には色々とありましたけれど……えぇ、本当にいろいろありましたわ……参加していた方々は怪我等はありませんでした?」


『ぴんぴんよ』

『オイオイオイ団員舐めないで下さいよォ』

『団長来てるの知ってたしな』

『どうせ団長いるからヘーキヘーキつって見てたら怒られた』

『何か妙に冷静だったのお前らかよw』

『探索者の人らもスタッフも、協会も対応早くて助かったわ』


「あなた達……一応言っておきますけれど、ああいった場合はちゃんと避難して下さいまし。わたくしと謂えど、全員を守れるわけではありませんのよ」


『はぁい』

『ごめんなさいでした』

『まぁそうよなw』

『怒られてやんのwww』

『ちゃんと注意出来てえらい』

『謝れてえらい』

『強すぎる弊害が出たな……』

『絶対的な安心感が気の緩みを生んだわ』


 無論、アーデルハイトは手の届く範囲に居る人間であれば、誰一人怪我をさせるつもりはなかった。だがそれはあくまでもでの話。遥か遠くで死の危機に瀕している者が居たとして、物理的に間に合わないものは彼女にすらどうにもできない。

 普段から魔物でサッカーをしたりしている彼女が言うと説得力に欠ける気もするが、あれはアーデルハイトの並外れた実力あってこその行為だ。そうではない、探索者ですらない一般の人間が同じことをすれば、まず間違いなく命を落とすだろう。そんなアーデルハイトの注意喚起は、至極真っ当なものだった。


「さて、それでは皆さんお待ちかねでしょうし……色々と説明をしていきますわよ」


 そう言ってアーデルハイトが取り出したのは、例によって例のごとく、みぎわお手製のフリップだった。そこには一人の男のバストアップ画像が印刷されており、一応の配慮のつもりなのか、顔面には濃厚なモザイクがかけられている。おかげでもはや誰なのかさっぱり分からないような状態だが致し方ない。

 勝手に顔写真をそのまま使ったところで、ウーヴェは恐らく気に留めないだろう。『知らん、勝手にしろ』などと興味無さそうに言い放つ姿が簡単に想像出来てしまう。


 じゃあ問題ないですわね、などという異世界貴族ルールに則り、ウーヴェの写真をそのまま使おうとしたところで、みぎわとクリスから待ったがかかったのだ。そうして完成したのが、このモザイクウーヴェくんであった。


「まずはこの男についてですわ。わたくしは知り合いですので勝手に写真を使っておりますけど、良い子のみなさんは真似をしてはいけませんわよ」


『いやもう顔分からんってwww』

『見える見える……いや見えんわ』

『知り合いなので(真顔』

『これだけモザイクかかったらもう何でもいいだろw』

『ちゃんとしてるのかしてないのかどっちなんだww』

『多分だけど、アデ公と共闘してた人よな?』

『なんか如何わしい写真みたいになってて草』

『探索者界隈ではちょっと見覚えないなぁ』

『見覚えっつーか見えねぇよw』


「そう、コレはわたくしの横で露払いを担当していた、謂わばパシリですわ。たまたま会場に来ていたので、使って差し上げましたの」


『パシリ(激強』

『いやマジで凄かったよな?』

『もう戦闘中の映像出回ってるけど、結構な噂になってるよね』

『月姫とかベッキーですら躱しきれない攻撃も全部避けてたし』

『最後のパンチヤバかった』

『避難で遠くに居たけど音と衝撃伝わってきたもん』

『避けてた……のか?ただ走ってるだけに見えたわ』

『完全ヤム◯ャ視点だったけど、バカ強な事だけは理解ったな』


 誰が撮ったのかは不明だが、アーデルハイトとウーヴェの共闘シーンは既にネット上で拡散され、界隈で話題を呼んでいた。それはアーデルハイト達がニュースで見たものと同じ映像だ。しかし遠目かつ上からの映像であったため、その詳細は視聴者達もまだ知らないのだ。ただ一つ言える事は、明らかに既存の探索者よりも強い、ということだけ。そんな謎の男の存在は、視聴者達が最も気になっていた出来事の一つであった。


「ところでみなさん。わたくしが以前にした『六聖』の話を覚えていらして?」


『なんか軽く触れてたよね』

『渋谷のときだっけ』

『ワイ新参、アーカイブ未履修』

『こういう時はだいたい爆速ニキがなんとかする↓』

『『六聖』とは、所属する国や勢力に関わらず、人類で最も強いと言われた六人の総称。武力のみではなく、知力や魔力、統率力カリスマ等によって『六聖』に選ばれた者も居る。我らが団長もそのうちの一人である(ほぼ原文ママ』

『だから早いってw』

『爆速ニキもはやwiki扱いだからな』

『はええって!!』

『用意してたのかってくらい早いのほんと草』


「いつもありがとう存じますわ、爆速ニキ。さて、何故このような話をしたかといえば───つまりこの男はですの」


『ん?』

『…ん?』

『……んー??』

『なんか今変なこと言ったね?』

『ちょっとよくわかんない』

『成程。つまり……どういうことだってばよ!!』

『雑な感じで爆弾投げるなw』

『このモザイク系男子が、つまり六聖の一人ってコト!?』

『言うほどそんな系統の男子いるか?』


「その通りですわ。この男の名は『拳聖』ウーヴェ。わたくしやクリスと同様、どういうわけかあちらの世界からやってきた異世界人ですわ」


 まるで『皆さんもうお気づきでしょうけれど』とでも言うかのように、軽々しく衝撃の事実を語ったアーデルハイト。当然視聴者達の反応は劇的で、直後にコメント欄は大量の感嘆符で溢れかえった。彼らの脳内は、突如として投げ込まれた情報量の嵐でパニック寸前だ。とはいえ視聴者達が困惑を見せるのは、異世界方面軍の配信ではある程度お馴染みの光景ではあるが。


「えぇ、えぇ。みなさんの言いたいことはよく理解りましてよ。安心してくださいまし。わたくしの方が強いですわ」


『草』

『そこじゃねぇよ!!』

『全然理解ってなくて草』

『さすアデ。いや違くてw』

『通りでクソ強いわけですよ』

『異世界人は皆あんなに強いのか』

『いや良く考えろ。異世界の中でもトップクラスのが来たってことだろ』

『失望した!異世界から来るのは可愛いおにゃのこだけでいいの!!』

『そうだそうだ!!ケモミミとかエロフはまだなのか!!』

『団員の偏見と欲望が露出してて草』


 まだ混乱冷めやらぬ状況の中、アーデルハイトの的外れな解答にも律儀にツッコミを返す団員達。だがノリの良い団員達にしてみれば、異世界人が増えたという事実よりもっと気になることがあるらしい。中には『野郎でがっかりした』などというコメントもちらほら見受けられた。

 全員が全員そうだというわけではないが、やはり異世界といえばその手の種族の存在感が大きい。中でもエルフと獣人といえば、憧れ種族の二大巨頭と言っても過言ではないだろう。


 この時の彼らはまだ知らなかったのだ。

 異世界からやってきたのが、モザイク系男子だけではないということを。

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