第109話 この試合は無効ですわ(質問コーナー)

 壁に掛けられているのは死神の大鎌。ソファの上に転がっているのは、毟られて綿の飛び出た聖女ちゃん人形。その横に無造作に積まれているのは、持ち帰ったばかりの純白の鱗。画面に映るその光景が、いつもの配信部屋であることを視聴者達へと伝える。


 そんな誰も居ない配信部屋の風景の中を、右から左へと肉が歩いてゆく。トコトコと画面を横切る肉の横っ腹には、白い文字がデカデカと描かれていた。


『4WDwwwww』

『4WD!!4WDじゃないか!!』

『クソwwwこんなので笑っちまった』

『懐かしいネタを持ってきやがって』

『小賢しい真似をw』

『四駆よりパワーありそう』

『なんかのローディング画面みたいだったなw』

『オラァ!アデ公!!出てこぉっ!!』

『オープニングにバリエーションが出てきたな』

『ミギーの仕業だろこれw』


「皆様、ごきげんよう。わたくしですわ」


 挨拶と共に、ジャージ姿のアーデルハイトが画面の下からにょきりと生える。これといって決まった挨拶もなく、大人しく待機しているわけでもない。緩みに緩んだ、相分からずの雑なオープニングであった。


「ええ、ええ。分かっておりますわ。あれからどうなったのかが知りたいのでしょう?あなた方の考えなど全てお見通しでしてよ」


 コメントによる総ツッコミを優雅にスルーし、腕を組んでうんうんと頷くアーデルハイト。その度に大きな双丘が弾み、視聴者達を黙らせる。


 伊豆ダンジョンの攻略から明けて一日。SNSでの帰還報告と、それに伴って行われた事前の告知通り、本日は雑談配信である。視聴者達が気になっているであろうあれやこれやに、まとめて答えてしまおうという枠である。近頃はゲーム配信やダンジョン配信等が主であったため、シンプルな雑談配信はそれなりに久しぶりだった。


「というわけで今回は質問コーナー、所謂ふつおた回ですわ。といっても、今回は特別編ということで、昨日の伊豆ダンジョン関係の質問に限らせて頂きますわ」


『聞きたいこと多すぎて何聞けばいいかわかんねぇんだよなぁ』

『今日はジャージルハイトなんだな』

『ひとまず、無事帰還出来たようで何よりです』

『改めておめでとー!』

『界隈が大盛り上がりやぞ!』

『肉四駆はどこにいったんよw』

『とりあえずネットニュースにはなってたな』

『今朝のダンジョン情報誌にも載ってたわ!』

『昨日のスパチャ総額聞きたい』

『毒島さんどこ……?』


「はいはい、とりあえず落ち着いてくださいまし。今日は事前に募集しておいた質問の中から、ミギーとクリスが選んだものに答えていきますわ」


 今回に限った話ではないが、コメント欄から質問を募集し、それに逐一答えていてはいくら時間があっても足りはしない。ましてや昨日の今日だ。異世界方面軍は現在、各所で話題の配信チャンネルでもある。古参の視聴者はもちろんのこと、話題を聞きつけてやって来た初見も居るのだ。


 当然ながらコメントの数はこれまでにもまして多く、流れてゆく速度が尋常ではない。おまけに皆が皆、好き放題にコメントをするおかげでコメント欄は酷く煩雑としている。アーデルハイトはしっかりと目で追っているが、一般視聴者ではとても追いつかないだろう。故に、今回も事前に質問を募集しておいたというわけだ。


「というわけで早速行きますわよー!最初の質問はこちらですわ!はいどーん!」


 アーデルハイトの雑な掛け声と共に、画面上にテロップで質問内容が表示される。もちろんみぎわがリアルタイムで表示しているものであり、質問内容についての打ち合わせも事前に行っている。

 が、悪戯好きのみぎわが素直に打ち合わせ通りの質問を選ぶ筈もなく。そこにはアーデルハイトも知らない質問が表示されていた。


『団長が日本に来てからそこそこ経ちましたね!!そこで、どのくらいこの国に馴染んだかを確かめるため、簡単なクイズを出題したいと思います(唐突)それでは第一問、日本の代表的な料理で、握った米の上に魚の切り身等を載せた料理をなんと呼ぶでしょうか?』


「……なんですの?というより、もはや質問ではないですわよね、コレ」


 アーデルハイトがちらりと、胡乱げな目でカメラの向こうにいるみぎわへ視線を送る。しかし、質問を差し替えた張本人は明後日の方向を向いて知らんふりをしていた。予定にない事態が起きれば、通常なら慌てるか答えに窮するところだろう。しかしそこはさすがの撮れ高モンスターのアーデルハイト。答えないという選択肢はなかった。


「ノーパンしゃぶしゃぶ」


『草』

『なんでやねん!!』

『ちげぇよ!!』

『どう考えても寿司やろがぃ!!』

『斜め上どころの話じゃねぇw』

『何処の国が代表料理にそんなもん選ぶんだよ!!』

『いうほど料理か?』

『それは料理名じゃなくて提供スタイルなんよ』

『どこで覚えてくんねんそんな言葉www』

『あーあーこれは教育失敗ですよ』

『とんでもない風評被害ですよこれは』

『大喜利じゃねぇんだよww』


「あっ、お寿司……ええ、そうとも言いますわね。ですがわたくし、お寿司はまだ食べたことがありませんの。というわけでこの試合は無効ですわ。はい次」


『その2つは同じ意味じゃねぇんだよ!!』

『間違ってないみたいな口ぶりで草』

『試合は草なんよ』

『美人の口からノーパンとかいう単語出るとドキッとするな……』

『ていうかまだ寿司食ってないんか』

『もう結構稼いでるんちゃうんか?』

『煎餅ばっか食ってそう』

『最初は良い寿司食うんやで……』

『おすすめは銀座』

『アデ公に餌付けするための上限額が飛び交う世界』


 ボケなのか真面目なのか、イマイチ判断の難しいアーデルハイトの解答に、コメント欄にはツッコミの嵐が巻き起こる。ちなみに何故アーデルハイトがそんな言葉を知っていたかと言えば、それはもちろんネットのせいである。彼女が近頃ハマっている闇金融モノの映画で、そういったシーンが出てきたのだ。そのシーンの意味が理解らなかった彼女は、後にネットで詳しく調べたのだ。分からないことがあればすぐに調べる賢さが、悪い方向に作用してしまった例である。


 そんな小ボケを一度挟んで、ふつおたコーナーは漸く本題へと進む。


「それでは今度こそ、最初のお便りですわ!!」


『毒島さんの鱗は売れましたか?また、いくら位の値が付いたんでしょうか?買う時の参考にしたいので、是非教えてください』


「これが今回、一番多かった質問ですわね。わたくしの後ろを見てもらえれば分かると思いますけれど、まだ売却は決まっておりませんわ。もちろん値段もまだ分かりませんの」


 質問にそう答えながら、アーデルハイトは肩越しに振り返り、背後に積み上げられた大きな鱗を指差した。応接室にて国広あかりと話をした際、さっさと家に帰りたかったアーデルハイト達は、必要最低限のやりとりでその場を後にした。故に、取得物の売却については、後日改めてということになっているのだ。


「正直に申し上げれば、わたくしには必要のない物ですの。なので値段には拘っておりませんが……それでも恐らく、そこそこの値がつくと思いますわ。あれで一応、もう手に入らない素材ですし」


 何気なくそう答えたアーデルハイトであったが、その言葉の中に不穏なものが混ざっていた事を視聴者達は聞き逃さなかった。それは支部長であるあかりにさえも伝えていない話である。否、正確には伝えるのを忘れていただけなのだが。


『……ん?』

『今なんか不穏な事言った?』

『どういう……どういう?』

『もう、手に入らない……とな?』

『しれっととんでもないこと言ったわね?』

『団長、説明!』

『誰も44階層に行けないからとかではなく?』

『少なくともアデ公は行けるわけだし、言い方的に別の意味では』


 そう、アーデルハイトはこう言った。素材である、と。その言葉の真意が分からない視聴者達は、ただただ混乱するばかりである。

 ダンジョンに於ける階層主とは、一定期間が経てば再度姿を現すのが常識である。それ故貴重な素材が採れる階層主は、上級探索者達にとっては貴重な収入源でもあるのだ。もちろん相応に危険ではあるが、どこにあるかも分からない鉱物系素材を狙うよりは、確実性という面で勝る。


 中でも今回異世界方面軍が獲得したのは、44階層という誰も到達したことのない階層主の素材だ。つまり現状、アーデルハイトにしか採ることの出来ないものである。そういった面を考慮すれば、階層主由来の素材の中でも飛び抜けて貴重だということは理解出来る。

 だがアーデルハイトの口ぶりからは、彼女自身でさえも、もう手に入れることは出来ないと言っているように聞こえた。


「んー……?そういえば言ってなかった気がしますわね……?では、折角ですし説明いたしますわ!!よろしいですの?ダンジョンというのは、最下層にあるアイテムを誰かが取得した時点で攻略されたと見做されますわ。そしてその時点からどういうわけか、各階の階層主は二度と現れなくなりますの。あちらの世界ではダンジョンの外にも魔物が居ますから、探せばどこかに居ることもありますけど……こちらの世界では、ダンジョン外に魔物は居ませんわよね?つまり───」


 そうして一度言葉を区切り、少しの間をおいて、アーデルハイトは満面の笑みを浮かべながらこう言った。


「伊豆ダンジョンの階層主由来の素材は、もう手に入りませんわよっ!!」


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