第246話 さぁこい(閑話
「と、まぁこんな感じッスね」
「細かいルールはこの際いいでしょう。とにかく必ず相手のコートにワンバウンドさせる事。これさえ守ればそれなりの形になる筈です」
「そして……ふんす!」
クリスが敢えて高めに返した球を、
「こんな感じで、打ち返せなければ相手のポイントになります」
「先に11点とった方が勝ちッス」
簡単な説明を聞き終えたアーデルハイトとオルガンは、二人して腕組みをしながらうんうんと頷いて見せた。
「大体ルールは分かりましたわ!」
「うむり」
普段から返事だけはいい二人である。クリスも
そうして始まった深夜の卓球大会、その第一試合。
まずは卓球には自信があると言っていた
「まずはお嬢からサーブさせてあげるッスよ。外れても打ち直していいんで、とにかく感覚を掴むッス」
「あら、嬉しいですわ!」
経験者である
アーデルハイトが見様見真似で、そっとサーブを打つ。然しもの剣聖といえど、やはり剣とは勝手が違う様子。彼女の打球はワンバウンドした後、ネットに阻まれてコロコロと転がっていた。
「あら……意外と難しいですわ」
「ふっふっふ! 気の済むまで練習するといいッスよ!」
「胸は薄いのに太っ腹ですわ! ではお言葉に甘えて……」
「今なんか余計なこと言った?」
「おっ、そうそう! いい感じッスよ!」
何がとは言わないが、しかし大層な暴れっぷりであった。浴衣姿でラケットを振り回しているのだから当然だ。こんな今にも溢れそうな光景など、とても配信など出来はしないだろう。
そうして
「じゃあお嬢、今度は強めに返して―――」
「サーっ!」
「『サーっ!』じゃねぇんスよ! 殺す気か! っていうか何でそんなネタは知ってるんスか!」
予想通りといえば予想通りの展開であった。見れば卓球台は僅かに凹んでおり、ラケットのラバー部分には小さな焦げ跡が残っていた。こうして無事、アーデルハイトには卓球禁止が言い渡された。ぷぅぷうと頬を膨らませて抗議を行うアーデルハイトであったが、安全面を考慮すれば当然の措置と言えるだろう。
「さぁこい」
「いえ……その……」
クリスの向かいには、卓球台からひょこりと顔を出すオルガンの姿。どうにか胸元から上が出る程度で、とてもではないが球を打つことなど出来そうにない。
「問題ない。さぁこい」
「……で、では」
恐る恐ると言った様子で、ゆっくりとサーブを行うクリス。球は山なりにバウンドし、小気味の良い音を立てながらオルガンの元へ。そうして微動だにせず、半目で突っ立っていたオルガンの額に直撃した。
「いてっ。あ……サーっ」
「はい終わり終わり! 卓球大会しゅーりょー!」
事前のお手本やルールの説明は一体何だったのか。人とエルフの違いがどうだのと宣っていたのは、一体何だったのか。殺人スマッシュと壊滅的な運動能力により、異世界方面軍の卓球大会は幕を下ろしたのだった。
こうなる事を最初から予想していたのだろう。クリスと汀の撤収作業は、驚くほどに早かった。不完全燃焼に終わったアーデルハイトは、部屋に戻ってからもぷぅぷうと膨らみ続けていたという。
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