第246話 さぁこい(閑話

 みぎわが球を打ち、クリスがそれを返す。卓球を知らないアーデルハイトとオルガンのため、まずは二人が手本を見せているのだ。ちなみに肉と毒島さんは、既に部屋でスヤスヤである。


「と、まぁこんな感じッスね」


「細かいルールはこの際いいでしょう。とにかく必ず相手のコートにワンバウンドさせる事。これさえ守ればそれなりの形になる筈です」


「そして……ふんす!」


 クリスが敢えて高めに返した球を、みぎわが気合いの声と共に勢いよく打ち返す。鋭い角度で放たれたそれは、見事に台の隅へと打ち込まれた。その気になれば打ち返すことも出来たであろうが、しかしクリスはそれを見送った。


「こんな感じで、打ち返せなければ相手のポイントになります」


「先に11点とった方が勝ちッス」


 簡単な説明を聞き終えたアーデルハイトとオルガンは、二人して腕組みをしながらうんうんと頷いて見せた。


「大体ルールは分かりましたわ!」


「うむり」


 普段から返事だけはいい二人である。クリスもみぎわも、何とも嫌な気配を感じていたが―――なにはともあれ、こうして卓球大会は始まった。今回は完全にオフの催しであり、時間も時間だけに配信は行なっていない。配信出来ない理由は他にもあるのだが。


 そうして始まった深夜の卓球大会、その第一試合。

 まずは卓球には自信があると言っていたみぎわと、初心者のアーデルハイトが台を挟んで向かい合う。


「まずはお嬢からサーブさせてあげるッスよ。外れても打ち直していいんで、とにかく感覚を掴むッス」


「あら、嬉しいですわ!」


 経験者であるみぎわは余裕の構えだ。慣れればどうということはないサーブだが、これが初めての卓球ともなれば意外と難しいものである。まずはラケットの感覚を確かめることと、そして相手のコートへ球を入れる練習が必要なのだ。


 アーデルハイトが見様見真似で、そっとサーブを打つ。然しもの剣聖といえど、やはり剣とは勝手が違う様子。彼女の打球はワンバウンドした後、ネットに阻まれてコロコロと転がっていた。


「あら……意外と難しいですわ」


「ふっふっふ! 気の済むまで練習するといいッスよ!」


「胸は薄いのに太っ腹ですわ! ではお言葉に甘えて……」


「今なんか余計なこと言った?」


 みぎわの呟きを華麗に無視しつつ、アーデルハイトが再びサーブを放つ。流石と言うべきか、二度目にして早くもコツを掴んだらしい。打球は勢いこそないものの、しっかりとみぎわのコードへと弾んでゆく。


「おっ、そうそう! いい感じッスよ!」


 何がとは言わないが、しかし大層な暴れっぷりであった。浴衣姿でラケットを振り回しているのだから当然だ。こんな今にも溢れそうな光景など、とても配信など出来はしないだろう。


 そうしてみぎわがゆっくりと、打ち返しやすいように山なりの球を返す。やはりと言うべきだろうか、そんな経験者の余裕は裏目に出てしまう。


「じゃあお嬢、今度は強めに返して―――」


 みぎわがそう言った、次の瞬間だった。彼女の頬を、何か熱いものが掠めてゆく。チリチリといった摩擦音と共に。みぎわは微動だにすることも出来ず、ただゆっくりと振り返った。高速回転を維持したままネットに突き刺さる、ピンポン玉がそこにあった。


「サーっ!」


「『サーっ!』じゃねぇんスよ! 殺す気か! っていうか何でそんなネタは知ってるんスか!」


 予想通りといえば予想通りの展開であった。見れば卓球台は僅かに凹んでおり、ラケットのラバー部分には小さな焦げ跡が残っていた。こうして無事、アーデルハイトには卓球禁止が言い渡された。ぷぅぷうと頬を膨らませて抗議を行うアーデルハイトであったが、安全面を考慮すれば当然の措置と言えるだろう。


 みぎわとクリスが入れ替わり、アーデルハイトは得点係へと就任。そうして次はいよいよオルガンの番、の筈だったのだが―――。


「さぁこい」


「いえ……その……」


 クリスの向かいには、卓球台からひょこりと顔を出すオルガンの姿。どうにか胸元から上が出る程度で、とてもではないが球を打つことなど出来そうにない。


「問題ない。さぁこい」


「……で、では」


 恐る恐ると言った様子で、ゆっくりとサーブを行うクリス。球は山なりにバウンドし、小気味の良い音を立てながらオルガンの元へ。そうして微動だにせず、半目で突っ立っていたオルガンの額に直撃した。


「いてっ。あ……サーっ」


「はい終わり終わり! 卓球大会しゅーりょー!」


 事前のお手本やルールの説明は一体何だったのか。人とエルフの違いがどうだのと宣っていたのは、一体何だったのか。殺人スマッシュと壊滅的な運動能力により、異世界方面軍の卓球大会は幕を下ろしたのだった。


 こうなる事を最初から予想していたのだろう。クリスと汀の撤収作業は、驚くほどに早かった。不完全燃焼に終わったアーデルハイトは、部屋に戻ってからもぷぅぷうと膨らみ続けていたという。

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