第247話 テメェらはちゃんと金払えよ(閑話
既に閉店作業を終えたその一角で、ヤンキー率いる海外探索者御一行が管を巻いていた。伊豆での模擬戦と、そしてその観戦を終えた彼らは、
「いやァー派手にやられちまったなァ、旦那」
「やはり彼女は強い、強すぎる。これまでの配信で見せた姿など、本当にただのお遊びだったのだと分からされてしまった」
「だが、惜しかったように思う。自分よりも格上の者にかける言葉ではないと思うが……本当にいい試合だった」
当然話題の中心は先の模擬戦、そしてウーヴェについてであった。本人は暑苦しい連中に取り囲まれながら、ムスッとした表情でまかないのステーキを口に運んでいる。レベッカはもちろんのこと、ウィリアムやレナードも。模擬戦で起きた全てを理解しているわけではない。だがそれでも彼らには、五分の戦いであった様に見えたのだ。これは慰めなどではなく、素直な称賛だった。
「つーか、マジでアンタらどっちもヤベーって。俺等じゃ分かんねーことだらけだったけど、殆ど差はないように見えたぜ」
「あの試合を見られただけでも、日本まで足を運んだ甲斐があった」
「まぁ、イギリスからでも配信は見られ───いえ、何でもないです」
ノエルもエドも、そしてアルマも。彼らとて世界最高峰の探索者だ。先の一戦がどれほどのものであったかなど、理解出来ずとも肌で感じ取っていた。あの空気を直で味わうことが出来たというだけで、どんなダンジョンに潜るよりも価値がある。彼らはそう考えていた。
「つーか、旦那はまだ負けてねェ。そンな物分かりのいいタイプじゃねェだろ。今は勝ちの途中、そうだろ?」
「……無論だ。次は勝つ」
巨大なステーキに齧りつきながら、しかし静かに闘志を燃やすウーヴェ。この程度で諦めるほど、彼の『強さ』へ思いは軽くはない。そんなウーヴェを見たレベッカは、犬歯をむき出しにしてニヤリと笑う。実力にこそ差はあれど、その本質は似た者同士なのだろう。もしかすると、現状でウーヴェの事を最も理解しているのは彼女なのかもしれない。
「よォし! ンじゃあ今日はたらふく食って、明日からまた鍛え直そうぜェ!」
そう言うやいなや、勝手に厨房を使い肉を焼き始めるレベッカ達。閉店後のファミレスだというのに、殆どアメリカ庭先BBQの様相を呈している。
「ていうかよ、勝手に食っていいのか?」
「あァ? アタシは良いンだよ。テメェらはちゃんと金払えよ」
などと勝手なことを言いながら、勝手にビールを注ぎ、勝手に肉を焼き。そうして残念会兼、次の戦いに向けた決起集会が始まった。そんな野盗のような一団を、事務室からこっそり覗く視線があった。
「……ウチの店がいつの間にか山賊のアジトみたいになってる!!」
店長の東雲はショックを受けつつ、しかしカリカリとなにかをメモしていた。それはもちろん、彼ら彼女らが勝手に飲み食いをした分の代金である。東雲は昨晩、ウーヴェがアーデルハイトと試合をしたことを知っている。というよりも、数日前に本人から聞かされていた。
そうして今、試合に負けてしまったのだということも察している。自らが店の一角に住まわせ、謂わば可愛がっている───ヒモともいう───ウーヴェの残念会だ。頼まれれば店を使わせるのも吝かではない。吝かではないのだが───。
「私を除け者にしてどんちゃん騒ぎなんて、許しません! あと、お金は全員払ってもらいますからね!」
店長の東雲は、取れるところからはしっかりと取るタイプであった。そのままカリカリとペンを走らせつつ、東雲もまた事務室を飛び出す。生憎と言葉は分からないが、しかし流石の客商売だ。荒くれ者といっても過言ではない暑苦しい一団へと、彼女は恐れること無く突撃していった。
なお、時刻はもう深夜をすっかりと越えている。
翌日の営業にはしっかりと支障を来たし、東雲は久しぶりの休みを取ることとなった。それはレベッカ達も同様で、彼女を含む山賊共は店の一角を占領したまま、その場で昼まで寝ていたそうだ。そんな中、唯一ウーヴェだけが、ケロリとした表情で勤務を始めていたという。
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