第306話 あんまり似てない

 神器。

 それは超常の力を持つ武具の総称。あちらの世界に於いても発見例が少なく、戦いの中に身を置く者であれば誰もが憧れる武器。現代に於いては未だ発見例がなく、アーデルハイトの持つ五本の剣と、そしてアンキレーのみがそれに該当する。


 そんな神器というカテゴリの中のひとつ、聖剣。

 一行の目の前に突き立っている太刀が『それ』だと、アーデルハイトは言う。武器種的には『聖剣』というよりも『聖刀』というべきか。


「聖剣!? あれが!?」


「アーデルハイトさんが持ってる剣と同じ物ってこと?」


 くるる茉日まひるが驚きの声を上げる。アーデルハイトの言が真実ならば、間違いなく世界初の発見である。彼女達が興奮するのも無理はないことだろう。


 強力な装備やアイテムの発見といったイベントは、探索者にとって最も嬉しい瞬間だといえる。異世界だろうと現代だろうと、それは変わらない。加えてそれは、ダンジョン配信の醍醐味でもある。視聴者達を含め、世紀の発見に歓喜する現代人達。しかしその一方で、アーデルハイト達異世界勢の表情はそれほど明るくはなかった。


「お待ちなさいな」


 近くで観察するべく駆け出したくるるの首根っこを、アーデルハイトが引っ掴む。同様に。飛び出した茉日まひるの足をオルガンが引っ掛ける。


「ぐぇっ」


「ぶべっ」


 そんな情けない声と共に、顔から地面へと倒れ込む二人。勿論彼女らには、聖刀の所有権を主張するなどといったつもりは微塵もない。探索の成果は頭割りが基本とは言え、今回の彼女達は教導のために同行しているだけなのだ。ただの好奇心から飛び出しただけであり、そんなことはアーデルハイト達も分かっている筈なのに。そうして突然の暴挙に抗議をしようとしたところで、二人は漸く異世界勢の表情に気づいた。


「おろ? 三人ともどしたの?」


「あれ……もしかしてコレ、私達が思ってるようなラッキーイベントじゃなかったり……する?」


 不思議そうに首を傾げる二人。そんな彼女らの問いに答えたのは、恐らくこの場では最も神器に詳しい────下手をすれば世界で最も詳しいかもしれない────であろうアーデルハイトであった。


「神器の発見には、大きく分けてふたつのパターンがありますの。ひとつは、こちらから探し求めて発見する場合。もうひとつは、あちらから勝手にやって来る場合。そういったつもりはありませんでしたけれど、今回は前者のパターンですわね」


「いえ、後者のパターンはお嬢様だけです。実際にはひとつしかないと思って下さい」


「んぅ……まぁいいですわ。とにかく、こちらから神器を探し当てた際には大抵、とあるイベントが発生しますのよ」


 アーデルハイトが人差し指を優雅に立て、そのまま『聖刀』の方へと差し向ける。その動作の意味が分からず、くるる達はただただ疑問符を浮かべるばかりであった。その傍らでは、なにやらオルガンが興味深そうな眼差しを『聖刀』へと送っていた。


「神器は所有者を選ぶといわれている。選別方法は至って単純。わたしも実際に見るのは初めてだけど────なるほど、『試練』とはこういうかんじか」


 オルガンが呟いたその直後。

 つい先程まで穏やかであった花畑に、凄まじいまでの緊張感が生まれた。空気が軋み、耳鳴りが生まれる。一行の耳に届いたそれは、まるで悲鳴か産声のようで。暗転と呼ぶのが相応しいだろうか。青空は一瞬で夜天へ変わり、色とりどりの花びらが周囲を舞う。


 刹那、強烈な地響きと暴風が一行へと襲いかかった。


「うぁ……! な、何!? 一体何なのさ!?」


「ぐぅっ……駄目、立ってらんない……ッ」


 あまりの衝撃に、くるる茉日まひるは目を伏せ、耳を塞ぎ、思わず膝をついてその場に蹲る。一部始終を見ていた視聴者達の反応もまた、当然ながら阿鼻叫喚の地獄絵図である。


 :うぉぉぉぉぉぉ!

 :音割れやばばばばばば

 :画面揺れ杉謙信

 :鼓膜ないなった

 :みえんみえん!!

 :草生やしてる場合じゃねぇ

 :ちょぉなんこれヤバ、怖杉晋作

 :実は結構余裕あるだろキミら

 :お肉戦の時でももうちょいマシだったぞ


 振動、揺れ、暗転、光、風切り音。

 どう考えても身体に良くなさそうな現象達が、そのままエフェクトとなって視聴者達を襲う。咄嗟にみぎわが配信画面を調整しなければ、或いは体調不良者が出ていたかも知れない。そうして漸く、視聴者達が画面へと視線を戻した時。


 画面を覆い尽くす程巨大な影とローエングランツ燃え上がる栄光が、轟音と共に衝突していた。


「っ……ふんすッ!」


 アーデルハイトが腕を振り上げ、巨大な『何か』を上空へとかち上げる。斬り飛ばされた『何か』が夜空を舞い、何処か遠くに着弾した。状況を飲み込めない視聴者達は、コメントをすることも忘れ、ただ画面を見つめることしか出来なかった。


「この重さ────巨獣ベヒモスとほぼ同等ですわね」


「ふむり……神獣クラスと? となると国喰らいヨルムンガンド……? でもあんまり似てない。なんか頭いっぱいあるし」


「ではヒュドラですの? それにしては随分とパワーがありましたわよ?」


「わかんね。とりあえず倒してどうぞ」


「簡単に言ってくれますわね……」


 どこか緊張感に欠けるやり取りが聞こえた。

 呆けたままのくるる茉日まひる、そして視聴者達を置きざりに、アーデルハイトは既に戦闘態勢へと移行していた。いつの間にか変形まで済ませているローエングランツ燃え上がる栄光がその証。傍らでは肉が前足を使い、地面をガリガリと引っ掻いている。


 は凄まじく巨大であった。

 高さのことまで考慮に入れれば、小型化する前の肉と同等か、或いはそれ以上かもしれない。全身を鱗で覆われた、ともすれば蛇か蜥蜴のような皮膚。靭やかな筋肉がみっちりと詰まった胴はまるで竜種ドラゴンのよう。人間など簡単にひき潰してしまえそうな太い尾は、小型化する前の毒島さんクラスであった。


 そしてその最大の特徴は、八つに分かれた長い首。先ほどアーデルハイトが弾いた『何か』は、恐らくそのうちの一本だったのだろう。頭部を失った首が一本、既に再生を始めていた。酷くバランスの悪いフォルムに、暴力的なまでの威圧と殺意。


 異世界人であるアーデルハイトとオルガンには、敵の正体にまるで見当がつかない。最も近いであろうヒュドラとも、微妙に特徴が一致しない。しかしこちらの文化をそれなりに知っているクリスと、そして配信を通して状況をチェックしていたみぎわは、すぐにその正体へと辿り着いた。


「お嬢様、あれは恐らく────」


八岐大蛇やまたのおろちッスよ!!】


 神話上にしか存在しない筈の生き物が、広場の中心に顕現していた。

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