第305話 ゲームではありませんのよ
洞窟内に足を踏み入れてからというもの、酷く静かな行軍となっていた。魔物は疎か、トラップのひとつもありはしない。ただただ薄暗い洞窟の中、ヒカリゴケの薄明かりだけが岩壁を仄かに照らしている。
「伊豆ダンジョンを思い出しますわね」
「そういえばあそこも静かでしたね。変なローパーは居ましたけど」
「あのキモさ、思い出すだけで背筋がぞっとしますわ」
そう言って肩を抱き、わざとらしく身震いして見せるアーデルハイト。まだ人気も今程なく、まだまだ駆け出しだった頃の話だ。とはいえ、当時は楽しんで爆破していたような気がするのだが。
「拍子抜け」
「確かにそうかも。こんな怪しい洞窟、魔物だらけなんじゃないかと思ってたもん」
肉に牽かれ、岩場をゴロゴロと進む『
その後も雑談を交わしつつ、一行は何の変哲もない岩窟を進んでゆく。脇道もなく、兎の姿も暫く見ていない。本当にこの洞窟が正解の道だったのかと、
そうして歩くこと三十分。流石のアーデルハイトも、いい加減歩くのに飽き始めていた頃。漸く変化が表れた。先程まで歩いていた通路は、精々が五メートルほどの道幅であった。しかしアーデルハイト達が辿り着いたこの場所は、道幅が少しずつ狭くなっている。更にその少し先を見てみれば、そこには上へと続く石階段があった。
なによりも異質な点は、階段に無数の鳥居が設置されていた事だろうか。それもよく見かける赤い鳥居ではなく、美しい純白の鳥居であった。『木色』ではなく、本当に真っ白な鳥居だ。イメージとしては、アジサイ寺として有名な
「あら、綺麗ですわね」
「これがダンジョンの中だというのだから驚きですね。あちらの世界でも、こんな場所は聞いたことがありません」
突如として現れた美しい光景に、アーデルハイトとクリスは素直に感心した。しかし、地球人である
「こんなの絶対ボスじゃん」
「セーブポイントありそうだよね」
:はえー、すっごい光景ね
:セーブポイントありそう分かるわw
:確実にラスボス前じゃん
:ラスボスにしては神々しすぎない?
:つまりこれは裏ボスの流れ
:いやでもアデ公だぞ? 案外また蟹かもしれん
:くそw 否定しきれないのが悔しい
:いくらアデ公が芸人気質でも、ダンジョンの構造とは関係ないだろ!?
:これで蟹だったら腹ちぎれるくらい笑うかもしれん
それはRPGでのお約束。
思えばこれまでの道中も、どことなくそれっぽかった。ただの一本道、かつ罠無し、雑魚敵とのエンカウントも無し。成程確かに、考えれば考えるほど、ラスボス前にありがちな状況であった。そんな俄に騒がしくなった視聴者たちへと、アーデルハイトが真面目な顔で注意する。
「みなさん、これはゲームではありませんのよ? ファンタジー小説でもなければマンガでもありませんわ。そんな非現実的な展開ありえませんわ。真面目に考えて下さいまし」
:どの口が言うてんねん!
:ファンタジーの塊がなんか言ってる
:お前ら真面目に考えろよ!!
:散々異世界ファンタジーやっといてコレだよ
:おまいう
:初配信からゴブリンでサッカーしてたやつがいう台詞か?
:このチャンネルの七割は非現実的だと思うんですが、それは
もはや丁寧な
当然の様に総ツッコミを受け、アーデルハイトはぷぅと頬を膨らましていた。こういった部分が、一部から芸人系令嬢などと呼ばれる所以なのだろうが。
ともあれ、ここまで来て引き返すなどという選択肢は、当然ない。邪魔になりそうな『
一段、また一段と階段を登る度、なにか不思議な気配が近づいてくるようで。
そうして数分後。階段を登り終えた一行の前には、広大な花畑が広がっていた。名も知らぬ小さな花と、足首程度の高さで揃えられたふわふわの草原。仮にもダンジョン内だというのに、頭上には青く澄み渡る空が広がっている。
「……いよいよ訳がわかりませんわ」
腕を組んだまま辺りを見渡し、ふんす、と息を吐き出すアーデルハイト。海底かと思えば洞窟であったり、洞窟かと思えば花畑であったり。不思議の塊であるダンジョンといえど、景色の移り変わりが激しすぎる。果たして、ここは一体どういった場所なのだろうか。それは、視聴者達を含む全員が抱いた疑問。しかしその疑問に答えられるものなど、誰一人としていなかった。
「お、うさぎ」
それはオルガンの呟き。
釣られるように見てみれば、そこには例の白兎の姿があった。となれば肉が飛び出していきそうなものだが、しかしどういうわけか、肉は一向に動かない。ただ何かを警戒するように、鼻をふすふすと鳴らすだけであった。
「お嬢様、あれは何でしょうか」
次いで、クリスが何かに気づく。
彼女が指差す先、例の白兎のすぐ隣には、一振りの剣が突き刺さっていた。否、よくよく見てみれば、それは『剣』というよりも『刀』のような形状をしている。突き刺さっているが故に詳しくは分からないが、しかし恐らくは、アーデルハイトの身長よりも大きい。片刃ではあるが、反りはない。棟は純白だが、しかし刃は漆黒という異様さ。
この時点で、アーデルハイトはある気配を感じ取っていた。
それは彼女がこれまでの人生で、都合五回ほど感じたことのある感覚。剣聖である彼女にしか分からない、彼女だからこそ分かる気配。
すなわち────。
「……聖剣、ですわね」
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