第123話 見ろ、この上腕二頭筋を(閑話)

 京都ダンジョン25階層。

 かつてアーデルハイトと魔女と水精ルサールカの面々が共同で訪れたこの場所に、この男達もまた足を踏み入れていた。


「思ったより早く着いたな」


 肩を鳴らしながら、ウィリアムが呟く。

 その両手には厳つい篭手ガントレットを装着しており、魔物の血と思しき紅い液体で汚れている。彼はここまで、殆ど全ての戦闘に参加していた。如何に世界トップクラスの探索者であるウィリアムといえど、これほど下層まで来れば無傷というわけにはいかない。丸太のような太い腕には無数の細かい傷と、頬からも少しだけ出血していた。


「ナビが優秀だった。流石はダンジョン大国日本のトップ探索者パーティだ」


 そう言って、気障ったらしくメガネの位置を正すのはレナード。脳筋なウィリアムとは違い、彼は基本的に後方支援と指揮に徹していた。故に目立った傷はなく、強いて言えば防具が多少汚れている程度だ。


 アーデルハイトに会うため───表向きの要件は渋谷Dの共同探索だったが───日本へやってきた『魅せる者アトラクティヴ』。四人の探索者からなる彼らは、現在それぞれが別行動をとっていた。

 パーティのエースであり切り込み役のレベッカは、恐らくアーデルハイトと同等の実力を持つであろうウーヴェの元へ弟子入りを。


 遊撃を担当する槍使いのリナは、そもそもアメリカで待機中。


 そしてウィリアムとレナードは、観光と修行を兼ねてダンジョン周りを行っていた。折角ダンジョン大国の日本にやって来たのだから、様々なダンジョンを巡ってみたい、などという実に探索者らしい理由だった。そうしてどのダンジョンを回るかを二人で相談したのだが、渋谷以外の下調べを行っていなかったが故に、情報が不足して決められずにいた。


 そこでひとまず、アーデルハイトの配信に映っていた京都Dと伊豆Dを回ろうということになったのだ。もはやただの聖地巡礼である。

 ともあれその第一歩として、現在は京都ダンジョンに来ているというわけだ。


「いやぁー!褒めても何も出ないよぉー?ぐへへ」


「よだれキモい」


 流暢な日本語による、レナードの率直な賛辞に気を良くするくるると、そんな彼女に罵声を浴びせる紫月しずく。彼女達魔女と水精ルサールカは今回、ウィリアムとレナードの依頼により道案内を行っていた。なお、クオリアは前日にジムで張り切りすぎたため欠席である。


「まぁ姫さんと来て以降、うちらもだいぶ鍛え直したからなぁ。全員一回以上はレベルアップしとるし、25階層までは安定してきたとこや」


 自信満々といった様子で長柄の戦斧を振り回すのはスズカ。彼女もまたウィリアムと同様、ここまで殆どの戦闘に参加している。やたらと張り切るウィリアムとスズカ、二人の前衛による突破力は凄まじく、ここまで苦戦らしい苦戦もなかった程だ。いくつかの軽傷は見られるものの、この程度は探索者にとって傷とは呼ばない。


 余談だが、魔女と水精ルサールカはアーデルハイト達との共同探索から暫く後、パーティ単独による30階層到達を成し遂げている。突破こそ成功しなかったものの、今の調子ならばそう遠くないうちに突破できるだろうとスズカは踏んでいる。

 それほどまでに、魔女と水精ルサールカの実力は伸びていた。アーデルハイトから受けた刺激は、彼女達に大きな成長を齎したと言えるだろう。同時期にアーデルハイト達がいろいろとやらかしたおかげで、それほど話題にならなかったことだけが誤算だろうか。


「我々から見ても君達の実力は相当高い。というよりも、こんな上から物を言える程の差はないように感じる。これほどスムーズにここまで来られたのは、間違いなく君達のおかげだ」


「いやぁ、それほどでも……っていうか、ウィリアムさんもレナードさんも流石だよね!即席パーティなのに、私達にぴったり合わせるんだもん」


「我々はメンバー全員で行動する機会がそう多くない。そのあたりはお国柄とも言えるが……そういうわけで、各々が協会でメンバーを見繕い、即席パーティで探索する場合が多いんだ。初対面の相手に合わせるのは慣れている」


 レナードの言うように、これはアメリカの探索者達の特徴といえるだろう。チームワークを重要視する日本では、無いとは言わずとも、そう頻繁には行われないことだ。


 アメリカの探索者達は、ダンジョン探索を単なる金稼ぎの場として見る傾向が強かった。謂わば傭兵のような立ち位置といえば分かりやすいだろうか。故に自分が金を稼ぎたいタイミングで適当に潜り、適当に稼いで帰ってくる、といったスタイルが一般的である。

 対して日本でのダンジョン探索は、どちらかといえばロマン要素が強い。一般的に言う『冒険者気質』とでもいうべきだろうか。金を稼ぐのはもちろんだが、それ以上に探索内容を気にしがちなのだ。ダンジョン大国ということもあって、ダンジョン配信が盛んなのもそれに拍車をかけている。


 どちらが良い悪いという話ではなく、単純にそういった特色があるというだけのことだ。ウィリアムとレナードが、簡単そうに魔女と水精ルサールカとの連携を行えるのにはそういった背景があった。


「さて、それで……あれがそうか?」


「ああ、例のヤツだ……なるほどな……」


 何やら感慨深そうに、短い言葉を交わすウィリアムとレナード。

 二人の男が見つめる先には、地面にめり込んだ一本の鉄パイプがあった。言わずもがな、先の死神討伐の際にアーデルハイトが投擲してぶっ刺した、例のアレである。

 あの一件以降、この場所は京都ダンジョンの観光名所扱いになっている。しかしここは25階層。そう簡単には来ることが出来ない場所だ。最低限、ミストレスを倒せるだけの実力がなければ拝むことすら叶わない。

 故に上級探索者達は皆、このエクスカリパイプを一目見ることを目標に京都ダンジョンへとやってくる。以前は過疎Dと呼ばれていた京都だが、今は巡礼者のお陰でいくらか賑わいを見せているほどだ。


 そしてウィリアムとレナードの二人もまた、これが目当てであった。


「確かアレを引き抜いた者には、異世界の力が宿るんだったな?」


 至極真面目な顔をして、意味のわからないことを宣うウィリアム。だが彼が目にした掲示板では、確かにそう書いてあったのだ。無論、彼とてそんな情報を鵜呑みにしているわけではない。だが観光名所としてはありがちな、一応は試してみたくなるような話であった。


「なんでもノーブルパワーが手に入るらしいよ!!なんだよそれ!ウケる!」


「いやまぁ、ファンが勝手にそう言うとるだけやけどな」


「私達も試した。びくともしない」


 魔女と水精ルサールカの面々も既に試したらしく、やはり抜くことは出来なかったらしい。周囲を見てみれば、恐らくはチャレンジしたのであろう探索者パーティの姿がふたつ。それぞれ四人パーティであったが、皆一様にボロボロだった。

 ここまで到達している時点で、それなりに高い実力を持つパーティだというのは窺える。だが、どうやらここに来るまでに力を使い果たしたらしい。息を切らしながら、固唾をのんでこちらを見つめていた。


「ふん……いいだろう」


 ウィリアムはそう言うと、おもむろにポージングを始める。


「見ろ、この上腕二頭筋を───ふんッ!!三角筋はどうだ?胸筋もあるぞ?」


「ああ……デカすぎて固定資産税がかかりそうだな」


「スキニージーンズに謝れ!!」


「マッチョの枯山水」


「何を言うとんねんお前ら……」


 突如ボディビル大会の会場と化した25階層で、スズカだけがツッコミを入れる。ダンジョン内には安全地帯など、基本的には存在しない。各階層の出入口付近は比較的安全と言われているが、それはあくまで『比較的』というだけのこと。当然ながら、確実な安全を保証するものではないのだ。


 呆れたスズカが心の中で『なんでもいいから早く終わってくれ』などと考え始めた頃、ウィリアムが漸く鉄パイプの前へと進み出た。鉄パイプの先端、少し折れ曲がった部位をそっと握り、大きく深呼吸をする。


「彼女の細腕で刺した鉄パイプ程度、抜けぬ筈もないだろう。日本の諸君、すまないがノーブルパワーは俺が頂きだ────はぁぁぁぁぁッ!!」


 裂帛の気合と共に、ウィリアムが全ての力を両腕に集中させる。彼は探索者として何度もレベルアップを経験しており、その身体能力は一般人の比ではない。さらには常日頃から筋トレを欠かさないウィリアムだ。その膂力は間違いなく、人類でもトップクラスだろう。


「うぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 盛り上がる筋肉と、浮かび上がる血管。ウィリアムの顔は真っ赤に染まり、それらが正真正銘の全力全開であることを伝えてくれる。


「ぐッ……オオオオオッ!!」


 そうして汗を滲ませながら、全力で鉄パイプと格闘すること五分。地面に突き刺さった鉄パイプは、まるで抜ける気配がない。それどころか、ほんの1ミリたりとも動いていないように見える。ウィリアムが手を離した時、そこには最初と何ら変わらぬ姿で佇む鉄パイプの姿があった。


 25階層に足を踏み入れたとき、全く息を乱していなかったウィリアム。だが今は激しく肩を上下させ、目を見開いて息を切らしていた。


「ハァーッ……ハァーッ……」


 大の字になって地面に寝転ぶウィリアム。くるる紫月しずくはそんな彼へと、じっとりとした胡乱げな瞳を向けていた。そして傍らで静かに見守っていたレナードは、人差し指で眼鏡の位置を直しつつこう言った。


「……帰るか」


 彼らの聖地巡礼は、まだ始まったばかりである。

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