第122話 回転式だ
「どうもー。Dekee’s渋谷店、店長の
アーデルハイトとウーヴェの会話を聞いていたのだろう。特に紹介を受けたというわけではないが、ウーヴェの隣に座る女性が自己紹介を始める。どうやら東雲はファミレス店長の傍ら、同人活動を行っているらしい。今回はサークルとしてイベントに参加しており、本当に偶然、アーデルハイト達と隣のスペースになったようだ。
「前にウチの店に来てくれましたよね?なんかすごい美人と有名人が同じテーブルに座ってるし、宇部くんが失礼な態度をとってるしで、しっかり覚えていますよ。その節は申し訳有りませんでしたっ」
東雲はそう言うと、椅子の上でふんぞり返っているウーヴェの頭を掴んで、強引に下げさせる。あちらの世界での、ほとんど修験者のようなストイックさで各地を練り歩いていたウーヴェを知っているだけに、アーデルハイトとクリスはただただ目を丸くするばかりであった。
「いえ、お構いなく……というか貴方、随分と丸くなりましたわね?」
「ふっ……順応したと言え」
「飼いならされているだけではありませんの……?」
「俺の順応力は半端ではないぞ、剣聖。もはや貴様よりもこちらの世界に馴染んでいると言っても過言ではないだろう」
一体その自信はどこからくるのだろうか、どこか得意そうに語るウーヴェ。とはいえアーデルハイトもこちらの世界に来て早数ヶ月。未だ慣れぬ部分も多いが、つい先日こちらに来たばかりのウーヴェに、順応という点で劣っているとは思えない。当然ながらアーデルハイトは反論する。
「何を言い出すかと思えば……貴方のような脳筋にわたくしが劣っていると?有り得ませんわね」
「俺は先日、早くもこの国の伝統料理を食ったぞ」
「……なんですって?あの文化は悪しきものとして、とうの昔に絶滅したと聞いておりますわよ?」
「絶滅……?いや、ウチの店の隣にあるぞ。しかも───ふッ……回転式だ」
「なんですって!?それはどういう……どちら側が回転しますの!?おじさん側ですの!?」
そんな二人の会話を隣で聞いていたクリスが、何か話の噛み合っていない空気を感じ取ったのか、手を叩きながら二人の間に割って入る。
「はいはい。話は取り敢えず後にして、さっさと準備しましょうね」
時間には多少余裕があるとはいえ、無駄話をしている場合でもない。それに東雲のサークルが隣のスペースだというのなら、作業しながらでも話は出来るだろう。見れば
島中のサークルスペースはそう広いものではない。人間二人が並んで座れば、もうそれで精一杯だ。つまり準備をするといっても、アーデルハイトには特に出来ることがないのだ。仕方がないので、アーデルハイトはなんとなく準備を手伝っているような雰囲気を出しつつ、先ほど無視したヤンキーへと水を向ける。
「それで、ウーヴェは飼い主の手伝いで来たというのは分かりましたけれど……ベッキーは何をしに来ましたの?」
「あァ、アタシは師匠に付いてきただけだよ。日本観光も兼ねてなァ。この後はそのへんをブラブラ見て回るつもりだぜ」
「ふぅん……貴女、結構な有名人なのではなかったかしら?囲まれたりしませんの?」
「くくッ、それをアンタが言うのかよ。まァ大丈夫だろ。地元じゃアタシがガン飛ばせば一発で道が開くぜ?ニッポンの青瓢箪どもなんざ、一発よ」
そう言って、立てた親指を下方に振り下ろすレベッカ。レベッカはやはり見た目のみならず、言動すらもただのヤンキーであった。そんなレベッカの言葉の中に、アーデルハイトには一つだけ気になる点があった。
「いつぞやのリザードマンのようなチンピラぶりですわね……あら?」
「ちなみに兄貴達は、折角だからっつって日本のダンジョン巡りしてンぜ。配信もしてる。今何処に居るかは知らねェけどな」
「それはまぁどうでもいいですわ。それよりもベッキー、『師匠』というのは一体なんですの?」
そう、レベッカは先程の会話の中で、確かに『師匠』と言った。世界でもトップクラスの探索者である彼女がそう呼ぶ人物など、アーデルハイトには心当たりがなかった。否、そうでなくともアーデルハイトは他の探索者の事情など何も知らないのだが。
レベッカの実力はアーデルハイトの目から見ても高い。『こちらの世界では』という注釈をつけるのならば、少なくともアーデルハイトがこれまでに見てきた探索者の中で、間違いなく一二を争う実力者だろう。ちなみに対抗馬は
そんな彼女が師と仰ぐ人物の候補など、この場には三人しかいない。アーデルハイトと、クリスと、そして───
「あ?そりゃあそこの
さもありなん。
アーデルハイトとクリスではないのだから、自然とそういうことになる。信じられないものを見たような、驚きの顔でウーヴェへと視線を向けるアーデルハイト。
アーデルハイト自身、他人に剣術を教える事はあった。騎士団員であったり、わざわざ公爵領まで尋ねてきた腕自慢であったり、直近で言えば
そんな彼女だからこそ言えることだが、人に何かを教えるというのはコミュニケーションが重要だ。相手が理解できるよう、上手く導いてやれるかどうか。そこには言葉が必須であり、『見て盗め』などというのは、ただの非効率な怠慢に過ぎない。それは彼女が
故に、この人付き合いをまるで知らないような野生のゴリラに、人に何かを教えるなどということが出来るとは到底思えなかったのだ。
「貴方……」
「違う。俺は承諾していない。そこの女が勝手につきまとってくるだけだ」
「まァ概ねその通りだなァ。でもこれで案外、手合わせはしてくれるンだぜ?」
アーデルハイトはこの一連の流れから、大凡の状況は掴んでいた。
強くなる為にアーデルハイトの元を訪れたレベッカは、しかしまんまと煙に巻かれてしまった。だがウーヴェとの模擬戦でその強さを知り、アーデルハイトの代わりに纏わりついている。そしてウーヴェはウーヴェで、どうしていいか分からずに、レベッカの勢いに押されて時折稽古をつけている。もちろん仔細は不明だが、概ねこんなところだろう。
「丸くなりましたわね……」
「やめろ。俺とて、こちらの世界に来て色々な事を学んだ。この国では拳で解決出来ないこともある。それだけだ。決して流されているわけではない」
「いえ、わたくしが言うのも何ですけど、貴方は流されっぱなしですわよ?」
自分から望んでこちらへとやって来たというのに、そのまま行き倒れ、拾われ、アルバイトとして働き、店の事務室で生活をしている。そうして今、勢いに負けて弟子までとっている。これを流されていると言わずして、一体何といえばいいのか。
「それにこの女は、それなりに見どころがある。少なくとも店長よりは強い」
「おっ?へへ、よせやい。アタシもまだまだって思い知らされたばっかだぜ?」
アーデルハイトの胡乱げな視線に、取り繕うようにそう言い訳をするウーヴェ。ライバルである───少なくともウーヴェにとっては───アーデルハイトに、生暖かい目で見られるのが恥ずかしかったのかも知れない。
ちなみに東雲は探索者ですらないただの一般人である。レベッカの方が強いのは当然なのだが、ウーヴェからすればそう変わりがないのだろう。それほどまでに、ウーヴェの実力は隔絶している。
「まぁ、わたくしもこちらの世界に来てから弟子が出来ましたもの。拳聖である貴方に弟子がいても、まぁギリギリおかしくはないかも知れませんわね。ギリギリ」
「……何?剣聖、貴様の───」
そんなアーデルハイトの言葉に、ウーヴェが何かを言おうとしたその時だった。雑談をしている間にも準備を進めていた
「お嬢ー!!そろそろ先に着替えてきて欲しいんスけどー!」
「……というわけで、わたくしは着替えに参りますわ。いいこと?とにかくイベント中は、二人共問題を起こさないで下さいまし」
そう言い残し、衣装の入ったバッグを手に颯爽と立ち去るアーデルハイト。この後はクリスと
「……どう考えても一番問題起こしそうなのはアンタだろ」
* * *
「お待たせ致しましたわー!」
数分後、着替えを終えて戻ってきたアーデルハイト。そんな彼女が見たものは、折角準備したポスターやポップをバッグにしまうクリスと、ゲラゲラと床を転げ回るレベッカ。そして運営スタッフと思しき数人の男女と、何やら深刻そうな顔で会話をしている
元気よく戻ってきたアーデルハイトに気づいたスタッフ達が、アーデルハイトの姿を見て目を輝かせる。
とはいえ、
「なんですの?一体どういう状況ですの?」
「あー……なんというかまぁ、予想通りの展開になったって感じッス」
「予想通り?なんのことですの?」
「平たく言えばつまり、『混雑が予想されるので移動してくれ』ということですよ、お嬢様」
昨今の異世界方面軍の活躍を鑑みて、また先のダンジョン制覇の件も含め、水際族をこのままこの場所に置いておいては、運営に支障が出るレベルで混雑することが予想される。故に、別の場所にスペースを設置するのでそちらに移動して欲しい。つまりはそういう運営側からの申し入れであった。
嬉しいような、悲しいような。
こうして水際族こと異世界方面軍は、館外のスペースへと連行されてゆく。そんな様子を見てゲラゲラと笑っていたレベッカであったが、彼女も他人事ではなかった。
「あの、レベッカさん。貴女もです」
「あァ!?ンでだよ!?アタシは別に関係───」
「はい、ドナドナですわよー」
スタッフに対してドスの利いた声で凄むレベッカ。しかしアーデルハイトに捕獲され、そのままズリズリと床を引きずられて連行されてゆくのであった。
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