第146話 悲しい中年ですわね
探索者協会伊豆支部。
ここ最近で急激に利用率が増加したそこで、支部長である
「おことわり~、おことわり~、お断りですわ~」
「すまぬー」
「なんなんですかその動き!きぃー!!ムカつくぅー!!」
事の発端は三度目となる異世界方面軍の襲来にあった。
アーデルハイト達が伊豆ダンジョンを制覇して以降、資源採取ダンジョンとして生まれ変わったこの場所は、すっかり初心者に人気のダンジョンとなっていた。
階層主が現れなくなり採取出来る資源が増加した結果、比較的安全に探索が出来るようになったからだ。戦闘に自身のない者や、まだレベルアップを経験していない者達からすれば、まさにうってつけの修行場所といえるだろう。
勿論、実力が十分にある上級探索者からすればそれほど旨味はない。如何に資源の数が増えたといえど、高値のつく資源はそれなりに深い階層まで潜らねば殆ど手に入らない。その上、副産物である階層主由来の素材が手に入らないのだ。つまり上級探索者達からすれば、細々とした収入を求めて伊豆を訪れるよりも、一発を求めて渋谷等のダンジョンに潜った方が実入りが良いということだ。無論、それに比例して危険度も増すのだが。
ともあれ、そうして一躍人気ダンジョンの一角に躍り出た伊豆ダンジョンは、現在なかなかの忙しさを誇っていた。アーデルハイト達の制覇直後には本部からの人員補充も行われたが、それでも余裕があるとは言い難い。過疎ダンジョンだったが故に、元々職員の数は少数だったのだ。引き継ぎや研修などのことを考えれば、一人か二人補充されたところで劇的に変わる筈もない。故に、支部長である
そうして出勤してきた
他でもない制覇者の彼女達が、初心者ダンジョンと化したココに今更用があるとは思えない。白蛇素材の買い取りについては、何故か当初よりも売却数が減っていたがひとまず話がついている。であれば、彼女達は一体何をしに来たのか。
ひどく嫌な予感が頭を過ぎった
「おことわり体操ですわ」
「なんですかそれ!!」
「わたくしにも分かりませんわ」
「くッ……馬鹿にしてぇー!!」
カウンターの奥できゃんきゃんと喚く
「そもそも!その隣の銀髪ロリは誰なんですか!?いつの間に増えたんですか!?ちゃんと答えてください!!」
「おことわ───」
「きぃぃーーーー!!」
そんな馬鹿げた騒ぎを受付で堂々と繰り広げているのだから、当然彼女達の姿は目立っている。そうでなくとも、その圧倒的なビジュアルと話題性ですっかり有名な異世界方面軍だ。朝から伊豆支部を訪れていた駆け出しの探索者達は、キラキラとした憧れの眼差しを彼女達へと向けていた。
「やべぇ、生アデだ……控えめに言って最高です」
「デッッッッッッ!!」
「生クリスに生ミギーも居る!!今日伊豆来ててよかったぁ……」
「隣のあの子、配信で紹介されてたエルフの子じゃない?」
「サインとか頼んでもいいのかな……」
異世界方面軍のリスナーでなくとも、ここ伊豆ダンジョンでは彼女達を知らない者など居ない。ポーションを発見したのも、制覇したのも彼女達なのだ。過疎の一途を辿る伊豆ダンジョンの状況を好転させた異世界方面軍は、もはや伊豆で活動を行う全ての探索者達の憧れとなっていた。
しかし異世界方面軍は伊豆を本拠地としているわけではない。つまり伊豆支部に来たからと言って、彼女達に会えるというわけではないのだ。
アーデルハイトの容姿に見惚れる者、ムカつく体操と共にゆさゆさと上下する、例のアレに目を奪われる者。クリスと
本日たまたま居合わせた彼ら彼女らは、自らの幸運を噛みしめるように馬鹿なやり取りをうっとりと眺めるばかりであった。
そんな折、騒ぎを聞きつけたのか食堂から二人の探索者が姿を見せた。
「師匠!待ってましたよ!!」
「またやってんのか……あんま虐めてやんなって……」
その二人とは、異世界方面軍チャンネルではもはやすっかりお馴染みとなった東海林父娘であった。今回の探索は最深部に置いてきた
今回はクリスが諸事情により地上待機となっているのだが、しかしアーデルハイト一人で潜るには少々手が足りない。折角潜るのであれば多少は資源を回収したかったし、『Luminous』との契約用に魔物素材も回収するつもりであった。故に、荷物持ちのついでに弟子を鍛えようということで、ある程度事情を知っているこの二人を招集したのだ。もちろん荷物持ちはおっさんのほうである。
なお、クリスの諸事情というのはオルガンの研修である。今後は
オルガンの事だ、
「こちらから頼んでおいて言うのもアレですが……お二人共、よろしいのですか?」
クリスが少し心配そうな表情で
稽古をつけるという名目はあれど、殆ど雑用の為に呼びつけたようなものだ。やはり多少の申し訳無さは感じていた。特に
「勿論です!師匠の教えを受けられるなら何処へでも!!───というか、ここ最近ウチの蔵人が音信不通なんですよね。まぁよくあることなんですけど……とにかく、おかげで暇でして」
「こっちも問題ないぜ。特に予定もねぇし、嬢ちゃんらに声かけられなきゃ普段通りに一人でダンジョン潜るだけだったからな」
そんなクリスの問いに対し、特に気にした風もなく答える東海林父娘。
「悲しい中年ですわね……」
「ほっとけ!!」
そんなお馴染みのやり取りを、まるでノルマであるかのように一通りこなした後。アーデルハイト達一行は、殆どお散歩気分でダンジョンへと潜っていった。
その頃にはオルガンの研修も終了し、目論見通り彼女は機材の扱いをマスターしていた。それどころか魔法を使用しての応用まで考案しており、研修を担当したクリスと
こうしてオルガンを加えた新生異世界方面軍は、伊豆Dを踏み台にして今後の準備を整えたのだった。
ダンジョン最深部の部屋にあった台座には、新たに二人の名前が刻まれたという。
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