第34話 あ、間違えましたわ(雑談枠)

「結果発表!!ですわっ!!」


『わこつ!』

『待ってた!!』

『きちゃ!』

『待機中の背景とかも徐々に整ってきてええやん!』

『こんばんアーデルハイト!!(黒歴史』

『告知見てから全裸待機してました』

『↑お前は服着ろ』

『結果発表待ってました!』


 前回の雑談枠と変わらず、場所はクリスの部屋。時間も前回と同じように夜。これといって何も変化のない雑談枠配信だったが、しかしリスナー達はそんなことを気にすることもなく、ただ大騒ぎしていた。ゲームのドロップ確認然り、探索者の成果確認然り。いつだってそうした瞬間は心踊るものだ。


 ちなみに、配信業はスタートが肝心ということで、アーデルハイト達は出来る限り間を置かずに配信を行っている。彼女達にとっては今回で通算四度目となる配信だが、京都で初配信をしてからまだ一週間程しか経っていない事を考えれば、アーデルハイト達の配信頻度は高い。だが通常のゲーム配信等とは違い、ダンジョン配信というジャンルではここまで頻繁に配信を行わないのが一般的だ。普通は週に一回か、多くても二回といったところだろう。


 理由はいくつかあるが、その最たるものはやはり体力の問題だ。基本的に自宅や事務所等で行う一般配信とは異なり、ダンジョン配信は身体を酷使する。探索中は勿論のこと、ダンジョンまでの移動にも時間と体力を使う。故に、配信と配信の合間には休息が必要であるし、装備の点検やアイテムの補充も行わなければならない。そういった理由から、週に1~2回で限界なのだ。

 また、ダンジョン配信者は基本的に雑談枠の配信などを行わない。雑談配信をする者が全く居ないというわけではないが、しかし殆ど居ないと言ってもいい程度には少ない。雑談配信を行っている稀有な配信者達は、代わりにダンジョン探索のインターバルを長く取る。どちらも理由は先程のものと同じで、しっかりと身体を休める為だ。


 週に二度もダンジョンを走り回っておきながら雑談枠も取りつつ、それでいて元気一杯のアーデルハイトが異端というだけの話である。武器すら持たず、その身体一つでダンジョンを駆け抜けるが故に、少なくとも現状ではアイテムの補充すら必要としない。これは彼女達にとっては大きな武器の一つだった。配信頻度を増やせるということは、それだけ視聴者達の目に留まる回数が増えるということだ。既存のリスナー達の期待に応えることにもなるし、新規のリスナーを獲得することにも繋がるのだ。


 その上雑談枠のみならず、それ以外にも手を出そうとしている始末である。折を見てゲーム配信等も行うつもりであったし、視聴者参加型の企画も考えている最中だ。勿論、ダンジョン配信も継続していく。

 体力的に問題が無いのだから、数字に繋がりそうなことは全て行う。異世界組の圧倒的なフィジカルを武器に突き進む、それが彼女達の基本戦術であった。疲れた時はその都度リフレッシュすればいいだろうという、ある意味行き当たりばったりな戦術でもあるのだが。


 それはさておき。

 今回は伊豆での結果報告のための枠である。伊豆ダンジョンではいくつかの取得物があったものの、視聴者達が最も気になっているものといえば、やはり回復薬の値であろう。実は伊豆ダンジョンで回復薬が発見されたことは、既に探索者協会から発表が出ていた。しかし発見者や換金額などは個人情報となるため公表されていないのだ。


『さぁいくらの値がついたんだ、言ってみたまえよ』

『ほんとに中級だったんですか!?』

『オッサンの目利きでは中級で最低500って話だったけど』

『協会が出した昨日の発表で中級確定してたよ』

『うひょー!!ワクワクして来た』

『伊豆が不人気じゃなくなる可能性が……?』


「まぁまぁ、落ち着いてくださいまし。今回の発表の為にわたくしの優秀なスタッフがこんな物を作ってくれましたわ」


 盛り上がる視聴者達からのコメントを受け、アーデルハイトがテーブルの下から何か板状の物を取り出した。大きさはA4サイズ程で、板の上部には『買取金額は!!』等と書かれている。その文字の下にはシールが貼られ、恐らくは金額が書かれているのであろう部分を覆い隠している。要するによくあるフリップだった。勿論みぎわの作である。


『まさかそれは!!』

『伝説の!』

『フリップくんじゃないか!!』

『草』

『無駄に凝ってるなww』

『スタッフも色々ようやっとる』

『スタッフ……例の三人目か?』


「そう、皆さんご存知のフリップですわ!!というわけで、コレで発表しますわ!!焦らすことでドキドキ感を煽る、結果発表には最適のアイテムだと聞いておりますわ」


『まぁそうねw』

『よくある手法ではある』

『テレビとかではよく見るけど個人で作るやつはあんまり居ない』

『っしゃああああ盛り上がってきたぜ!』

『頼んだぞオッサン……!!』

『わざわざ作ったってことは……?』


 仕組みとしてはフリップをめくるだけの単純なものだが、彼等にとってはすっかりお馴染みの演出である。擦られ倒した手法といえど、やはりなんだかんだと盛り上がりを見せる視聴者達。だがこちらの世界に来てから二週間かそこらのアーデルハイトには、まるで馴染みのない代物だ。しかしそれでも、隠されたものが徐々に姿を現す、その高揚感のようなものは理解らないでもなかった。


「それでは早速めくりますわよ!!」


『ドキドキ……』

『アデ公にいいもん食わせてやってくれ!』

『伊豆の未来も背負ってるんだぞ!』

『クソwなんだかんだで楽しみなの悔しい』


 徐々に期待感の高まるコメント欄を横目に、アーデルハイトがフリップに手をやる。そうして彼女がフリップ中央のシールをそっとめくり、最初の文字がカメラに映し出された。そこに現れた数字は『6』であった。


「あ、間違えましたわ」


 そう言ってシールを元に戻すアーデルハイト。まさかの凡ミスである。

 数字は元通りに隠れたが、しかし視聴者達の目に入ったものまでは無かったことには出来ない。覆水盆に返らずとはこのことだ。


『逆ゥー!!!』

『やりやがったなぁ!!』

『台無しで草』

『スタッフの人すまん……』

『そんなオチだと思ってたよ!!』

『俺は分かってたよ。アデ公が普通にめくらないってことはね』

『クソォォォォ!!』

『ある意味期待通りなんだよなぁ』


 期待を膨らませていただけに、コメント欄は阿鼻叫喚となった。もはやどうにもならない事を悟ったアーデルハイトは誤魔化すでもなく、開き直ってそのまま全てのシールを剥がし、自らの背後へとシールを投げ捨てた。


「はい。というわけで結果は675万円ですわ」


『はいじゃないが』

『開き直ってんじゃないよ!!』

『思ってたよりも高値だった事を喜びたいのに頭に入ってこない』

『うおおおおお……おおおお!?』

『どっちに感情を向ければいいんだよ!!』

『すげぇのに何かモヤモヤするぅぅぅぅ』


「過ぎた事を悔やんでも仕方がありませんわ。過去に捕らわれることなく未来を見据えて歩き続ける、我々人間は前を向いて生きる生き物ですの。皆さんにはそんな人間になって欲しいと、わたくしは願っておりますわ」


 混乱する視聴者達へ、慈愛の眼差しで語りかけるアーデルハイト。その顔と台詞だけを見れば、彼女こそが正しく『聖女』であると誰もが思ってしまいそうだ。まるで『美』を人の形に編み込んだような、いっそ神々しささえ覚える程の優しい微笑み。しかし異世界方面軍の活動が始まってからこれまで、短い時間とはいえアーデルハイトを見てきた視聴者達を騙す事は到底出来なかった。


『誰が言うてんねん!!』

『恐ろしく鋭いブーメラン、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』

『台詞だけはすげぇ良いこと言ってるな?』

『悔しいけど見惚れちゃう、びくんびくん』

『俺達は誤魔化されんぞ!!』

『聖女』

『勇者』

『聖女ちゃん』


「その名前は禁句ですわ!!ブチのめしますわよ!?」


 先程の表情はどこへやら、アーデルハイトは頬を膨らませながらコメント欄と戦いを繰り広げ始めてしまった。本心から喧嘩をしているわけではなく、ある意味プロレスのようなものではあるが。

 そうしてぎゃあぎゃあと下らない言い争いを繰り広げること凡そ3分、漸く落ち着いたアーデルハイトは、いつの間にか二つにへし折られたフリップを投げ捨てて話を進める。


「ふぅ……。さて、ざっくりとした内訳ですけど、回復薬は1200万円で買い取ってもらえましたの。相場よりも少し高い値段での買取になっていまして、これはおじ様の力が大きいですわね。それをおじ様と折半して600万円ですわ。残りの75万円はローパーの討伐報酬ですわね」


『おめでとう!』

『いやぁ良かった』

『収穫無しの京都と比べれば雲泥よ』

『探索者やっぱ夢あるなぁ』

『一発がデカいわ』

『でもリスク考えるとやってみたいとは思えんなぁ』

『ローパーくん安くない??』


「ローパーに関しては伊豆ダンジョンが不人気ということもあって、被害がそれほど大きくなってはいなかったからこの金額とのことですわ。わたくしにとってはそこらのゴブリンとそう変わりませんし、頂けるのであれば何でも良いのですけど」


『王者の風格』

『強者の自信』

『公爵の気品』

『令嬢の巨乳』

『進撃の巨尻』

『好き放題言われてて草』

『実際半分遊んでたしな……』


 アーデルハイトはそう言っては居るが、実際にはまだ被害が広まる前であったというだけで、危険度だけならば件のローパーは中々のものだった。動き自体は遅いものの、仮に新人の探索者達が不意に遭遇しようものならば被害は免れなかっただろう。階層主と同等、或いはそれ以上に厄介な魔物がそこらを彷徨うろついているというのだから、その脅威は推して知るべしだ。


 そうしてアーデルハイトが次の話題へと移ろうとしたとき、一つのコメントが目に入った。


『使い道とか決まってるんですか?』


 それは丁度彼女がこれから話そうとしていた内容にそぐう、タイミングの良い質問であった。675万円とは、言うまでもなく大金だ。それはあちらの世界の価値に換算しても同じことである。公爵家の令嬢であるアーデルハイトからすればそう大した金額ではないが、今彼女が居るのは日本だ。あちらの世界に居た時は端金だったかもしれないが、そのような事は今となっては何の意味もない話だ。


「良い質問ですわね!もちろん使い道はいくつか考えてありますわ!」


『ほほぅ?』

『まぁクリスもおるし大丈夫だろうとは思うけど』

『さっきの凡ミスを考えると……』

『全額競馬に使いましたわ!駄目でしたわ!とか言いそう』

『それはそれで面白いから見てみたいけどw』

『普通に配信設備の拡充とかじゃない?』

『言ってみたまへ』


「あなた方、普通に失礼ですわね……まぁいいですわ。とりあえずは部屋を借りるつもりですの。今の部屋は少し手狭ですし、配信部屋も兼ねて広めのお部屋を探して引っ越しするつもりですわ」


『えぇやん!』

『確かにちょっと狭そうだな』

『公爵家からすればさすがに?』

『良いと思う』

『クリスの家じゃなかったっけ……』

『ワンルームにしては広めに見えるけど二人で暮らすにはしんどいか』


「まぁ、概ねその通りですわ。というわけで、もしかすると次の配信は少し間が空いてしまうかもしれませんの。その点はご了承頂けると助かりますわ」


『ええんやで』

『むしろペース早過ぎるくらいだしな』

『見てる側からしたら助かるけども』

『じっくり選ぶんやで』

『全裸で待ってます』

『服は着ろって』


 理解あるリスナー達の言葉に、アーデルハイトは僅かに安堵する。部屋が見つかるまでの間、更新頻度が落ちることで文句を言うような視聴者など居ないと、内心ではそう思っていた。配信を始めてからまだ短い期間しか経っていないが、それでも毎回自分達の配信を楽しみに待ってくれている彼等だ。責められるようなことなど無いと、ある意味で視聴者達のことを信頼していた。しかしいざそれを報告するとなると、何故だか妙に不安な気持ちが湧くものだ。


 そんな不安はやはり杞憂であった。勿論世の中のリスナー達は、全てが寛容でマナーの良い者達ばかりではない。中には心無い言葉を投げかける者や、平気で誹謗中傷を吐く者も居る。そんな悪質な視聴者のコメントが原因で配信を辞めてしまう配信者は枚挙に暇がない。

 そんな中で、ここ異世界方面軍のチャンネルには不思議とそういった者が居なかった。それはただ運が良かっただけなのか、それともアーデルハイトの魅力によるものなのか。アーデルハイトにも視聴者達にも、その理由は理解らなかった。


「ふふふ、大変に気分がよくってよ!!今なら何でも一つだけ、皆さんの質問に答えて差し上げてもよくってよ!!早いもの勝ちですわ!」


『!!!』

『ガタッ!!』

『伊豆といえば、ローパーは平気そうだったけど苦手な魔物とかいんのかな』

『!!?』

『スリーサイズ!!』

『好きなタイプ!!』

『スリーサイズ』

『あぁぁぁぁぁ!!』


 気を良くしたアーデルハイトのそんな言葉に、コメント欄は一気に沸き立った。当然といえば当然なのだが、先日の雑談枠では回答する質問はアーデルハイト側が選定していた。故に、直球ど真ん中の質問は弾かれてしまっていたのだ。

 しかし今回彼女は言った。何でも応える、と。

 そうして視聴者達は、千載一遇の好機であると言わんばかりに各々が質問を打ち込んだ。その殆どは同一のものであったが、ある意味では視聴者の気持ちが一つになった瞬間と言えなくもない。しかし現実は非情である。間が悪く、ふと思った事を呟いてしまった視聴者のコメントが、たまたま一番最初に流れてしまったのだ。


「苦手な魔物ですの?そうですわね……伊豆には居なかったですけど、海に出現する魔物に巨大なウニのような輩が居ますの。あれは少し苦手かもしれませんわね」


『あああああ!!』

『クソがああああああああ』

『お前らが!!?とか打ってるからだろうが!』

『神は居なかった』

『今日の戦犯』

『間ァ悪ィなぁオイ!!』

『なんかゴメン……』

『しかも意外すぎるウニ……ちなみに理由は……?』


「公爵家の騎士団内で度々名前が挙がっていたんですの。それをたまたま耳にしまして。確か『尻に入れたら痛そうな魔物ランキング』ですわ。それから件の魔物を見る度、確かに痛そうだなと。ちなみに順位は確か3位でしたわ」


『悲報 公爵家騎士団内の会話が下らな過ぎる』

『まず何故そんなランキングを作ったのか』

『ていうか入るわけねぇだろ!!』

『確かに痛そう、じゃないんよ』

『上にまだ二つあるだと……?』

『突っ込みどころが多すぎる』

『いや突っ込めないって話だから』

『うっせぇわ!!』


 こうして非常に下らない言い争いが始まり、収拾がつかないままに配信は終わった。一仕事を終えて、お茶を一口含んだアーデルハイトの向かいには、頭を抱えるクリスと、腹を抱えて床を転げ回るみぎわの姿があったという。



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