第29話 広報大使

「じゃあ、ちょっくら行ってくるぜ」


「宜しくお願いしますわ」


 迷宮兎と遭遇してからは特別何もなく、ただ気まぐれに蟹を蹴散らしながら地上まで戻ってきたアーデルハイトとクリス、そして東海林の三人。そうして戻るやいなや、東海林は探索者協会の買い取りカウンターへと向かっていった。そんな彼にひらひらと手を振りながら、アーデルハイトもまたみぎわの待つ食堂へと向かう。


 既にクリスカメラは回っておらず、配信は終了している。

 視聴者達からの労いのコメントは多く、また、希少なアイテムを手に入れたことへのお祝いの言葉も多く寄せられていた。『初回配信の最後に映ったクリスではない方も出せ』などというコメントも散見されたが、アーデルハイトは華麗にスルー。そうして視聴者達に丁寧な礼を述べ、ついでにチャンネル登録とサブスク登録のお願いをしたところで配信を終えた。


 今回のダンジョン探索では、様々な出来事があった。成り行きとはいえ、こちらの世界に来てから初めての臨時パーティー結成。想像もしていなかった魔石の存在。そして迷宮兎なる未知の魔物との遭遇に、回復薬の入手。

 臨時パーティーを組んだことはともかくとして、魔石と回復薬については、少し考えなければならないことが出来てしまった。だからだろうか、肉体的には特に疲れたという訳ではないのに、アーデルハイトは何処か気疲れしているようにみえた。


「はぁー……考えることが多いですわね……」


「そうですね。魔石についてはみぎわで試すとしても……どちらの世界でも、ダンジョンの研究が殆ど進んでいないのが痛いですね。こちらの世界のダンジョンはただの一度も攻略されていないようですし。正直、分からないことだらけです」


「考えても仕方がないのは理解っていますけど、それでも気になるものは気になりますわ……」


「ふふ。我々の活動は始まったばかりですから、これから少しずつ調べて行きましょう。案外、ダンジョンの最奥であちらの世界と繋がっている、なんて単純な話かもしれませんよ?」


「んぅー……あり得ないとは言い切れないですわね……あちらの世界にも、攻略されていないダンジョンは山とありましたし」


 そんな話をしながら、クリスが食堂の扉を開く。

 そこには、机に頬杖をつきながら片手で機材を操作するみぎわの姿があった。いくつかの小皿と空いたグラスがいくつも並んでいるところをみるに、どうやらすっかり寛いでいたらしい。

 彼女は食堂から配信のチェックを行っていたわけだが、実際に潜っていた二人と違って、配信に特別問題がなければ基本的にすることがない。本日の配信時間は四時間と少しといったところで、食堂で待機していたみぎわからすれば随分退屈だったことだろう。


「あ、お疲れ様ッス。今回も良かったッスよー。チャンネル登録者もサブスクも、しっかり増えてたッスよ。お嬢人気は当然として、凛───クリスの人気も大きいッスね」


「貴女を出せ、という声も多かったですわよ?」


「いやいや、ウチはそういうあれじゃないんで。二人と並んだら公開処刑じゃないっスか」


「そんなことはないと思いますが……というより、お嬢様と並ぶと誰でも公開処刑ですよ?」


「まぁそれはそうなんスけど」


 自らを卑下するとまでは行かずとも、謙遜の態度をみせるみぎわ。しかし彼女の容姿は悪くない。というよりも整っている方である。どちらかと言えば美人系であるアーデルハイトとクリスの二人とは違い、みぎわは愛嬌のある可愛い系だ。系統こそ違うものの、彼女もまた人気の出そうな顔立ちだと言える。というよりも実際にそれなりの人気を獲得している。それもほんの一瞬だけ映っただけだというのに、だ。演者にとって容姿は大きな武器となることは言うまでもないが、そういう意味では、みぎわにも演者の適正があるといえるだろう。


「ともかく、今回の配信終了時点で登録者数はなんと4000人を越えたッス!!前回の雑談枠から2000人近く増えてるッスよ!まぁ雑談配信からの間でジワ増した分も含めてッスけど、これは順調そのものといえるッス」


「有名配信者が数百万という登録者数を抱えていることを考えると、遠すぎてよくわかりませんわね」


「上を見たって仕方ねーッス。それにこういうのは、登録者が増えれば増えるほど徐々に加速していくものッス。大丈夫、心配ないッスよ」


「それならいいんですけど」


 アーデルハイトは一瞬だけ、今ここで『魔石』に関する話もしてしまおうかと考えた。しかしかぶりを振り、旅館の部屋に着いてからにしようと考えを改めた。

 不人気で名高い伊豆のダンジョン、それもすっかり日の沈んだ時間帯だ。京都と同じように、ちらと見ただけでも人気ひとけがないことは分かる───あの時は枢が居たが───が、やはり何処に耳があるかは分からない。真偽はともかくとしても、魔石に関する話は出来れば誰にも聞かれたくはなかった。

 そんなアーデルハイトの何か言いたげな表情を察したのか、みぎわが胡乱げな表情でアーデルハイトをじっとりと見つめる。


「……なんか怪しいッスね」


「な、何がですの!?」


「何か企んでないッスか?」


「なっ!?何も企んでなんて居ませんわ!!貴女であれこれ実験をしようだなんてまさかそんな!!」


「お嬢様……」


「またベタな……まぁいいッスけど、後でちゃんと話して貰うッスよ」


 呆れるように息を吐くクリスと、一先ずは見逃してくれるらしいみぎわ

 何を隠そう、アーデルハイトは腹芸が苦手だった。実に貴族らしからぬことだが、軍部に入り浸り、社交界方面には殆ど顔を出さなかった彼女だ。ある意味では仕方がないことなのかも知れない。基本的には聡明で思慮深い彼女ではあるが、ふとした時にポンコツと化すのはご愛嬌といったところだろうか。


 みぎわの追求をどうにか逃れ、あとは換金の結果を待ってから旅館へと移動するだけとなった。三人で飲み物を注文し、雑談をしながら東海林の報告を待つこと数十分。扉が開き、二人の人物が食堂へと入ってくる。彼等は他に誰も居ないこともあって、迷うこと無く一直線にアーデルハイト達の元へとやって来る。


 片方はもちろん東海林だ。緩みが抑えきれていないその表情をみるに、どうやら良い結果が出たらしい。なにやら不審者のようにきょろきょろと周囲を警戒し、落ち着きがない。

 そしてもう一方は、アーデルハイトの知らない人物だった。しかしその服装を見れば、探索者協会の男性職員であることは一目で分かる。暗めのブラウンの髪に垂れ気味の目尻は、見るものに優しそうな印象を与える。男性にしては少し背は低めで、160cmに届かないくらいだろうか。ほっそりとした腕や脚から華奢な印象を受ける、一瞬女性と見紛うような職員だった。パンツスタイルの制服でなければ、アーデルハイトは勘違いしていたかもしれない。そんな男性職員が、にっこりと微笑みながら口を開いた。


「こんばんわ。私はここ、探索者協会伊豆支部の職員をしています、四条饗しじょうきょうと申します。先程受付にいらした、そちらの来栖くるすさん以外は初めましてですね。どうぞ宜しくお願い致します」


 自己紹介とともに深くお辞儀をする饗。確かに国家公務員扱いである探索者協会の職員は、基本的に真面目で礼儀正しい。配信前にこの場所でサボっている職員を見たように、例外は勿論いるのだが。しかしそれにしても彼の態度は流石に丁寧が過ぎる。そのオーバーな程の慇懃な態度に、アーデルハイト達はそれぞれ三者三様の反応を返す。


「あら、これはご丁寧にどうもですわ」


「何か丁寧過ぎて逆に怖いんスけど?」


「受付の時もこんな感じでしたよ?」


 雑に挨拶を返すアーデルハイトと、何やら疑い始めたみぎわ。人によっては失礼だと取られかねないが、しかし饗はそんな二人の態度などまるで気にした様子もなく、ただニコニコと笑っていた。


「あはは、実は良く言われるんですよ。これはもう性格みたいなものですから、気になさらないで下さい────と、挨拶はこのくらいにして話に入りましょうか。まずはアーデルハイトさん、そしてこちらの東海林さん、二人が発見した回復薬についてです」


「……?わざわざ職員の方が来るということは、何か問題でもありまして?」


 アーデルハイトは、回復薬と金銭のやり取りをして終わりだと思っていた。しかしこうして職員が出張ってきた時点で、若干のきな臭さを感じていた。

 そんなアーデルハイトの訝しむ視線を受けた饗は、一つ呼吸を置いて、言葉を続けた。


「いいえ、問題などありませんよ。提出していただいた中級回復薬は、査定の結果1186万円、端数はサービスさせて頂きまして1200万円で買い取らせて頂きます。明細は東海林さんにお渡ししております。分配に関しても話はついているとのことですので、この件に関しては我々協会が口を挟むことはありません。また、ローパー変異種の討伐報酬についても、多少なりとも色を付けさせて頂きます」


「……あら?あらあらあら??……おじ様!!」


「おう!コレがベテランの力よ!伊達に何十年もやってねぇぜ!」


「流石ですわ!空を飛ぶことしか出来ないと思っていましたが、わたくしが間違っていましたわ!!」


「……いや、どうやら今現在も間違ってるっぽいぞ。実は空を飛ぶのは俺の能力じゃなくて、嬢ちゃんの筋力なんだわ」


 当初の予想では恐らく1000万円ほどの値が付けば上々だろう、と言っていた回復薬。しかし蓋を開けてみれば、予想よりも200万円上乗せされた1200万での買い取りとなったらしい。顔が利くなどと言っては居た東海林だが、まさか二割も増やすとはアーデルハイトはもちろんのこと、クリスも、配信を見ていたみぎわも、誰も想像していなかった。

 喜びを露わにし、飛び跳ねながら東海林とハイタッチを交わすアーデルハイト。クリスもほっと胸をなでおろし、みぎわでさえも口の端をひくひくと震わせていた。


「あはは、皆さんご存知の通り伊豆ダンジョンは不人気です。そんな中、東海林さんは昔からずっとここで探索して下さっていますから。多少の色くらいは付けても良いでしょう?」


「良いですわ!」


「なによりも、この伊豆ダンジョンで回復薬が見つかったのは初めてなんです。そうでなくても、全世界的に見て非常に希少なアイテムですから。もしかするとこれを機に、回復薬を求めて探索者達が集まってくるかもしれません。いえ、そうなるよう最大限利用するつもりです。謂わば広告費用分の上乗せだと思ってもらえれば良いかと」


「よくってよ!よくってよー!」


 上機嫌でくるくると小躍りするアーデルハイト。探索者が一山当てて上機嫌。そんな微笑ましい光景に、饗もまた水を差すこと無く、笑顔でアーデルハイトが落ち着くのを待っている。そうして漸く彼女が落ち着き席についたところで、饗の話が続けられる。


「さて、これは前置きのようなものでして、ここからが本題なのです。今回私が皆さんに会いに来たのは、買い取りの件でございません。実をいうと私、貴女方───異世界方面軍さんの事は以前から存じておりました。『姉』からもいくつか話は聞いていますし……ふふ、実は私リスナーなんですよ」


「あら!それはそれは、いつもお世話になっておりますわ!……ところで『姉』というのは一体誰のことですの?」


「私もアーカイブで見ましたが、京都でも怪我人を連れてダンジョン内を疾走しましたよね?実は、姉が京都支部で職員をやっておりまして、当時その場に居たそうで。その時の話をいくつか伺っていた、というわけです。四条宴しじょううたげと言うんですけど、見覚えありませんか?」


「……?」


 アーデルハイトが記憶を遡る。

 そう言われてみれば、コメント欄で視聴者達が何か言っていたような気がした。そうだ、確か迷子と勘違いした小さな職員が居た気がする。いや、居なかっただろうか?曖昧ながらも少しずつ思い出してきたところで、クリスから助け舟が出された。


「お嬢様、ほら、ダンジョンから戻ってきたお嬢様達の様子を見に来た、あの小柄な女性職員がそうです」


「やっぱりあの時の彼女であってましたわ!」


 思い出しそうで思い出せない、そんな気持ちの悪い感覚。しかしクリスの言葉で漸く確信を得たアーデルハイトが、スッキリした表情でぽんと手を打った。


「思い出して頂けたようで何よりです。さて、それでは本題に入らせて頂きます。実はアーデルハイトさんの実力を見込んで、お願いしたい事があるんです」


「お願い……?まぁ、一応最後まで聞きますわ」


 あくまでも笑顔は崩さず、しかし何処か慎重な雰囲気で語り始めた饗。配信のリスナーでもあるという彼は、当然ながらアーデルハイトの圧倒的な実力を知っている。未だ認知度の低いアーデルハイトではあるが、『跳ねる』のも恐らく時間の問題だろう。故に、今ならばまだ、といったところだろうか。


「ありがとうございます。先程も申し上げたように、ここ伊豆ダンジョンは非常に人気が低いです。ほぼゼロといってもいいでしょう。しかし今回お二人が持ち帰ってくれた回復薬、これを宣伝に使えば一定数の人を呼び込めるのではないかと我々は画策しております。そこでアーデルハイトさんには是非、伊豆ダンジョンの広報大使を担って頂けないかと思いまして、こうしてお願いに参った次第です」


「……?」


「これは……予想していない角度でしたね」


「ウチもてっきり、攻略してくれ系かと思ってたッス」


 一同の予想に反して、饗の語った『お願い』とは、まさかの容姿方面であった。無論アーデルハイトの容姿が飛び抜けていることは重々理解っているが、しかし『実力を見込んで』と言われればやはり戦闘方面だろうと考えていたのだ。横で聞いている東海林は容姿関係であると予想していたのか、腕を組みながら何やらうんうんと頷いている。


「週に一度、伊豆ダンジョンでの配信を行っていただくこと。それと、いくつかの宣伝グッズ作成の許可。基本的にはそれだけで結構です。先程まで行っていた配信も実は拝見しておりましたが、あの───少し言い方は悪いですが、あまりにもぶっ飛んだ内容。そしてその優れた容姿。アーデルハイトさんが此処で配信をして下されば、それだけで大きな宣伝効果が見込めると考えております」


「確かに、お嬢様の容姿と戦闘力は我々の武器ですからね」


「まぁウチも配信見てて何回かコーヒー吹いたッスからね」


「わたくしの実力を認めて頂けるのは有り難いことですわね」


 饗の依頼を聞いた三人の反応は、存外悪くなかった。

 この依頼は、彼女達にとってもメリットがある。これはつまり、支部とはいえ探索者協会がスポンサーに付くということだ。言うまでもなく、チャンネルの宣伝にはもってこいだろう。

 そんな三人の反応を見た饗も、なかなかの手応えを感じていた。条件は緩いし、あちらにもメリットを用意している。彼としても、魅力的なプレゼンが出来たと自負している。恐らくはあと一息といったところだろうか。そうして彼は、最後のひと押しを決めにかかった。


「勿論報酬はお支払い致します。金額に関しては後ほど相談という形になりますが。なおこれは私のみならず、伊豆支部長の許可も得ております。所謂『企業案件』のようなものだと思っていただければ理解りやすいかと。如何でしょうか?」


 そう締めくくった饗の言葉に、互いに顔を見合わせる三人。時間にすればほんの数秒程度の無言の相談。言葉にする必要などなく、三人の意見は一致していた。

 そうしてアーデルハイトが三人を代表し、満面の笑みで饗に答えを告げた。


「─────お断りしますわ!!」


 そんなアーデルハイトの言葉に、当然承諾してもらえるだろうと考えていた饗が笑顔のまま固まった。感触は悪くなかった。否、むしろ良かった筈だ。しかし答えはノー。上げて落とすとは正にこのことだろう。

 そうして動かなくなった饗の隣、傍で見ていた東海林の呟きだけが、食堂内にこだました。


「え?あ……今の感じでお断りなのか」

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