第259話 小でお願いしますわ!

 都内の高級焼肉店『女々庵』、その個室にて。

 黄色いシャツを着た主従二人が、なにやらやかましく騒いでいた。


「お嬢様! それはまだ早いです! ステイ!」


「これはわたくしが育てたタン塩ですわ! わたくしが食べたいと思った時、つまり今が食べ時でしてよ!」


「折角のお高い焼き肉ですよ! ちゃんと食べてあげないとお肉が可哀想で───あっ」


「おいしいですわー!」


 普段は口に物を入れて喋るなど、絶対に行わないアーデルハイト。しかし今回ばかりは我慢出来なかったのか、肉を口に入れた途端、大層幸せそうな顔で感想を述べていた。『お嬢様の肉は私が焼きます』といって憚らないクリスを無視し、自ら次の肉を育てている。そんな二人のやり取りを、刹羅がビール片手に見守っていた。


「騒がしいわねぇ……」


 そんな彼女の隣には、苦笑しつつも肉を頬張る大和の姿。その左手にはしっかりとライス(大)の皿が握られている。探索者は健啖家が多いという例に漏れず、彼もまたよく食べる方であった。


「あはは……いやぁでも本当に美味しいです。連れてきてくれて有難う御座います、支部長」


「貴方くらいにもなると、こういうところはよく来てるんじゃないの? お金なら腐る程あるでしょうに」


「いやぁ、根が庶民なもので……高級店って実はあんまり来たことないんですよね。それこそ、打ち上げにちょっと顔を出す程度ですね」


 大和は国内一とも言われる実力者であり、当然ながら配信の方もすこぶる人気である。探索者としての活動で得た収入と合わせれば、異世界方面軍など吹けば飛ぶほどの資金力がある。しかし意外にも、彼はこういった高級店には殆ど来たことがないらしい。


「ふぅん、意外ねぇ……お金は若いうちに使っておいたほうがいいわよ?」


「含蓄あるなぁ……あ、でも装備には惜しみなく使ってますよ」


「そういうことじゃないんだけどね……」


 そう言う刹羅も十分にまだ若いのだが、眼の前の三人と比べれば余程人生経験が豊富だ。元探索者ということもあってか、彼女の言には説得力があった。そんな彼女の老婆心───アドバイスは、しかし大和には今ひとつ届いていない様子であった。流石はトップ探索者へんじんというべきか、大和は大和で微妙にズレていた。


 そんな時ふと、アーデルハイトがこちらを見ていることに大和が気づく。


「クリス! わたくしもアレがしたいですわ!」


「……アレ? あぁ、ご飯ですか? 駄目です」


「なッ……どうしてですの!? わたくしもご飯の上でドリブルがしたいですわ!」


 アーデルハイトの言う『ドリブル』とはつまり、肉を食べる時に米の上を経由するアレのことである。しかしご飯を所望したアーデルハイトの言葉は、クリスによってバッサリと切り捨てられてしまう。


「いいですかお嬢様。『貴族の娘たるもの、米の上でドリブルする事なかれ』です。お行儀が悪いですからね。これは帝国の法にも記載されています」


「嘘おっしゃい! そんな話、聞いたことがありませんわよ!? というより、帝国には焼き肉なんて文化はありませんでしたわ!」


「駄目ったら駄目です───おや、私の頼んでいたご飯がやってきたようですね」


 二人がぎゃあぎゃあと揉める中、店員が追加の肉とライス(小)を手に入室する。それ見たアーデルハイトは当然のように抗議を行う。


「ちょっと! 貴女も頼んでいるではありませんの!」


「私は貴族ではありませんから。はむ……肉の旨味と脂の甘味、そしてタレが染み込んだご飯……嗚呼、素晴らしい」


「ぐぬぬ……わたくしは貴族をやめますわよクリス!! 店員さん、わたくしにライスをお持ちなさい!」


「あっ! もう、仕方ありませんね……小ですよ?」


「小でお願いしますわ!」


 そんな好き放題に注文をするアーデルハイト達を肴に、刹羅は酒を進める。アーデルハイトにしろ大和にしろ、彼女にとっては殆ど子どものようなものだ。無論年齢のことではなく、探索者の先達としてだが。


「ところで支部長、まさか本当に食事だけの為に呼んだんですか? 僕らに何か話があったんじゃ?」


「ええ、まぁ……でも、食事の後にしましょうか」


 刹羅が現役の探索者であった頃もそうだった。探索者として稼いだお金で、初めて高級店で食事をした時。今のアーデルハイト達のように、やたらと大騒ぎしたものである。そういった経験が刹羅にもあったからこそ、水を差すのは憚られるのだ。何やら遠い目でアーデルハイト達を眺め始めた刹羅に対し、大和は何も言わなかった。そうして育てていた肉を取ろうとして、それがいつの間にか消失していることに気づいたのであった。




       * * *




「さて、それじゃあ本題に入りましょうか」


 三人が食後のデザートまでしっかりと食べ終えた後。刹羅がぱん、て手を叩いて場を整える。これからするのは、それほど畏まった話というわけでもない。だが『聞いてなかった』では少々困る話ではあるのだ。


「これから話す事は、まだ公式には発表していない話よ。だから他言無用でお願いするわね?」


 そう前置きしてから、刹羅が説明を始める。それは予てより噂されていた、探索者のランク分けに関する話であった。といっても、所詮それは噂に過ぎない。まだ確定している訳ではなかったため、あれやこれやと予想することしか出来なかった話題である。


 刹羅曰く、探索者のランク分けは来年より実施されるとのこと。

 その目的は、協会が公式に探索者の序列を認めることで、探索者間での要らぬトラブルを減らすことにある。言うまでもなく、先の軽井沢での事件が原因だ。


 これまでの探索者の序列といえば、所詮は自称であったり、或いはファンが勝手にそう言っているだけ等といった、ひどく曖昧なものでしかなかった。上級探索者だの中級探索者だの、はっきりとした線引は一切存在していなかった。そこに今回、協会が正式に線を引くというのだ。


 過去の活動内容や実績、人柄などを考慮し、明確に序列を与えるという。公的に序列を認めることにより、『実際は俺の方が強い』などといった下らない言いがかりを抑制し、探索者間でのトラブルを減らすのが目的だそうだ。まだ草案の段階ではあるが、昇級試験のようなものも考えられているのだとか。


 それと同時に、序列によって更に質の高いサポートを受けられるようになるらしい。具体的には、素材や資源の買取金額の割増、素材の売買や装備作成の優先権、特別な施設の利用権利などなど。こうしたメリットを用意することで、下の者達にとっての憧れや、或いは目標としての存在を作り、探索者達に健全な競争意識を持ってもらうように誘導するのが狙い。刹羅の説明をざっくりとまとめれば、大凡こんなところである。


「もちろん別の問題も出てくるでしょうし、トラブルが完全に無くなるわけじゃないわ。けれど一定の効果は見込める筈。大規模合同探索レイドに参加するパーティーを事前に階級で弾いたり、とかね。まぁ、こればっかりはやってみなくちゃ分からないわね」


 そう言って話を締めくくる刹羅。

 なにしろ、ダンジョンが出現して以来初めての試みなのだ。探索者や世間の反応など、どう転ぶかは始めてみないと分からない。


「あとは探索者登録に試験を設けるって話も出ているわね。まぁそもそも、誰でも登録できちゃう現状がおかしかったのだけど……どこかの誰かなんて、身分証を偽造して登録したみたいだし」


「ぎくっ」


「大胆な輩もいるものですねぇ……」


 アーデルハイトとクリスが一斉に顔を背ける。とはいえ、これに関しては今更だ。協会にはとうの昔にバレているし、それも含めて『手出し無用』となっているのだから。どう考えても黙認していい話ではないのだが、異世界方面軍の齎す成果を考えれば、握りつぶしてしまった方が何かと都合が良い。要するにそういうことなのだろう。


「さて、前置きが長くなって悪かったわね。ここからがあなた達にも関係のある話よ」


 先程『本題に入る』と言っていた刹羅であるが、どうやらここからが本当の『本題』であるらしかった。といっても、ここまでの話を聞いていれば、その内容はある程度予想が出来るというものである。


「探索者の階級は個人単位とパーティ単位、別々で設定されるわ。例えば大和くん、貴方は個人、パーティ共にS級が内定しているわ。まぁこれまでの実績を考えれば当然かしらね」


「S級……」


 そう告げられた大和は、しかしどこか恥ずかしそうに顔を赤らめていた。これがファンタジーの世界ならいざ知らず、現実世界で自分が『S級探索者の東雲大和』などと呼ばれればどうだろうか。成程確かに、大和が赤面するのも無理はないだろう。『†漆黒†』の面々ならば大喜びしそうなものだが。


「その、もっと他の呼び方はないんですかね? なんというか、その」


「そんな目で見ないで頂戴。私が決めたワケじゃないんだから。私だって陳腐だと思ってるわよ。分かりやすさ重視ってヤツよ」


「いやぁ……大分恥ずかしいなぁ」


「S級A級なんて呼び方、まだマシな方なのよ? 他の案を聞いたら泣いて許しを請うレベルよ」


 因みにだが、刹羅曰くの『泣いて許しを請うレベル』の案というのはいくつかある。例えば『甲乙丙丁こうおつへいてい』方式。或いは『金銀銅』方式。このあたりはまだ、どこかで聞いたことのある部類だろう。それほど悪い案というわけでもない。しかし中には『ドラゴン級』などという、そびえ立つクソの塊のような案もあった。若い職員がふざけて提出したのではないかと疑いたくなるようなレベルである。それに比べれば、アルファベット形式は無難で分かりやすいと言えるだろう。閑話休題。


「まぁ呼び方はどうだっていいの。問題は貴女達よ」


 刹羅が渋い顔で、アーデルハイトへと水を向ける。


「あら? わたくし達に何か問題でもありまして?」


「問題しかないわよ。実績と実力だけを見れば文句なくS級。けれど活動期間は一年にも満たない。探索に関する技術は微妙。かと思ったら馬鹿げたマッピング技術は持っている、と」


 刹羅が指折り、異世界方面軍の強みと弱みを列挙してゆく。異世界方面軍の基本方針はアーデルハイトのパワープレイだ。そこにクリスと万能力と、みぎわのチート魔法。今はオルガンの怪しいアイテムもある。突破力だけを評価するならば、文句なくS級だろう。しかし探索者としての能力とは、そういったものだけではないのだ。ダンジョンと魔物に関する情報、応用力や危機管理能力、資源の採取技術等も問われる。異世界方面軍を総合的に見た時、どう評価していいのかが協会側には判断できなかったのだ。


「もっと言えば、他のS級探索者と比べた時の違和感が凄いのよ。A級かって言うともちろん納得出来ないし、じゃあS級かって言われると……それ以上のような気もするし、それ以下のような気もするし」


「もう、はっきりしませんわね!」


 アーデルハイトは自分達がどういった階級になろうと、極論どうだっていいのだ。彼女たちは名声が欲しかったわけではなく、ただ配信者として人気が欲しかっただけなのだから。確かに高い階級になれば、ある程度の知名度は付いてくることだろう。しかし肝心の配信内容がイマイチであったなら、ファンも登録者数も増えはしない。そしてその逆も然り。たとえA級と言われようと、配信内容さえ面白ければファンも登録者数も付いてくる。


 一般的な探索者とは、そもそもの目的が違う。

 彼女たちの目的は配信でお金を稼ぐことであり、探索業はそのための手段のひとつに過ぎないというわけだ。


「それで結局、支部長は何をおっしゃりたいんですの?」


 煮えきらない態度の刹羅に、業を煮やしたアーデルハイトが問い掛ける。それを受けた刹羅は、何故か恐る恐るといった様子で言葉を発した。


「ん……そうね。じゃあ聞くけれど───階級とは無関係の、探索者協会公認の戦技教導官、なんてどうかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る