第260話 ふぁっきゅー

「というわけで、謎の役職を頂きましたわ」


 帰宅して早々、留守番組へと本日の出来事を報告するアーデルハイト。一方の留守番みぎわと留守番エルフは、じっとりとした瞳をアーデルハイトとクリスに送っていた。


「ほーん」


「ほーん」


 ソファにどっかりと、非常に偉そうな態度で座る留守番組の二人。その傍らでは肉がしきりに鼻をひくひくとさせている。落ち着かない様子でじたばたしているその様子は、どこぞの飼い犬そのものであった。もはや野生は失われていた。


「戦技教導官といっても、特別何かを強制されるワケではないそうですわ。殆ど名誉職のようなものだとか。『たまにでいいので教導の場を設けて欲しい』とは言われましたけど───この世界の探索者達が強くなるのは、わたくし達にとっても都合がいいですものね」


 この言葉からも分かるように、アーデルハイトは花ヶ崎刹羅の提案を受け入れていた。以前の彼女であれば『お断りですわ!』などと言っていたかもしれないが、既に状況は変わっている。彼女たちは可及的速やかに『封印石』を集めなければならない。逆を言えば『封印石』さえ手に入ればそれでいいのだ。


 そうである以上、探索者の育成は異世界方面軍としての目的にそぐう。国内に十五もあるダンジョンのうち、どこから『封印石』が発見されるのか分からないのだから。アーデルハイトだけで全てを回るには時間が足りないが故、手は多ければ多いほど良い。月姫かぐやに魔法を教えたのには、実はそういった側面もあったりするのだ。


 無論、そのための取引は既に刹羅と交わしている。ダンジョンを制覇した際に『封印石』が発見された場合は、無条件で異世界方面軍に引き渡す。その代わり、アーデルハイトは探索者達の戦闘能力向上に協力する。『封印石』の実物を見たことがない刹羅は怪訝そうな顔をしていたが、ともあれそういった内容で契約は結ばれた。その『鍛える候補』というのもアーデルハイトが選んで良いらしい。謂わばあちらの世界で騎士団員相手にやっていたことを、こちらの世界でも同様に行うだけだ。そう考えれば、取引としては悪くない。どうしても面倒な場合は、最近ゲットした中ボスに丸投げしておけばいいだろう。


 そういった旨を要点だけかいつまみながら、アーデルハイトは態度の悪い二人へと説明した。


「ほーん」


「ほーん」


 しかし、留守番組の二人は未だに不機嫌そうである。心なしか肉と毒島さんも荒ぶり始めていた。それもそのはず、アーデルハイトとクリスの二人は焼き肉帰りである。


「ところで、そのだっせぇシャツはなんスか?」


「これはクリスの私物ですわね。何故か着せられましたの」


「ほーん。人の金で焼き肉、ねぇ……?」


「な、なんですの?」


 その自己主張の激しい黄色い謎シャツ。そして全身から立ち上る、隠しきれない煙の匂い。それが意味するところはひとつ。つまり───。


「ウチらを差し置いて焼き肉行ったッスね!?」


「ふぁっく」


 ばんばんとソファを叩きながら、みぎわがアーデルハイト達を糾弾する。どこで覚えてきたのやら、隣のエルフもがっつりと両手で中指を立てている。肉と毒島さんなどは、煙臭いアーデルハイトの身体をいよいよよじ登り始めていた。どうやらみぎわ達が不機嫌だった理由は、アーデルハイト達だけが焼き肉にいったことが判明したからだった。しかし、アーデルハイトたちも負けじと反撃に出る。


「貴女がたの方から、留守番を申し出たではありませんの」


「付け加えるなら『めんどいからパース』とも言ってましたね」


 もともとインドア派のみぎわと、外に出ることすら嫌がるものぐさエルフだ。講習会などという面倒なイベントに、彼女たちが進んで参加する筈もなく。その結果高級焼肉を逃した、というのが今回の顛末である。つまりはただの自業自得であった。


「ぐぬぬ……やだやだ! ウチも焼き肉食べたいッス!」


「ふぁっきゅー」


 ぐうの音も出ない正論パンチに、いよいよ駄々をこね始めるみぎわ。位置を変えて中指を立てるエルフ。しかし当然、アーデルハイト達が何も用意していない筈はない。留守番をしている二人のため、しっかりとお土産を用意していた。


「では、お土産のお弁当は要らないということですね」


 そんなクリスの一言に、みぎわは普段見せない程の俊敏な動きで正座へと移行。もみ手をしながら媚を売り始めた。隣のエルフもすぐさまそれに倣う。


「やだなぁクリっさん。ちょっとした冗談じゃないッスか。ノーブルジョークってヤツっスよ、へへっ」


「へへっ」


 あまりにもあまりなその変わり身の早さに、アーデルハイトとクリスは溜め息を吐き出す。そうして、いい匂いの漂う焼肉弁当を二人に手渡した。彼女たちにも一応の罪悪感はあったのだろう。尤も、帰宅する直前まで二人とも忘れていたのだが。


「今回はそれで我慢して下さい」


「焼き肉はまた、全員で行けばいいですわ」


 こうして、近い内に全員で焼き肉を食べに行く約束をし、漸く今回の騒ぎは終結を見せたのであった。


「はい、肉と毒島さんはこちらをどうぞ。シャトーブリアンを買ってきましたよ」


「待てぇい!!」




       * * *




 その後日。


「というわけで、貴方にもそのうち手伝って頂きますわよ?」


「ふん、断わ───」


「そんな権利、中ボスにはなくってよ」


「くっ……」


 試合に負けた手前、何も言えないウーヴェであった。そうして『どうせ彼も身分証無いんでしょ?』と、刹羅が事前に用意してくれていた探索者証を手渡されるウーヴェ。


「たっぷりこき使って差し上げますわ」


「……最悪だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る