第300話 支払いはまかせろ

 サメに向かって駆けてはいるが、しかし正直なところ、アーデルハイトは落胆していた。確かにみぎわからも、『想像しているようなのは出ない』と言われていた。しかし、いざこうしてサメを目の当たりにすれば、やはり期待せずにはいられなかったのだ。それがどうだ。目の前でビチビチと跳ねるサメは一体何だ。


 自分から姿を現したかと思えばこの体たらく。サメの癖に空も飛べない、数も少ない。大きいは大きいが、しかし船を丸飲み出来るというほどでもない。頭はひとつしかないし、霊体ですらない。全くもって期待外れであった。


 無論、これはアーデルハイトの認識が少々ズレているだけのこと。仮に一般的な探索者が同じ状況であったなら、水中の敵とどう戦えばいいのかと途方に暮れることだろう。まして砂浜を増設し、サメを打ち上げるなど。とても一般的な方法とは言えない。


 とはいえ、そんな一般論などアーデルハイトの知ったことではない。ビチビチと喧しく跳ねるサメの姿に、段々腹を立てていた。


「なんて情けない……あなたそれでもサメでして!?」


 そんなよく分からないクレームを入れつつ、アーデルハイトが『このままもう一度、海に蹴り返してやろうか』などと考えていた時のことだった。アーデルハイトに先んじて突撃した肉が、サメの横っ腹に噛みついていた。サメの巨体からすれば僅かな齧り痕ではあるが、しかし小さな歯型がくっきりと残っている。


「あっ! 先を越され────いえ、別に構いませんわね。あの様子では、面白いことにはなりそうもありませんし」


 意味ありげに現れたサメはただ大きいだけで、これでは撮れ高など期待そうもない。であれば、アレの始末は肉に任せてしまっても良いか。そうしてアーデルハイトが踵を返した時、背後から凄まじい轟音が聞こえてきた。例えるならそれは、まるで雪崩が迫ってきているかのようで。アーデルハイトが振り返ってみれば、数えるのも億劫になる程大量の牙が、目と鼻の先にまで迫っていた。


「あら?」


 身を翻し、その場から退避するアーデルハイト。そうして彼女が見たものは、泳ぐサメの姿であった。アーデルハイトには回避されたものの、しかしサメの勢いはなお留まらず、後方からやってきていたクリス達の下へとそのまま突っ込んでゆく。


「うわぁぁぁぁなんか来たァァァ!!」


「え、デッカ! アレだ! メガロなんとかだよアレ!」


 くるる茉日まひるは持ち前の素早さを活かし、すぐさま軌道上から退避する。残されたクリスだけが、ただじっとカメラを向けていた。


 :クリぃぃぃス! 何か来てるぅー!

 :はよ逃げぇ!

 :迫力やべぇってコレ!!

 :サメ映画って実際はこういう感じなんだなぁ……

 :しみじみ感動してる場合じゃないんよw

 :HAHAHA! サメが砂浜を泳いでるぜ!

 :こういうの見ると、ダンジョンは何でもアリだよねって実感する


 B級サメ映画も真っ青なその光景に、流石の視聴者達も大騒ぎ────緊張感に欠けるコメントもいくつか散見されたが────であった。何しろ、クリスがカメラをそちらに向けているのだ。配信を見ている彼らからすれば、まるで自分たちが襲われているかのような感覚なのだろう。無数に生えた鋸状の牙に、ぽっかりと開いた暗闇。カメラの質が良いこともあってか、それは凄まじい臨場感であった。


「どうやら肉が噛みついたことで怒ったようですね」


 よくよく見てみれば、肉と毒島さんは未だサメの横腹に齧りついたままであった。砂浜を引きずられるかのように、砂を巻き上げながらぽいんぽいんと弾んでいる。流石は巨獣と、ダンジョンボスの成れの果て。どうやらこの程度ではダメージを受けないらしい。


 凄まじい速度で迫るサメを静かに見つめ、クリスはそっと身を躱す。急ぐでもなく、飛び退るわけでもなく、ただただ優雅に歩きながら。どれだけ速かろうと、どれだけ迫力があろうとも。こんな直線的な動きでは、彼女を捉えることなど出来はしない。そうしてサメの強行を躱しつつ、ついでに肉達を回収してみせる余裕ぶりであった。


「陸地を泳いでますわ! やはりサメはこうでなくてはいけませんわ!」


 先程までの情けない姿からは打って変わって、突如魔物らしい活躍を見せ始めたサメ型魔物。すっかり意気消沈していたアーデルハイトも、これには大層お喜びの様子であった。とはいえ、ただ陸上を泳ぐだけでは不足も不足。もうふたつかみっつ、何かしらの特殊能力でもない限り、アーデルハイトの敵たり得ない。


 さっさと自分で倒すべきか、それとももう少し様子を見るべきか。或いは教導の一環として、くるる達にやらせるべきか。ここに来た目的をすっかり忘れ、アーデルハイトは思索に耽る。


 自分で倒してしまう場合、撮れ高自体はそれなりだろう。だがその代わりに大した面白みはない。様子を見るにしても、あるかどうかも分からない特殊能力に期待するのは宜しくない。やはりここはくるる達に任せ、自分は高みの見物といくべきだろうか。二人共名の知れた探索者だ。教導官としての立場で見ても、そして撮れ高的にも、一番丸い選択肢のような気がする。そんな幾つもの考えを、僅かな間にぐるぐると巡らせる。


 そうして暫く、やはりくるる達に任せると決めた時。背後でしわしわになっていたオルガンから声がかかった。


「アーデ」


「オルガン? なんですの?」


「あっち」


 そう言って、オルガンはむっつりと海の方を指さした。アーデルハイトがそちらへ目を向ければ、そこには海面に浮かぶサメの背びれがあった。それもひとつやふたつではなく、大量に。


「た、大漁ですわッ!! ちょっとオルガン貴女、ヘバっている場合ではありませんわよ!?」


「もーめんどい……」


「帰ったら高級な納豆を買ってさしあげますわ!」


「……なぬ? きさま、貴族に二言はないな?」


「もちろんですわ! さぁ! 早くサメを打ち上げなさいな!」


「支払いはまかせろーバリバリー」


 最初の一匹などには目もくれず、再び海へと突撃してゆく二人。モチベーションの回復したオルガンが、再び『妖精星域ファンタズマゴリア』を発動する。そうしてそのままテンションに任せ、次から次へと水底を隆起させ始めた。


 砂上を泳ぐ能力を持つことが判明した彼らだが、しかし突如として浜辺に打ち上げられた場合、まずは混乱が先にくるらしい。最初の一匹と同じく、打ち上げられる度にただビチビチと跳ね回るサメの群れ。


「ふんす!」


 それを端から順番に両断してゆくアーデルハイト。ローエングリーフを一度震えば、如何な巨大ザメといえど真っ二つである。


「おかわりですわー!」


「うぇーい」


 打ち上げ、両断し、打ち上げ、両断し。それは最早、異世界式わんこそばといった様相を呈していた。血しぶきすら上がらないのは、アーデルハイトの尋常ならざる剣の腕故だろうか。徐々に調子の上がってきた二人は、徐々にリズムゲーム感覚でサメの処理を行うようになっていた。そうして数十分後、砂浜には50体前後────正確に数えたわけではなく、ただの目測だが────もの亡骸が積み上げられたという。

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