第61話 私に剣を教えてください
一先ずは席に付き、アーデルハイト達はいくつかの注文を済ませた。
今回の顔合わせはファミリーレストランで行われるということもあり、一行はまだ昼食を採っていなかったのだ。本来こういった打ち合わせの際は、あまり本気で食事をするものではないのだが、しかしそこはそれ、所詮はただの顔合わせを兼ねた打ち合わせである。そう畏まった場でもない為、
「ふすーっ!ふすーっ!」
「鼻息荒っ」
「顔立ちが整っているだけに余計怖いですね」
彼女がアーデルハイトを見つめる眼差しは尋常ではなかった。恐らくはカラーコンタクトを入れているのであろう、
一方、
「何を興奮しているのか知りませんけれど、少し落ち着きなさいな」
そんなアーデルハイトの言葉に、ふすふすと鼻をならしていた
「っ……!すみません、取り乱しました」
「取り乱しすぎッス。あわや逮捕の一歩手前ッス」
初めてアーデルハイトと出会ったの時のことを忘れたわけではあるまいに、自分のことを棚に上げた
折角この場に漕ぎ着けたというのに、このままではイジられ倒して終わってしまうと考えた
「ぅ……その、とにかくですね。今回は話を聞いて下さって本当にありがとうございます。改めまして自己紹介を。私は探索者パーティ『†漆黒†』のリーダーをしています、
「あれ?」
「……おや?」
そんな
「姓は『東海林』ではないのですか?ああ、答え難ければ構いませんよ」
二人が気になった点、その一つ目。
彼女は自らを『白鞘』と名乗った。探索者としての活動名だとも考えられるが、しかしクリスが事前に調べた『漆黒』の情報によれば、彼女の活動名はただ『
「ああ、白鞘は母方の旧姓です。こっちのほうが響きがカッコいいので、名乗る時は基本的に白鞘と名乗っているんです」
しかし、
「ウチにはあんまりその感覚はよくわかんねッスけど……そういうもんなんスか?」
「そういうものなんです。皆さんは気軽に、下の名前で読んで頂ければと思います」
そう言って胸に手を当て、なにやら格好をつける
「そうですか……では
「はい……よろしくお願いします……」
そうしてクリスに促されるまま、
ちなみに、
(喋ると結構普通なんスね……)
(会話が成り立たない程の痛々しい人物を想像していましたが……)
つまりはそういうことである。件の怪文書と『漆黒』の配信を見たおかげで、二人は今回の打ち合わせが難航するだろうと予想していたのだ。しかし蓋を開けてみれば、最初こそ異常なまでの興奮を見せていたものの、それ以降の
これが素なのか、或いは抑えているのか分からないが、下手につついて病を発症されれば堪ったものではない。故に、
「さて、今回は『漆黒』としてではなく、
「はい!」
「何故パーティとしてではなく個人としてなのか、一応その理由を聞いてもいいですか?」
一般的な配信であれば、グループに所属する個人が別の配信者とコラボすることは、実はそれほど珍しいことではない。ゲストのような扱いで出演することもあれば、グループを代表して出演することもある。
しかし彼女達はダンジョン配信者だ。ダンジョン探索を生業としている以上、探索者達は基本的にパーティ単位での配信が常であり、それはコラボ配信であっても同じことだ。今回は『教導』配信ということもあってそれほど問題ではないのだが、しかし珍しいケースであることには変わりがない。
「私達のパーティは、実は他の探索者達と一緒に配信したことが一度もないんですよ。これまで一度も、です。理由は単純で、コミュニケーション能力に難があるからです」
「ッスよねー……」
「まぁ、そうですね……」
二人が意図して触れないようにしていた話題に、
「あぁ、言いたいことは何となく分かります。これでも、私はメンバーの中ではマシな方なんですよ。こうして、発症して良い時と悪い時の区別が付く程度には。まぁその……例のDMの話を持ち出されるとアレなんですけども」
「あ、自覚はあったんスね」
「あの時はその、テンションが上限突破していたといいますか……最強の推しを見つけた喜びで、つい……その節はご迷惑をおかけしました」
「いえ、過ぎたことですし、私も読まずに捨てていましたからね。最初からまともな文章であれば、話はもっとスムーズだったのですが……それはもういいでしょう」
「ぅ……重ね重ね申し訳ないです」
殆ど自滅する形で傷を抉られた
「
「確かに、我々が見た『漆黒』のアーカイブでは盛り上がっていましたけど、他のパーティーと共同となると……」
「お通夜みたいな空気一直線ッスね。アイテムを回収しながらボソっと『鞄の中でじっとしていてくれ……』とか言ってたのはまぁまぁ笑ったッスけど」
「そもそもうちは閉鎖的というか、他人と関わらない方がカッコいいと思っているメンバーしか居ないんですよ。斯く言う私もそうだったんですけど───」
そうして数秒後、開かれた瞳はアーデルハイトを捉えていた。
「そんなのどうでもよくなるくらいに、ファンになってしまいました」
こと個人の戦闘技術に於いて、既存の如何なる探索者達もまるで参考にならなかったのだ。探索者であった両親の血なのだろうか、それともただ彼女の才が優れていたからなのか。理由は分からないが、ともかく
故に彼女は、これまで誰にか教えを乞うたことがない。彼女は中二病患者らしく日本刀を使用するが、それだって誰かに師事したことはない。見様見真似、或いは本で読んだ、その程度の知識しかなかった。あとはただ自らの感覚に従い振るうだけ。体捌きや足運びなどはてんでバラバラ、剣技は我流の粗削り。しかしそんな状態であっても、彼女の戦闘能力は高かった。
まさに天賦の才としかいいようのない、あまりに純粋な能力の塊。それが白鞘
そんな彼女が初めて目にした、何をしたのかすら理解らないほどの圧倒的な剣技。否、それは剣技と呼べるものなのかすら理解らなかった。彼女の目に映ったのは、ただ枝を一振りしただけで、頑強と名高いゴーレムを両断してみせた女の姿。まるで散歩でもするかのように呑気で、しかし突如として流麗な舞いへと変わるその歩み。何をどうすればそうなるのか、
故に焦がれた。魅了された。モノクロの景色が一瞬で色づいていくような、そんな感覚だった。それからの彼女の行動は早かった。怪文書を何通も送り付け、偶然とはいえ推しと行動を共にした父のことを知り、そして嫉妬し、恥ずかしくも、しかし藁にもすがる思いで手を伸ばした。全ては今日この時のために。
「今回私がコラボを依頼したのは、漆黒とは何の関係もないことです。登録者だとか、ランキングだとか、そんなことはどうでもよくて。ただ貴女に一目お会いしたくて、そして教えを乞いたくて。そのためにやって来たんです。だから───」
怪文書を送り付けてきた者と同一人物だとはとても思えないような、そんな柔らかな笑みを浮かべる
「───私に剣を教えて下さい」
およそファミリーレストランの一角で醸し出すような雰囲気ではなかった。そういって真っ直ぐにアーデルハイトを見つめ、じっと返事を待つ
「ええ、悩ましいですけど……わたくしはこの『季節のクリームブリュレ~パイを添えて~』にいたしますわ……え?なんですの?」
聞いていなかったらしい。
『デザートは何にするか』などと聞かれたとでも思ったのか、まるで見当違いな返事を頂戴した
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