第12話 ノー

「けっかはっぴょうーーー!!!ッス」


「いえーーーい!!」


 京都D協会内の休憩所兼食堂にて。

 他の探索者が誰も居ないのを良いことに、非常にテンションの高いみぎわが、大きな声で宣言した。アーデルハイトは勿論知らなかったが、後でクリスから聞いた話によれば、この国では結果発表の際には声を張り上げるものらしい。


 そんな汀に続き、頭の上で拍手をしているのはくるるだ。アーデルハイトがダンジョンに潜る前に初めて出会った彼女だが、その後もずっと、クリス達と共にこの食堂で配信を見ていたらしい。すっかり我が物顔で居座る彼女は、なにやらとても上機嫌であった。


 二人のはしゃぎ様に、若干引き気味になるアーデルハイト。とはいえダンジョンに潜っている間は、コメント欄を視ることくらいしか出来なかった。演者である彼女としても、登録者数や同接数がどうなったかは気になるところだ。故にアーデルハイトは、特に水を差すようなことはせず、黙したままでちょこんと椅子のうえで大人しく待機していた。

 ちなみにアーデルハイトが連れ帰った『砂猫』の茉日まひるは、医務室で仲間の治療に付き添っているためここには居ない。


「ハイ!というわけで、我々の初めての配信が無事終わったッス。当初の予想では、お嬢の容姿だけで5~600人は釣れると考えてたッス。やっぱり開幕はエロ釣りが鉄板ッスから」


「身も蓋もないですわね・・・」


「無名の個人勢ッスからね。使えるものは使っていかないと生き残れない世界ッス」


 汀の言う通り、ダンジョン配信界隈はそう甘い世界ではない。そもそもの母数が多く、その中で自分達のチャンネルを見つけてもらうことは、本当に難しい事だ。配信を始める殆どの者が『内容には自信がある』などと思っているだろう。しかしそんなものは全く関係がない。

 星の数ほど配信されているこの界隈で、まず目を通してもらう為には、なりふり構わず全てを尽くさなければならない。綺麗事など何の足しにもならないのだ。


 全くの素人が新規参入する上で、アーデルハイトの容姿はやはり強かった。彼女の飛び抜けた容姿がなければ、汀の定めた目標はずっと低く設定されていただろう。


 汀の言っている5~600人というのは、そう大した数字ではないように聞こえるかも知れない。しかしそれは大きな間違いだ。如何に人気コンテンツであるダンジョン配信といえど、初配信で5~600人を集めるのは本当に大変なことだ。新規で配信を始めた者達の9割近く、謂わばほぼ全ての者達が届かない数字である。


 ちなみに、ToVitchトゥ・ヴィッチにおける収益化の目安としては、最低400人程の登録者数が必要である。これはあくまでも目安に過ぎないが、400人を越えていれば概ね、申請が通る場合が多い。ダンジョン配信が盛んとなっている今、動画の投稿数や配信の総時間等は関係なく、ただ登録者数のみが条件として課されている。


 そして汀ですら想像していなかった、アーデルハイトの圧倒的な実力。配信を外から見ていた汀は、殆ど視聴者達と同じような気持ちになっていた。

 隣で見ていた枢も同様だ。アーデルハイトが活躍する度、ドヤ顔で誇っていたクリスの胸ぐらを掴み、ぶんぶんと振りながら喚いていた。


 ────は!?今の何!?ちょ、え!?


 ────えええええ!?ゴーレムが・・・ええええ!?


 ────え、あの娘ホントに何者なの!?てか貴女達何者なの!?


 等など。

 同業者であり配信の先輩でもある彼女も、やはり視聴者達と似たような反応を見せていた。アーデルハイトが戻ってきた頃には流石に落ち着いていたものの、キラキラと瞳を輝かせながら画面に食いつく枢の姿は、まるで初めてダンジョン配信を見た子供のようであった。


「さて、これ以上勿体つけても仕方ないッスね。最終的なチャンネル登録者数はなんと・・・987人ッス!!もうこれ1000人で良いッスよね?とにかく結果から言えば、今回の配信は大成功と言えるッス!!余裕で目標達成ッス!!」


「流石です、お嬢様!!」


「やりましたわぁー!!わたくしにかかればこんなものですわぁ!!」


 そうして汀の言葉を聞いた、その場にいた全員が、椅子から立ち上がり喜びを露わにしていた。部外者であるはずの枢までもが、拍手しながら飛び跳ねていた。


「いやホント凄い事だよコレ!!無名の個人で一撃千人はホントに凄い!!私が初めての頃なんて、登録者100人ちょいで朝まで大騒ぎだったんだから!」


 枢の言葉を信じるのならば、アーデルハイト達は実に、彼女達の10倍近くの登録者を獲得したことになる。しかし正直に言えば、アーデルハイトにはこの凄さが今ひとつピンと来ていない。

 それもそのはずで、彼女がこれまで勉強と称して見ていた配信は、どれもが人気のチャンネルであった。それこそ登録者数が数百万人も居るようなトップ配信だ。それらと比べれば、たかが1000人などあってないようなもの。殆どゼロみたいなものなのでは、と思っていた。ただ周りの三人に合わせ、とりあえず喜んでおこうの心理である。


 しかしトップ層の彼等とて、初めから数百万人の登録者がいたわけではない。それこそ枢の言うように、初めの頃は数百人程度で大喜びしていたことだろう。しかし彼等はアーデルハイト達よりも遥かに早い段階から配信を始め、長い時間をかけてコツコツとその数を増やしてきた。

 そんな彼等の努力の結晶である数十万、数百万という数字と比べるのがそもそも間違っているのだ。


「Sixのアカウントも、順調にフォロワーが増えています。配信終了直後だというのに、応援のコメント等も沢山来てますね。どうやら掲示板にお嬢様の切り抜きが投稿されたらしく、少し話題になっているようです」


「人が増え始めたあたりで帰還になってしまったのが惜しまれるッスけど・・・この調子なら、近い内にどこかからコラボのお声が掛かかったり、なんてこともあるかも知れないッスねぇ」


 期待通りといえば期待通り。想定外といえば想定外。そんな初配信の成功に、クリスと汀も興奮しきりである。二人の口から飛び出す様々な用語を、直前に詰め込んだ記憶を頼りにアーデルハイトが咀嚼している時だった。

 枢が机を両手で叩き、先程座り直したばかりであるというのに、再び椅子から立ち上がった。


「ハイハイハイ!!立候補します!!私のトコとコラボしようよ!!」


「・・・そういえば貴女、何時まで居ますの?」


「え、酷っ!?」


 確かに枢は部外者ではあるが、それにしたってあまりにもな台詞であった。


「それ以前に、コラボ?とやらは一体何ですの?」


 そもそもアーデルハイトには、コラボとやらの意味が理解っていなかった。彼女はこの一週間、この世界に於けるある程度の常識と、初配信に向けての基礎知識を詰め込むので精一杯であった。その為、未だに意味が理解らない単語が多くある。


 配信界隈でコラボといえば、要するに配信者同士が共同で配信を行う事を言う。ことダンジョン配信に限っていえば、ダンジョン攻略を共に行い、それを一方のチャンネル、或いは双方のチャンネルで配信することを指す場合が殆どだ。もちろん、単純に探索者同士で雑談配信を行う場合もあるのだが、それはどちらかといえば例外に近い。


 では、何故コラボを行うのか。

 簡単に言えば双方にとって利益となるからだ。例えば、人気はあるが戦力に不安のある配信者と、人気はないが戦力が充実している配信者。この二つの配信者がコラボを行えば、双方ともに足りない部分を補うことが出来る。

 前者は不安な戦力を補うことが出来るし、後者は普段自分の配信を見ていない視聴者達の興味を惹いたり、取り込むことも出来るだろう。話題性等も加味すれば、どちらも損はしない。まさにwin-winな関係である。

 こういったコラボ行為は配信界隈では日常茶飯事的に行われている、ポピュラーな手法の一つである。


 クリスがそういった旨を、要点を掻い摘んでアーデルハイトに話して聞かせる。アーデルハイトはバカではない。一度聞けば、その大凡の目的と効果を察することが出来た。得心のいったアーデルハイトは、しみじみと頷いていた。


「成程・・・こちらの世界の人達も、色々考えてますわねぇ」


「あ、その設定まだ続くんだ・・・っと、それはともかく!!どうかな!?勿論、アーデルハイトさんはデビューしたばかりだし、今直ぐじゃなくても全然大丈夫だよ!」


「まぁ、わたくしに否やはありませんわ。けど、そういったことは全てクリスに任せていますの。というわけでクリスに相談してくださいな」


 先のクリスの説明で、コラボの利点は大凡理解しているアーデルハイト。枢の申し出はペーペーの新人である自分達からすれば、非常にありがたいものだと感じていた。しかしアーデルハイト達の企画・広報・マネジメント担当はクリスである。まだこちらに来て一週間ほどの自分よりも、クリスや汀に丸投げしたほうがよほどいい結果になることをアーデルハイトは確信していた。


 アーデルハイトはあちらの世界にいた頃から、人を使うのが上手かった。手が回らない時や、作業に適した部下が居る時。彼女は遠慮なく仕事を割り振り、全てを自分の手でやろうとはしなかった。無論、部下や従者に任せるよりも、自分で行ったほうが早く確実にこなせる場合も多々ある。しかしそれでも彼女は敢えて人を使う。

 そうしなければ下の者の成長に繋がらず、また、信じて仕事を任せなければ下からの不信感を買うことになる。彼女はそれをよく知っていた。

 それは人の上に立つ者に必須の才能といえるだろう。上に立つ者の役目とは、手本となって教え導き、下の者が起こした失敗を補い、場合によっては責任を取ることである。断じて、全ての仕事を一人でこなして見せることではない。


 今回もそれと同じ。故にアーデルハイトはそれ以上口出しをせず、クリスに任せることにしたのだ。アーデルハイトにそう言われてしまっては、枢は攻め口を変える他なかった。


「どうなんですかクリスさん!!」


「ん・・・そうですね。我々のような駆け出しの弱小配信者に、そのようなチャンスを頂けるのは非常に有り難く思います。ですが────時期尚早ではないかと」


 しかしクリスの答えは、ノーであった。

 それは単純なノーではなく、『まだ早い』といったものであったが、しかし断られたショックからか、枢がクリスに纏わりつく。


「そ、そんなぁ~!なんでさぁ~!」


「枢さんもお分かりでしょう。先程も申し上げましたが、我々はまだ一度しか配信を行っていない新人です。そんな我々がいきなり先輩配信者とコラボをすればどうなるか」


「う・・・いやぁ・・・」


「最悪の場合、枢さん側のファンから『寄生』のレッテルを貼られかねません」


 つまりはそういうことである。

 もしも今、枢の提案に乗ってコラボを企画したとして。当然、枢側のファン達はアーデルハイトの事をまるで知らない状態であろう。そんなどこの馬の骨とも知らない輩が、いきなり自分達の推しの配信に現れれば、喜びよりも先に疑問と困惑が来るであろう。そうなればクリスの言う通り、『寄生』と言われる可能性も低くはない。

 つまりクリスが断った理由は、現状アーデルハイト達の知名度が余りにも低いのが理由であった。配信者本人が良いと感じたとしても、ファン達がどう思うかはまた別の話なのだ。


「で、でもでも!!さっきのアーデルハイトさんの実力を見れば、そんなのは直ぐに理解るし!!むしろ私達が寄生になりかねないし!!」


「仮にそうだとしても・・・いえ、だからこそと言うべきでしょうね。やはりお嬢様の名前が、もう少し認知されてからのほうがよいでしょう」


「じゃ、じゃあ!アーデルハイトさん達が今よりも有名になったら絶対!絶対私達のトコと一番にコラボしてよ!?てか、どうせ直ぐに名前広まるって確信してるし!!何人!?登録者何人からならオッケー!?」


「いえ、あの・・・その・・・」


 枢のあまりの勢いに、クリスが押される。もとい、引いている。

 一息に捲し立てた枢の言葉は、良く聞けばアーデルハイト達を大いに褒め散らかしているのだが、彼女の眼が必死過ぎて逆に怖かった。

 そんな二人のやり取りを他所に、既に撤収準備に取り掛かっていた汀。配信用機材の片付けが終わったのか、いよいよ枢とクリスの間に入った。


「ハイハイ!そのへんはまた後日連絡すればいいッスよ。今日は一先ず撤収するッス。さっきからお嬢が若干、船漕いでるッス」


 そんな汀の言葉を聞いて、枢とクリスがアーデルハイトへと目を向ける。そこにはうつらうつらと、眠気と格闘するアーデルハイトの姿があった。とはいえ、彼女は別に疲れているというわけではない。単純に、あちらの世界とこちらの世界では、就寝時間が違うのだ。まだこちらに来て一週間程度だというのに、寝る間も惜しんで配信に関するあれやこれやを詰め込んでいたアーデルハイトは、未だそのあたりの調整が済んでいなかったのだ。


「ありゃ、おネムだったかぁ。まぁ確かに、もうそろそろ良い時間ではあるしね」


「そうですね。今日の所はここまでにしましょう。枢さん、先程の件はまたDMでお願い致します」


「オッケー!っしゃー!今からワクワクしてきたぁ!!」


「そちらの連絡先も教えて頂けますか?」


「あ、ゴメンゴメン。えーっと・・・はいこれ!」


 枢が上着のポケットからスマホを取り出し、いくつかの操作を終える。そうしてクリスの方へと向けたスマホの画面には、彼女のものと思しき配信チャンネルが表示されていた。そこには公式SNSへのリンクも掲載されており、さしあたっての連絡先としては十分なものであった。

 しかしスマホを見つめるクリスの視線は、そこではない別のところへと釘付けになっていた。


「・・・枢さん。これ・・・」


「ん?ウチの配信ページだよ?」


「そうではなく!!」


「んぇ?」


 クリスが見つめる先。そこには配信ページ内で最も目立つ、配信者名とチャンネル名、そして登録者数が載っていた。

魔女と水精ルサールカ』の『D攻略ちゃんねる』。メンバーは女性探索者が四人、そしてその登録者数はなんと────360万人。

 それは国内のダンジョン配信者ランキング、第10位にランクインしている配信チャンネルであった。

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