第11話 ハイジ・ゴー・ホーム
「帰還ですわー!!」
「はぁ・・・はぁ・・・着いた・・・」
「あ、もう無理・・・」
大きな音を立てて扉を開いたのはアーデルハイト。その背後には、負傷者を背負った
二人は疲労困憊といった様子で、息を切らせ、びっしょりと汗を流している。彼女達はアーデルハイトに置いて行かれないよう、二人の仲間を背負って必死に走った。徘徊する魔物を轢き殺しながら進むアーデルハイトの先導は、彼等にとって非常に早いものだったのだ。
無論アーデルハイトも、後ろを走る二人に気を使い、逸れていないかこまめに確認はしていた。しかしそれでも、万全の状態での茉日達よりも早いくらいであった。
『同行者死にかけてっけどw』
『実際異常なペースだったよな』
『行きのお散歩はマジで手抜いてたんやなって』
『もうゴブリンごときじゃ足止まんねぇんだもん』
『でも、揺れるケツが見れたのでオッケーです』
「わたくしにかかれば、ざっとこんなモノですわ!!」
アーデルハイトがダンジョンに居た時間は大凡一時間半ほど。10階層まで往復してきたにしては、彼女のペースはあまりにも早い。日頃から他の配信を見ている視聴者達からすれば、それは驚嘆に値する攻略速度だった。
ダンジョン配信としては短い、二時間にも満たない僅かな時間。しかしそんな短い間にも、異世界サッカーや木の棒無双、同業者の救助と高速帰還などなど、アーデルハイト曰くの『撮れ高』は十分過ぎる程にあったと言えるだろう。異世界出身を名乗る怪しげなジャージ女の初配信は、あまりにも濃いものとなっていた。
探索者協会内の、ダンジョンへと続く扉の前。そこでアーデルハイトが胸を張りドヤ顔を披露していた時だった。協会の職員が、一体何事かと様子を窺いに来た。本来であればダンジョンから戻った探索者は、直ぐにカウンターへと報告に向かうものだ。職員も、誰かしら探索者が戻って来たことは扉の音で気づいては居た。しかしアーデルハイト達が一向にカウンターへ向かわなかったので、不審に思いあちらから様子を見に来た、といったところだろう。
「あのぉ・・・?どうされまし・・・ぅわ、なんか凄い美人がドヤってる!!」
「あら?貴女誰ですの?迷子ですの?」
「ここの職員ですよ!失礼な!!・・・あれ、そっちは『砂猫』の・・・って、酷い怪我じゃないですか!!すぐ医務室に連絡しますから!!」
そう言って慌ただしく駆けて行ったのは、可愛らしい小柄の女性職員であった。アーデルハイトにしろ女性職員にしろ、どちらも一目見れば忘れることなどなさそうな容姿をしているというのに、お互い初めて会ったような態度である。それもそのはずで、ダンジョンに入る際には必ず受付を済ませなければならないが、アーデルハイトがダンジョンに潜っている間に受付の担務が交代の時間になっていたのだ。アーデルハイトが配信前にここへ来た時、受付は男性職員だった筈である。
元々不人気ダンジョンであったことと合わせ、時間も随分と遅い。二十四時間、交代制で稼働している協会ではあるものの、すっかり人が疎らとなった建物内には、既にアーデルハイト達しか居ない様子であった。
『お、今の
『知っているのか◯電』
『京都の看板受付職員やな。ちっこくて可愛いから男性人気が高い』
『不人気京都D博識ニキ』
『一瞬しか映らなくて悲しい』
「何でも知っていますわね、あなた方・・・」
アーデルハイトがコメント欄に目をやれば、視聴者達は先程の職員の話題で盛り上がっていた。確かに、ダンジョンに詳しい者、或いは同業者がこの配信を見ていても不思議はない。実際に、探索中には同業者のものらしきコメントも見受けられた。
しかしそうだとしても、配信の演者のみならず、協会職員のことまで詳しく知っているのは中々に凄いことなのではないだろうか?そんな彼等のコメントに若干の空恐ろしさを感じつつ、半ば呆れたような声で感心するアーデルハイトであった。
そうこうしている間に、医務室から数人のスタッフを連れて宴と呼ばれた職員がパタパタと戻って来た。かと思えば、医療スタッフ達が負傷した二人を担架に乗せ、宴もまたそれに着いて戻ってゆく。随分と忙しないことである。
そこで漸く、息を整えた茉日が声を発した。
「ふぅ・・・・とにかく、本当に有難う。アーデルハイトさん。本当に助かったよ、感謝してもしきれないね」
「そう気にせずとも構いませんわ。探索者は助け合い、なのでしょう?」
「あはは、そう言ってもらえると助かるよ。でも、お礼はまた後日、必ずさせてもらうからね」
「まぁそこまで言うなら、期待しておきますわ」
「それじゃあ、連絡先教えてもらってもいいかな?SixのDMでもいいけど、直ぐに連絡をとりたい時はやっぱり不便だしさ」
そういって自らのスマホを取り出す茉日。彼女の言っている事は尤もであったが、しかしここで問題が発生する。アーデルハイトはスマホ、及びPCといった端末を所持していないのだ。そういったものは全てクリスに任せていたし、家で調べ物をするときに使っているのもクリスのノートパソコンだ。ちなみに『Six』とは、現在最も一般的なSNSの一つである。
「ああ、申し訳ありませんけど、わたくしはそういった類の物を所持していませんの」
「え?あ、そうなの?・・・え、どゆこと!?配信までしてるのに!?」
「全部従者に任せていますの。連絡でしたら────ちょっとクリスー!!どこですのー!?」
『スマホ持ってないんかww』
『待てお前達、聞いたか?』
『従者とな?』
『もう配信してること忘れてそう』
『大丈夫かよw』
そう大きな声で叫んだアーデルハイトが、クリスと汀が待つであろう、休憩室へと繋がる扉を勢いよく開け放つ。
「ちょっ!!お嬢様!?配信!!配信!!」
「お嬢ステイ!!ハウス!!」
嫌な予感を感じ、すぐそこまで来ていたのだろう。これまでの配信を逐一チェックしていたクリスと汀が、アーデルハイトの手によって大きく開かれた扉を大慌てで閉めた。再び静寂の戻ったダンジョンの入口前で、アーデルハイトは何が起こったのか分からずに呆けていた。
「・・・一体何なんですの?」
「あはは・・・まぁ、配信に演者以外の人が映るのは、基本的に避ける風潮があるかな」
「そうなんですの?・・・そう言われてみれば確かに、他の配信にはあまりスタッフの姿はありませんでしたわね」
「絶対に映っちゃいけない、ってことはないけどね」
如何に配信について汀から叩き込まれたアーデルハイトといえど、流石にそういったところまでは知らなかった。しかし一方で、一瞬とはいえカメラに映ったクリスと汀の姿に、視聴者達は大喜びであった。
『っしゃああああああ!!』
『我が軍の勝利!!』
『どっちも美人で草ァ!!』
『【朗報】超美人の従者、美人だった』
『どっちがクリスだろうか』
『気にせずどんどん映せ!!』
「・・・まぁ、好評なようで何よりですわ。ちなみにスーツ姿で髪が栗毛のほうが、私の従者のクリスですわ」
『俺氏大勝利』
『っしゃああああああ』
『僕はもう片方のほうが好みです』
『従者だけあって仕事出来そうだったな』
『定期的に出して下さい。出せ』
「その辺りは追々ですわ。機会があれば引っ張り出してみますの。とにかく、今日の配信はここまでですわね。どうですの?初めてにしては上出来だったのではなくて?」
『楽しかったよ』
『時間経つの早かったなー』
『見どころしか無かったな』
『一生推します』
『俺は分かってたよ。アデ公がスーパールーキーだってことはね』
今回のダンジョン配信にしてもそうだが、こちらの世界にやって来てから今日まで、アーデルハイトにとっては慣れぬ事の連続だった。そんな中でも、彼女なりにどうにか一生懸命にやったつもりだった。
これが元の世界であれば、それがなんであろうと自信を持ってふんぞり返っていられた。しかし流石に今回は、成功したのか失敗したのか、勝手が違いすぎてアーデルハイト本人には判断が付かなかったのだ。
だが、そんな彼女の心配は杞憂だった。見れば、アーデルハイトの頑張りを認めるかのように、コメント欄には好意的な言葉が溢れている。
それを見たアーデルハイトは、内心で胸をなでおろした。この配信には三人分の命運が懸かっているのだ。もしも否定的なコメントで溢れていれば、どうしようかと考えていた。あの
「ふふふ、大変結構ですわ!!そうそう、このチャンネルではダンジョン配信だけではなく、雑談や企画?の枠も取るらしいですわ。そういうわけで、皆さんつべこべ言わずにチャンネル登録と好評価を宜しくお願いしますわよ!!」
『もうしてます!』
『100億回押した』
『登録し足りないんだよなぁ』
『収益化が待たれる』
『定期乳空手もお願いします!』
『俺はマジでアデ公の配信生活応援するで』
「収益化はともかく、次回からはサブスク?は登録できるようになりますわ!まぁ、わたくしはよくわかっていませんけど。そう言えと言われておりましてよ」
『マ?』
『しゃああああ』
『また財布が薄くなるな・・・』
『アデ公はワイが養うで』
『クリスは俺が養う』
ちなみに、サブスクとは所謂サブスクライブのことだ。
動画の再生回数に対して広告収入が得られたり、スパチャ等といった投げ銭とよばれる機能が使えるようになるのが収益化。
対してサブスクとは、要するに有料チャンネル会員のことだ。月ごとに一定の金額を支払うことでそのチャンネルの有料会員となり、配信者へと直接資金援助が出来る仕組みのことである。会員となった者は様々な特典が受けられ、配信者は定期的な収入が得られる、両者にとってwin-winなシステムである。
「さて、今日はお付き合い頂き感謝ですわ!次回以降の配信告知はSNSで行うので、是非フォローしておいてくださいな。それではまたお会いしましょう。ごきげんよう!」
『おつ!』
『乙!!』
『ごきげんよう』
『この辺の台詞もいっぱい仕込まれたんやろな・・・』
『ちゃんと告知できて偉い』
『もう次が楽しみなんじゃ』
『ごきげんよう!』
* * *
カメラをの電源を落とした後、アーデルハイトは『ほぅ』と息を吐いた。手のひらサイズの小さなカメラを弄び、今日の配信を思い起こす。
思い返せば至らぬ所だらけであった。変に拘らず、ローエングリーフを使うべきだっただろうか。そうすればもっと見どころが増やせただろうか。今更といえば今更だが、考えずには居られなかった。
そうしてしばらく思案したところで、アーデルハイトは迷いを振り払うように手を叩いた。
「ま、考えても仕方ありませんわね!!」
「ゎ、前向きだ。先輩配信者として、今アーデルハイトさんが何を考えているかは何となく分かるけど、その様子だと心配は要らなかったみたいだね」
一連の流れを隣で眺めていた茉日には、アーデルハイトの心情が良くわかった。かくいう茉日も、初めて配信を行った時には似たような考えに陥ったのだ。うまくやれたかどうかで頭がいっぱいになり、ああすればよかった、こうするべきだったと。後悔と未練で頭がぐるぐるとかき混ぜられるような、そんな感覚。
もしもアーデルハイトが悩むようであれば、茉日は先輩としてアドバイスをするつもりであった。しかし、自ら解決した様子を見せたアーデルハイトに、結局彼女は何も言わなかった。その必要は無いと感じたからだ。
「下手な考え休むに似たり、ですわ」
「む、難しい言葉知ってるね・・・見るからに外国の人なのに・・・やー、アーデルハイトさんたちはきっと伸びるよ。私が保証する!!」
「あら、偉大な先輩にそう言ってもらえると、気持ちが楽になりますわね」
「偉大・・・かどうかは分からないけど。それなりに名前の知られた私の眼に狂いはない!ってね」
「そう謙遜なさらずともよいではありませんの。それに先達というものは、どんな分野、どんな人物であっても敬意を表するべきですわ」
「あはは・・・なんだかむず痒いね。今日は助けられただけでいいトコ全然なかったし、挽回しなきゃ。そうだ、困ったことがあったら言ってよ!お礼とは別に、今度は私がアーデルハイトさんを助けてあげるから!」
「ふふ。では今日の件は貸しにしておきますわ」
すっかり打ち解けた様子の二人は、軽口を叩きながら今度こそ扉を開く。
全てが手探りの、分からないことだらけの配信だった。しかしこうして、こちらの世界に来てから初めての、友人と呼べそうな人物とも出会えた。先程アーデルハイト自身も言っていたように、初めてにしては中々悪くないのではないか。そう思えるような、一日であった。
開いた扉の先では、笑顔でアーデルハイトを迎える戦友二人の姿。そんな二人の姿に安堵しつつ、アーデルハイトの初めての配信は幕を下ろした。
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