第191話 経験値いっぱい
「こ、ここここれは一体どういうことなんでしょうか!?」
「知りませんわよ」
だがそれも無理はない。少なくとも
どういうことか、などと聞かれたところで、アーデルハイトには答えようがない。何しろ彼女は未だ、そのレベルアップとやらを経験したことがないのだから。あちらの世界にはそういった概念はなかったし、こちらの世界に来てからも何ら変わることがなかった。
剣術もそう。体術もそう。美容も、そして礼儀作法でさえも。
全ては弛まぬ努力と日々の研鑽、そして少しの才能───彼女の才能は、とても
「オルえもん!! これはどういうことなんでしょうか!?」
「知らない」
探索者でもなく、戦闘に関してもまるで素人な彼女。だが、そんな彼女だからこそ思いつく、ひどくぼんやりとした仮説である。
「あれッスよ。RPGゲームとかだと、ボスと戦ったら経験値いっぱい貰えるじゃないッスか。なんかそんな感じのやつなんじゃないッスか?」
「な、成程……?」
「いや知らねッスよ? 適当に言ってるだけなんで」
ベンチの上で足をぱたぱたとさせながら、適当な仮説を述べる
それが正しい説なのかどうか、今この場にいる人間には分からない。それどころか、きっと地球上の誰にも分からない事だろう。だが『
「一般的な探索者では強さが足りず、経験値が殆ど入らない。だから通常の訓練ではレベルが上がらない。そういうことですか?」
「そうそう。でも今回は相手が
こちらの世界に来て暫く経つクリスには、
「ふむり。経験値……知らない概念。興味深い」
「よく分かりませんけれど……そういうことであれば、もしかするとベッキーもレベルとやらが上っているのかもしれませんわね。なにしろ、あの
「確かにそうですね。後で連絡してみましょうか」
アーデルハイトと戦闘を行うことで、ゲームでいうところの『経験値』らしきものが手に入るというのであれば。同じく『六聖』であるウーヴェもまた、ボス扱いである可能性が高い。
「ふむり。もしも───」
そんな中、先程から顎に指を当て思索に耽っていたオルガンが、ぽつりと考えを述べた。
「もしもその『経験値論』が正しいとするのなら。アーデのレベルが上がらないことにも説明が付く、気がする」
「本当ですの!? ナイスですわ!」
そうしてオルガンの語った話を纏めると、つまりはこういうことだった。
探索者同士の戦闘では経験値が得られない。しかし魔物やアーデルハイトからは経験値が得られる。つまりレベルアップには、一定以上の強さがある者との戦闘が必要だということ。
これまで、アーデルハイトはこちらの世界でも数多くの魔物を倒してきた。しかしその上で、未だレベルアップを果たしていない。もしも本当に『経験値』なる概念が存在するのであれば、アーデルハイトも経験値を獲得しているはずなのに。それらが意味するところは一つ。つまりは───。
「必要経験値量が多すぎる。だから、そこらの魔物から得られる経験値が意味を成していない。少なくとも、
「なんだか嫌な予感がしますわね……つまり?」
「アーデがレベルを上げることは困難。というより、ほぼ不可能。異世界人はそもそもレベルとやらが上がらない可能性もあるけど、まぁ……どっちにしても同じこと」
「いやああああああ!!」
普段の配信では気にしていない風を装いつつも、しかしこちらの世界にやって来て以来、アーデルハイトが密かに楽しみにしていたもの。その可能性が今、ばっさりと否定されてしまった。彼女は悲鳴を上げながら、その場に力なく崩折れた。ひどく痛ましい、そして情けない四つん這い姿であった。
「おお、なんとなさけない」
「うるさいですわ!! 非戦闘員の貴女に、この悲しみは分かりませんわ!」
「うむり。知らない」
「きぃぃぃぃー!!」
悔しさのあまりか、まるで甲子園で敗れた高校球児のように土を握りしめるアーデルハイト。コメント欄では視聴者達がゲラゲラと笑っていたが、今の彼女はコメントを気にしている余裕すらない様子であった。
そんなアーデルハイト達の遥か後方。撮影用のカメラでも、殆ど豆粒程度の大きさにしか映っていない探索者達の姿があった。たまたまその場に居合わせ、グラウンドに解き放たれた肉と毒島さんから、早々に目をつけられてしまった不運な新人の彼等。実は彼等もまた、この日初めてのレベルアップを経験する事となった。しかしアーデルハイト達がそれに気づくことは、終ぞなかった。
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